誰からの贈り物
翌朝、いつもより早く目が覚めた。
ほとんど眠れなかったせいで、頭がぼんやりしている。
(本当に……何か、届くのかな)
期待してはいけない。
でも、心のどこかでずっと待ってしまっている。
部屋を整えていると、控えめなノックが響いた。
「エリナ様。お届け物がございます」
胸が大きく跳ねる。
扉の向こうに立っていた侍女は、
両腕いっぱいに抱えた箱を慎重に差し出した。
「こちら……送り主のお名前はございません」
箱を受け取った瞬間、
ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
(……花?)
部屋に戻り、そっと蓋を開ける。
中に詰められていたのは、
深紅の薔薇を中心にした、美しい花束だった。
息を呑む。
こんなに立派な花を贈られたことなんて、
生まれて初めてだった。
花束の中に、小さなカードが挟まっている。
――昨夜はありがとう。
それだけ。
たった一行なのに、
顔が一気に熱くなる。
(……やっぱり、あの人?)
名前はない。
身分も、素性も、何もわからない。
それなのに――
どうして、こんなにも胸が騒ぐのだろう。
花束を抱えたまま、しばらく動けずにいると、
外からひそひそと声が聞こえてきた。
「ねえ、あれ……エリナの部屋じゃない?」
「もしかして、王子様から?」
「噂、本当だったのかしら」
慌てて扉から離れ、花束を胸に抱き寄せる。
(違う……王子様じゃない)
そう言い切れるはずなのに、
否定する言葉が喉に詰まった。
――昨夜はありがとう。
ただそれだけなのに、
何度も何度も、頭の中で繰り返してしまう。
結局、花束は捨てられなかった。
花瓶を探し、丁寧に水を張り、
一本ずつ、そっと生ける。
(妃候補なのに……こんなこと)
罪悪感が胸を刺す。
けれど、花を前にすると、不思議と心が落ち着いた。
「……綺麗」
思わず、そう呟いてしまう。
午後、廊下に出ると、
妃候補たちの視線がいつも以上に冷たかった。
「やっぱりね」
「王子に目をつけられたんだわ」
「夜に男と会って、その上……」
何も言い返せない。
花束のことを知られている。
それだけで、十分だった。
夕方、中庭に逃げるように出ると、
ベンチのそばにルシアン殿下がいた。
「……大丈夫ですか?」
心配そうな声に、はっとする。
「いえ……はい」
曖昧に笑うと、ルシアンは少し視線を落とした。
「噂、耳に入りました。
でも……信じすぎないでください」
「……ありがとうございます」
それ以上、何も言えなかった。
誰にどう思われても、
私の心が一番、言うことを聞かない。
夜、部屋に戻る。
花瓶の前で立ち止まり、
薔薇を見つめる。
(もし……あの人が、また会いたいと思ってくれていたら)
そんなこと、考えてはいけないのに。
胸が、きゅっと締めつけられる。
――昨夜はありがとう。
その言葉が、優しくも、残酷に響いた。
この花束が、
私をどこへ連れていくのか。
まだ、このときの私は知らなかった。




