妃候補に下された“通達”
翌朝、妃候補棟に冷たい声が響いた。
「昨夜、城外へ無断で出た妃候補がいた。
今後はやむを得ない理由以外の外出を禁ずる」
廊下にざわりと空気が揺れる。
私は息を呑んだ。
(やっぱり……見られてたんだ)
薬草を取りに行っただけ。
でも“夜に外へ出た”という事実は、きっと悪く噂される。
部屋を出ると、妃候補たちがすでに固まってひそひそと話していた。
「誰かしらね、こんな規律破り」
「しかも……夜に男と会っていたって話よ」
「手、握ってたらしいじゃない。妃候補なのに信じられない」
私が通ると、会話が途切れ、視線だけが刺さるように向けられる。
(違う……そんなこと、してないのに)
けれど言い返す勇気はなかった。
私が何を言っても、もう“そう見られている”時点で負けている。
それに――昨夜の青年の顔を思い出すと、胸がぎゅっと痛む。
あの人は、ただ手当てをさせてくれただけ。
けれど……あの一瞬が頭から離れない。
(なんで……私、こんなに動揺してるの)
王宮に来たばかりで、恋なんて考えたこともない。
なのに、昨夜の出来事だけが鮮明に蘇る。
中庭を歩いていると――
「エリナ様?」
落ち着いた声に振り返ると、第二王子ルシアン様が立っていた。
柔らかな雰囲気の王子で、いつも妃候補たちに人気だ。
「顔色が優れませんね。何かありましたか?」
「い、いえ……少し、噂が……」
曖昧にごまかすと、ルシアン様は優しく微笑んだ。
「噂は勝手に一人歩きします。
でも、僕はあなたがそんな人だとは思いませんよ」
その一言だけで胸に溜まっていたものが崩れそうになる。
(……どうして。こんな言葉で泣きそうになるんだろう)
ルシアン様は、小さく息をついて続けた。
「兄上は妃候補の不名誉な噂を嫌われます。
必要なら……僕が兄上に話しておきましょうか?」
「いえっ!そんな……迷惑をかけられません」
即座に否定すると、王子は困ったように首を振った。
「迷惑じゃありません。困っている人を放っておけないだけです」
優しすぎて胸が痛い。
(……昨日の人は、優しさとは違う。
でもどうして、あんなに気になるの……?)
混乱したまま、一日が過ぎた。
***
夜、部屋に戻ると侍女がそわそわと近づいてきた。
「エリナ様……明日、エリナ様宛てに“何か”が届くそうで……」
「え? 何かって……」
「届け主は不明だそうです。
でも、とても丁寧に扱うよう指示があったとか」
胸が跳ねた。
まさか――あの青年?
いや、そんなはず……ない。名前も知らないのに。
侍女が下がると、部屋に静けさが落ちた。
私は寝台に座り、窓から見える夜空をぼんやり見つめた。
(明日……本当に何が届くんだろう)
期待と恐れが、胸の中でせめぎ合う。
噂で追い詰められたはずなのに、どうして今日一日中あの人のことを思い出していたんだろう。
「……ダメだ。妃候補なのに」
王子に仕える身として、他の男性を想うなんて許されない。
そう頭ではわかっているのに、心が勝手にあの夜へ戻ってしまう。
熱っぽく胸が疼く。
(どうして……あんなの、ただのすれ違いなのに)
布団に潜っても、鼓動だけが速くなる。
その夜、私はとうとう一睡もできなかった。




