表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/32

目を覚ましたあとに、残っていたもの

 目を開いた瞬間、白い天井が視界に入った。


 ぼんやりと瞬きをして、状況を理解するまでに少し時間がかかる。

 消毒薬の匂い。

 静かな気配。


「……ここは……」


 声を出そうとして、喉がかすれた。


「お気づきですか、エリナ様」


 傍らから声がして、視線を向ける。

 そこにいたのは、医務室の侍女だった。


「王宮の医務室です。馬車の事故で倒れられたと伺っています」


 ――馬車。


 その言葉を聞いた瞬間、記憶が一気に戻ってきた。


 迫ってきた馬車。

 背中に回された腕。

 強く引き寄せられた感触。


 そして――


「……あの人は……?」


 思わず、口をついて出た。


 侍女は一瞬だけ首を傾げ、それから静かに答える。


「助けてくださった方でしょうか。すぐに医師を呼ばれましたが、今はもうこちらにはいらっしゃいません」


 胸の奥が、わずかに沈んだ。


(……いない)


 分かっていたはずなのに。

 それでも、心のどこかで期待していた自分に気づいてしまう。


 助けてくれた人。

 あの夜、路地裏で会った人。


 そして――

 「殿下」と呼ばれていた、あの人。


(……王子様、なの?)


 考えた瞬間、胸がきゅっと締めつけられる。


 同じ横顔。

 同じ声。

 同じ距離感。


 偶然だと片づけるには、あまりにも重なりすぎている。


 けれど。


(……違う、かもしれない)


(……殿下、という呼び方は)

(この国の王子様とは、限らない……よね)


 舞踏会には、他国からの使節も来ていた。

 王族の血を引く者が、身分を伏せて街中を歩いていても、

 不思議ではない。


(……そうだ)


 あの人が、

 この国の王子様だと決めつける必要はない。


 そう思った瞬間、

 胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなった。


 そう思おうとする。

 思わなければいけない気がした。


(……本当は)


 もし、この国の王子様だったら。

 そんな考えが浮かんでしまって、

 エリナは、慌てて首を振った。


 ――だめ。


 期待してはいけない。

 そう思った瞬間、

 胸の奥が、ちくりと痛んだ。


 妃候補なのだから。

 王子に特別な感情を抱いても、それ自体は罪ではない。


 それでも――

 “あの人”への気持ちと重なってしまうのが、怖かった。


「……ご無事で、本当によかったです」


 侍女の声に、はっと我に返る。


「ありがとうございます」


 そう答えながら、エリナはそっと胸に手を当てた。


 身体は大丈夫なはずなのに、

 心臓だけが、まだ落ち着かない。


 怖かったはずだ。

 馬車に轢かれそうになったのだから。


 それなのに。


(……会えて、嬉しかった)


 そんな感情が、確かに残っている。


 助けられたことではない。

 無事だったことでもない。


 “あの人に会えた”ことが。


 それに気づいた瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。


(……何を考えているの)


 自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。


 舞踏会では選ばれなかった。

 仮面の人にも、王子にも。


 それなのに、まだ期待している。


 エリナは、ゆっくりと息を吐いた。


 今は、考えない。

 考えてはいけない。


 この感情が何なのか、

 誰に向いているのか。


 答えを出すには、まだ早すぎる。


 目を閉じると、

 最後に聞いた低い声が、かすかによみがえった。


 叱るようでいて、落ち着いた声。


 ――前を見ろ。


 その一言だけが、

 胸の奥に、静かに残り続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ