プロローグ
ああ、生きるのが辛い。何故こんなにも気力がわかないのか。これも金の所為か。
昔の俺は金さえあれば楽しく華やかな生活が出来ると思っていた。ああ、その頃の俺に戻りたいわ。
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宝くじが当たった。それも10億だ。当然ながら宝くじの当選額は非課税なので税金も一切発生せず、そのまま俺の通帳の中にそのままの額が書き込まれている。
ひょんなことから大金を手に入れたが、親孝行するにも両親は既に事故で他界している。もう少し早く当選していれば出来ていたかもしれないと思うと虚無に包まれるが、今更それを想っても無意味なことか。
ならどうするべきか。俺も大学を卒業して仕事をしているのだが、これだけの額だ。通帳の預金額を見る度に、仕事をやる気力も減って来る。少なくとも定年まで働いても稼ぐことのできない程の金額を一瞬で手に入れてしまったことで、金を稼ぐというモチベーションは底辺にある。もともとやりたい事もなく適当な会社に就職したのもそれを助長している。
いっその事、会社は辞めるべきか。やる気のない状態で仕事をしていれば上司からの叱責も増えるだろう。それにやる気のない社員が周りに居れば他の奴らにも迷惑が掛かるだろう。だったら止めた方が良いかもしれないな。
まあ、本当なら辞めずに仕事は続けた方が良いのは分かっている。しかし、俺には既に家族は居ないし、恋人がいる訳でもない。さらに言えば近しい親族も居ない。
だったら仕事を辞めても問題ないよな？ 失敗しても影響があるのは俺だけのはずだし。まあ、辞めるにしても今すぐは無理だろうけどな。請け負っている仕事もあるし、それに関係した引継ぎも必要だろう。
そうして2か月後、俺は会社を後にした。引継ぎなどで割と時間を食ったが、辞表自体はあっさり受け取って貰えた。どうやら会社の経営がやや傾きつつあったらしく、人事部からは喜ばれたらしい。何と言うか、辞めたかったのは間違いないのだが、それで喜ばれたというのは何か腑に落ちないと言うか、ちょっとだけもやっとした。
会社を辞めてから1カ月程が経ったのだが、何故か引っ切り無しに人がやって来る。
大半が金をせびりに来ている奴らだ。中には遠縁の親戚も居たが、俺の親が死んだ時にとやかく言ってきたので、縁切りしている奴らも来ている。
しかし、おかしい。俺は誰にも宝くじに当たったと言った記憶はない。会社を辞める時も家の事情と言ったので、宝くじの事は話していない。何処で話が漏れたのか。可能性があるとすれば、銀行関係くらいか。
確かに宝くじに当たって直ぐくらいのタイミングで連絡が来た。その時は気味が悪く感じたがそれについて調べたら、銀行側はいきなり大金が個人の口座に入金された事の確認のために連絡してくることがある。場合によっては不正に関わることがあるからそれの確認だろうという、結果だ。
まあ、銀行側からしたらいきなり大金が動いたら不正を疑うのはおかしくはない。しかし、それは銀行側には俺が大金を得たことが知られているという事になる。
そしてその電話を掛けて来た銀行には、顔見知り程度ではあるが知り合いが務めている。疑いたくはないが可能性が一番高い所はそこだろう。
さらに1カ月程が経った。やはり俺が大金を手に入れたという情報の出所は銀行からだった。形だけの謝罪は受けたがそこはどうでもいい。既に情報が出回ってしまっている以上、謝罪してもらったところで事態が好転する訳でもない。
ただ、どうも情報漏洩のことがメディアに漏れたらしく、銀行の上役が更迭され、情報を漏らした奴が解雇されたようだが、だから何だという話だ。既に俺には関係ない事だな。
情報が漏れた所為で周りの住民にも迷惑が掛かってしまった。俺の所為ではないとしても迷惑を掛けてしまったことには違いないし、俺がここに住んでいる限り当分それは変わらないだろう。
なので、俺は引っ越すことを決めた。遠くの街に行こう。知り合いがいない場所が良い。そもそもここは都会という訳でもないのだから、いっそのこと人の多い場所に行ってみるのもいいかもしれない。
そうして、俺は生まれてからずっと暮らしてきた地元から出て行くことを決めた。
宝くじが当たってから2年が経った。
今住んでいるのは高層マンションの最上階。宝くじで10億円当たったからといって住めるような場所ではない。
何故このような場所に住んでいるのかというと、簡単に言えば宝くじで当たった金を減らそうとした結果だ。
大金を持っているから人が寄って来る。だったら無くせばいい、そう思い捨て値の株に投資した。そして何故かその株が大当たりし、購入額の数倍どころではない数百倍にまで増加した。
金を捨てたいのなら株に投資しないで豪遊すればいい、と思うかもしれないが、株に投資する前は豪遊していたんだ。
しかし、豪遊すると大金を持っていることに気付いて女が寄って来るんだよ。いや、確かに最初の頃はよかった。見目のいい女が寄って来るからな。しかしな。次第に俺に対する扱いが雑になって来るし、終始金の事しか考えていないし見ていないことに気付いたんだよ。目の前に居るのに一切俺の事なんて見ていない。結局は地元の奴らと同じだ。
だからそれが嫌になって豪遊することは無くなった。そもそも住んでいる場所の近くに友達もいないから、金の使い道が少ないのもあるが。
その後もいくつか金の使い道を考えてみたが、どれもパッとしなかった。それで、元々齧っていた株の投資をしてみた。そして、それが大当たりしてしまった訳だ。
株の投資で大当たりした結果、宝くじで当たったよりもデカい金が通帳に記載された。その時はもう乾いた笑いしか出なかった。
昔に見たアニメだったか漫画だったか、大金を手に入れて使い切らないといけないのに、使っても使っても金が減らないどころか増えていくという話を見て当時は笑っていたけど、実際に自分がその立場に立つと笑いどころか恐怖しか湧いてこなかった。
まあ、この大当たりだけで高層マンションが買える訳ではない。この後も、やけになって適当に投資をしていたらガンガン金が溜まっていったのだ。全部が当たった訳ではない。中には損をした株もある。しかし、それを帳消しにできるだけの当たりが連発したんだ。
おそらくマンションを買う前は、住んでいる場所の長者番付に載っていた可能性があるくらいに金があった。まあ、怖いから確認はしていないが。
それで金を使うためにマンションを購入したのだが、このマンション建てかけだったんだよ。とある建設会社が建てていたやつなのだが、不祥事が原因で中途半端なところで建設が止まっていた。
会社自体もそれが原因で倒産寸前だったらしく、たまたま金を持っていた俺がそれを買い取った感じだ。まあ、その所為で権利関係は結構複雑なのだが、俺に不利益が無いようにはなっているから問題はない。
で、だ。このマンションはついこの間竣工したての新築だ。
しかも駅が比較的近いから竣工する前からほぼ全て売れていた。結局、マンションを買ったことで使った金額の大半はその内戻って来ることになりそうだ。
マンションを買ったから、まあ金があると判断した不動産関係の奴らが寄って来るわけだ。これだと今までと同じ結果になりそうだが、今までとは違い今住んでいるマンションはセキュリティが優れているから、そう簡単に俺に近付いてくることは出来ない。買い物もネットスーパーなりで買えばここまで届けてくれる。
ここから出る必要がない以上、もう変に知らない奴が寄って来たり絡んで来ることは無いだろう。それに当分どころかこれ以上人に関わりたくないから、出ろと言われても出るつもりはない。ただそうすると若干運動不足になりそうだからウォーキングマシンは購入した。
まあ、そんなことでやることが無くなった。いや、小説を読むなりゲームをするなりやりたいことはあるが、ある意味俺の人生はこれで完結と言えるかもしれないのだ。
今死んでも10年後に死んでも、俺にとってはそう変わらない。結婚していて子供がいれば話は違ったのだろうが、俺は結婚していないし今後する予定もない。
ああ、駄目だな。こう考えるとやる気と言うか気力が急速に失われていく。小説を読むにも気力がいる。ゲームするにも気力がいる。テレビも番組…ではないなCMが流れたまま、消す気力もない。
ソファの上に横になったまま、テレビの画面を見続ける。スポーツ飲料のCMが流れている。これ最近飲んだの何時だ？ 記憶にないってことは大分前だな。…次もCMか。新作VRゲーのCM？ 製作時間実質10年？ 超大作ゲームか。今時、時間が掛かる作業は時間加速化でするからな。いや、でもそれで10年って相当時間掛かっているな。
『貴方の思うままのことが出来るVRMMO ”Full × Stories Online” 近日リリース！！ 第1陣プレイヤー現在募集中！』
思うままにねぇ。タイトルはFull × Stories Online？ ダサいなぁ。もうちょっといいタイトルがあったんじゃないか？ ん？ 第1陣募集中？ サービス開始が2か月後か。これ今からだと申し込みギリギリじゃね？
そう思いつつ手元に転がして合ったデバイスで検索をかける。……ああ、あった。って申し込み今日までじゃないか。今CMやっているのって遅くないか？
1陣募集数が3万人で現在の申込数は14万！？ 4倍以上とか、大分期待されている感じだな。申し込んでみるのもありか？ 今のところ目ぼしいゲームもないし、申し込みだけでもしておくか。製作期間からしても長期間プレイできるような物だろうし、現実逃避にはもってこいかもしれないしな。
ゲームだったら現実の俺とは違う外見にできるし、リアルマネーの方も知られていることもない。むしろゲームの中では金持ちは嫌われる傾向にあるしな。ありだな。
そうして、そんなことを想いながらその募集に申し込んでみたのだが、結果として、1か月後に当選のメールが届くことになる。
