97話 核心
「君が戦うべきは、”信仰者”という組織だよ。」
柔らかな座席に座った彼はそう切り出した。
「”墓守”ミラスロヴァも、
君を襲撃した二人も、
それより前、三匹のワイバーンに襲われたのも。
あぁ、言うまでも無いだろうが、
君のお母さんとお姉さんを惨殺したのもそいつらだね。」
「……ずいぶんハッキリ言いますね。」
白い眼は僕を見つめていた。
僕の機微を捉えんと、静かに見つめていた。
「君を買っているんだ。
魔界での活躍も一部見ていたし、
何より、ゼルとアリスに勝てるとは思っていなくてね。
この部屋でビックリこいた訳さ。」
今の一瞬でも分かることがある。
「………あなた、怪しいですね。」
目の前の賢者は目を細める。
わざとらしくだ。
賢者と呼ばれる人間が、自分への懐疑心を察しないわけが無い。
不快感を表す演技で、彼は敵だ。
「ここに居る執行官たちの職務は平和の維持。
病弱なあなたは現場に立てないとしても、
魔界なんかより先に”信仰者”とやらを捕まえてくださいよ。」
今度は少女が眉をひそめる。
当然、”病弱”という言葉に反応してだ。
兄の言葉より先に反応した。
少なくとも、この場で彼女は兄側だ。
「……観ていた時よりずっと君に惹かれているよ。
この場所には防音魔法がかけられている。
建前は無しで語ろう。無礼講としておくよ。」
「では、正直に。
敵の頭を教えてください。
……あなたですか?
それともあなたは幹部の一人?そうだとしたら序列は?」
言い終わる前に背中へ刃先が突き立てられる。
「兄さんに対しての侮辱ととっても?」
「止めろ、リゼ。」
僅かに凄んだ声がかかると、ナイフは退けられた。
治安維持のための戦闘魔導士、”執行官”に与えられる基礎武器だ。
だが、資料で見たよりも鍔が小さい。
これは既存の、距離を取らせるための道具ではない。
引っ掛かりを無くすためのカスタム。
リゼは近接特化の執行官だ。
「なぁフレイ君。
私が敵だと思うのかの理由。
話してくれないか。」
緊張感が目に見えて増した。
相変わらず白い夜空は僕を見透かす。
「疑った理由は違和感の降り積もりとしか言えませんね。
私は………いや、無礼講だそうなので、
僕はあなたに情報を渡すつもりは無い。」
「…………では、私の序列まで知りたがった理由だけでも教えてくれ。
なぜ、序列まで言及した。
そんなものを知らなくとも、私を殺せば悲劇が止まるかもしれないじゃないか。」
「あなたがトップなら、組織は国を揺るがす規模でしょう。
あなたが二番手なら、組織は国を滅ぼし得る規模でしょう。
…………あなたが、三位ならば、組織は世界を揺るがす存在です。」
「そこまで聡いか。
ますます気に入った。」
誰も息を挟まなかった。
「私はしがないNo.4。
”信仰者”の目的は神の降臨による世界の破滅さ。」
ナイフが迫って来た。
兄が敵対を決めたと分かった瞬間に妹が動いたのだ。
逆手に持ち替え、
胴体のバネを使った一撃は彼女の実力を遺憾なく示す。
だが、今の僕なら反応出来なくはない。
上半身を翻し、その勢いのまま蹴りを入れる。
彼女は吹っ飛んだ後、ナイフを再度構える。
衝撃がまともに入る前に、兄の方へと跳んでいた。
ダメージはお互いに無い。
首に出来た浅い刺し傷を撫でる。
「おぉ!気持ちが良いね。
そうやって気にせず暴れてくれ。
君の悲鳴も私の著書を飾った棚の破壊音も外には届かないから。」
そう言いながらカシウス・アストレインは戸棚に手を突っ込んだ。
魔導書が散らばり、白い刃先の槍が握られていた。
「さぁ戦おうか。
我らがボスは君を殺したがっているらしいしね。」
「戦うのなら容赦はしませんよ。」
彼は僕を値踏みするように笑っていた。
侮っているなら、そのままでいい。
リゼが邪魔で槍の間合いを崩すことは出来ないだろう。
武器が無いから致命傷を与えるには魔法だ。
詠唱の時間が、閉じられたこの部屋にあるわけが無い。
その上二人の魔法への理解は僕を超えている。
魔法は使えない。
僕は首の傷に指を入れた。
破けた血管から魔力がこもった血液が熱く流れる。
魔法は使わない。
流れる血を手の平に纏わせ、前に振りかぶる。
血が目の前で飛び散った。
人体は取り込んだ過剰な魔力を出血によって排出する。
それ自体は生き延びるための正常な反応。
過剰魔力排血症はそれが過敏に行われる。
彼は僕の血の魔力に耐えられない。
ナイフでは対処できない散弾血。
「それは既に観ているよ。」
大きな槍はその散弾を打ち落とした。
それ自体は想定内だ。
むしろ、魔力が空気中に拡散するから症状が加速するはずだった。
「説明要るかい。賢い君なら不要かな?」
白く多孔質な、刃は白磁のような輝きを保っていた。
付着した血液は異様だ。
水のような透明さと、元の蜂蜜のような粘性を併せ持っていた。
部屋には血の匂いが立ち込めている。
沈黙を破ったのは床を素早く踏む音だった。
自身の防御と敵対者への攻撃を両立させるため。
ナイフを心臓の前で構えたままリゼは駆けていた。
先程よりも速い。
身のこなしが軽やかで、見た目よりも速い加速に感じる。
彼女は自身の強化のみに注力する戦闘スタイルらしい。
防具すらないので腕をやや深く切りつけられる。
血が床を濡らした。
二撃目以降は急所を逃がして立ち回る。
カシウスは床を切り裂きながら接近してきた。
白い刃先に血に波紋を立てる。
リゼが僕の左側面に回った瞬間に。
まるで知っていたかのようにカシウスは右から迫る。
僕は真上に跳んでいた。
半ば本能に任せた選択だった。
照明のための魔道ランプにぶら下がり、刹那的だが二人から距離を取れた。
数秒の攻防の中で違和感がまた見つかった。
急所を避けられていたが、それが奇妙だ。
ナイフ術の基本は急所だけを狙う事。
ましてや素手で左腕を失っている僕が全ての攻撃を凌げるわけが無い。
微細な傷こそ狙いなのか?
床の血が全て変質していた。
血の匂いは充満しきったのいうのに、魔力は感じない。
木の木目まで写す透明な液体は、白い刃先から垂れていた。




