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96話 千里の賢者

「ねぇフレイ…………。この人形持っていくの?」


シアはためらいがちにアリスを差し出す。


「いや、何なのこれ?」


イザベラは膝に出来た傷を掻きながら僕に懐疑の目を向けた。


「……………僕を気に入ってくれた女の子の幽霊………かな。」


「………………。」

「………………。」


冷たい視線が降り注ぐ。

僕はあぐらをかいたまま、アリスを抱きとめていた。


ふとももには木の感触が伝わり、

細い腕は胴に巻き付いて固定されている。


シアは惨状を見ていたから怯えている。

イザベラは、六年前に故郷に現れた露出狂を見る目を向けていた。


ぎゅぅと腕が締められた。


アリスの声が聞こえる!


「シアを巻き込まなかったのは、人間じゃなかったからだって!


イザベラは能力の範囲外に居たんだって!」


「………………。」

「………………。」


アリスが抱きしめてくれてる間は話せるらしい!


話すには子供部屋までに行かないといけないと思っていたから、

この発見は単純にうれしい。


お腹と腕の中の彼女を腕で少し強めに抱き留める。


シアの目は更に恐怖に歪む。

イザベラからの視線はさらに冷たくなる。


「…………落ち着くから、そういう風に見るのやめてくれない?


──ん?なに?アリス。

あぁ、分かった!


ねぇ、国を出発する前に人形用の服を見て来てもいい?

アリスに似合う白い服を探してあげたいんだ。」


シアもイザベラも一歩引き下がった。

その目はどっちも酷いものだ。


イザベラに至っては杖を構えかけていた。


二人の意見は察せる。

アリスを連れて行くのは決定事項だし、僕が折れる気は無い。


だから、誰も言葉を発さなかった。

これ以上はもう一度決闘する羽目になるだろう。


「…これからどうするの?フレイ。」


イザベラは僕がボロを出す前に話を変えてくれた。

少し真面目な話だ。


「おかしい所がいくつかある。」


僕はあの質量兵器を思い出す。

奴隷商があんな使いにくい武器を扱うだろうか。


誰かが奴隷たちに与えたとしてもだ。


あの兵器は人を選ぶ。

くすぶっていた奴隷にピンポイントで与えられるだろうか。


イザベラもこの襲撃に引っ掛かっているようだ。

少し声を潜めて話し始める。


「………私たちの手札も割れていた。

魔界で手に入れた武器や悪魔も知られてた。


バレるのが早すぎる。」


「襲われる意味も分かんないよ!

何とか切り抜けたけど、その、A級?が何でこんなとこに来たの!?


私たちが来て一時間も経ってなかったよね?」


シアも段々と違和感に気が付き始めたらしい。


違和感が一つの可能性へ収束する。


「………僕らは監視されている。


魔界からずっとかも知れない。」


聞いた途端、シアは周りを二、三度みた。

当然だが、誰もいない。


「そんなのあり得るの………?」


「あり得ると思う。」


僕は即答した。


魔界で地上での常識は崩れ去った。


常識で測ってあり得ないとしても、

あり得ない事の証明を考えるつもりはない。


「僕は”千里の賢者”……様に会おうと思う。」


特に優れた魔導士にのみ与えられる賢者という称号。


その中でもこの事態を打開できる人だ。


疑問符を浮かべるシアに、イザベラが口を開く。


「アストレイン家の一人息子で、特別な目を持っている御方よ。


『千里眼』という能力を生まれながらに持っていて、

屋敷から国を見守ってくれているの。」


その目は少し閉じていた。


僕と同じ意見なのだろう。


「正直怪しいわね。」


「…………僕は会いに行こうと思う。

襲撃に関わっているなら、ゼルが消耗している、今だ。」


「………分かったわ。

ところで──」

シアは大体は納得したようで、話をまとめた。


「私の分の冒険者資格は?

今回は結構活躍したから、最低でもC級冒険者!


何なら二人と同じB級でも──」


「あぁ、ほら。

E級だったわよ。」





僕は冒険者ギルドを出発し、北東に向かった。


馬車の中では、まだ文句を言っていたシアをなだめつつ、

束の間の平穏を楽しんだ。


トランプに興じるシアの横で、基礎魔法訓練を繰り返す。


魔界と違って、突然の死が無い旅は気楽なものだった。


草地の景色と荒れた土の道から徐々に変化し、

レンガ造りの街並みと石畳に置き換わる。


”第一魔道執行官養成所”


魔道士の中でも優秀な者だけが通える学び舎。


それを代々治めてきたのがアストレイン家。


六代目当主こそが、

千里の賢者 カシウス・アストレイン──


「お待ちしておりました。

私は当主の妹、リゼ・アストレインでございます。」


学生服を着た女性が僕を出迎える。


年齢は僕と同じくらい。


だが、魔力への理解は比べものにはならないのだろう。


小さな身体からは魔力が一切感じられない。


「…………。

言われた通り、丸腰で、一人です。

悪魔も連れてきていません。」


僕も今日はいつものローブではなく学生服だ。


仕込み火薬も、魔剣も、神様も、杖すら持ってきてはいない。


「えぇ、分かっております。

兄は”全て”を見通しですから。」


金属の校門は僕を入れた後、すぐに閉ざされた。


学校は三階建て。

最上階、中央階段から三部屋先に彼は居る。


それくらいは調べておいた。


彼が味方で無かったとしてだ。


選りすぐりの教師や、国の将来を担う学生全員が敵とは思えない。


「…………随分、教室に興味があるようですね?」


「えぇ。私も魔導学生の端くれですから。


もっとも、この学校に行けるとは思いませんけどね。」


「ご冗談を。

魔界を見事生き延びた貴方なら、入学試験など児戯に等しいでしょう。」


愛想笑う彼女を横目に、職員室の場所も再確認する。


彼が敵だったのなら浅知恵は通用しないだろうが、それでもだ。


「こちらが兄の居る校長室です。

………書面でも確認しましたが、魔力を放出するものは持ち込まないでください。」


彼女が部屋を三度叩く。


「はい。どうぞ。」


白を基調とした長衣。

貴族の礼装と、学者の装束を掛け合わせたような気品ある服飾だ。


特筆すべきはその高貴な立ち振る舞いではない。

よく鍛えられた肉体美でもない。


扉が直ぐに閉じられる。


リゼさんは確かに扉のロックをかけた。


「すまないね。魔力が入って来ては不味いんだ。


知られてはいるだろうが、”過剰魔力排血症”を持って生まれてしまった。


魔法を使えないのに賢者で魔法学校の長。」


彼は物腰柔らかに僕へ接した。

だが、それは重要ではない。


最も重要なのは──


「笑ってくれてもいいよ。フレイ君。

それとも、先に話すかい?」


「君の故郷を滅ぼした元凶について。」


──彼の目が白い夜空の様に無数の輝きがあったことだった。

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