95話 覚えた
超高速で楕円を描く超質量。
その破壊力は前代未聞──
防御することも、
逸らすことも、
受けることも、
相殺することも、
──不可能。
だが、避けられるかもしれない。
真上にある現実から目を逸らす。
幸運は二つあった。
一つ。
地盤は完全に砕かれている。
懐には火薬もある。
地面の下、辿り着けば一瞬の延命は可能。
二つ。
攻撃の速度は下がっている。
回転速度は最大、だがそれは攻撃の速度ではない。
触れただけで死ぬが、それを届かせるのは腕の押し出しだ。
やるしかない!
拳を、彼の前に近づけた。
怯みはしない、
僕もそれは狙いではない。
背筋の全てを動かし、ガントレットを地面に叩き付ける。
金属製のガントレットと、砕ける石。
僅かな火花が握りつぶした小瓶と交わった。
魔界の老婆から買った対人火薬。
魔界で通用する、兵装。
黒と赤の粉末を守っていたのは、ガラス瓶だけだった。
爆発──
それを感じるのは、音でもなく、光でもなかった。
衝撃と、それによって見えた死が伝えてきた。
ダメージは明らかにあっちの方が大きい。
煤烏を戻して、僕の防御力は上がっていた。
それが宿るローブだって、刺繍された呪文には侮れない効果がある。
咄嗟に出した手は悪魔・漆骸の手。
熱も衝撃も、僕には還元されない。
魔力を右腕に流し、衝撃に備えていた。
死に目に会うたび、魔力操作はかなり修練されている。
彼の戦闘力はすさまじい。
だが、物理戦闘力だけ。
呪いへの耐性も、
魔法の知識も、
死にかけた経験も無い。
それが良いか、悪いかではなく、
結果として、彼の肌は焼けていた。
「そぉれがぁ!!どぉおおしたぁあっぁぁっぁ!!!!!」
やはりだ。
彼は回転を止めない。
一瞬の怯みも無い闘志。
一瞬の歪みの無い殺意。
何度死線をくぐろうが、何度敗北を味わおうが。
平穏な家庭を知っている僕には、きっと理解は出来ない。
だが、僕は死ぬつもりは無い。
「シア!!」
小半径の楕円軌道は僕だけを狙っている。
血まみれで焼け爛れた腕では、急な方向転換はできない。
幸運だ。
剣は押しのけた時に渡していた。
シアは確かに動ける状態だった。
僕はギリギリまで、彼を逆撫でした。
それでも、この結果は幸運でしかない。
血が脇腹から噴き出す。
深く、深くまで、黒い刃は突き刺さっていた。
塞墨は、彼の死を望んでいた。
血で、鎖が滑る。
僕の顔面数センチ先を抉り進んでいく。
その衝撃だけで、
骨にヒビが入って脳に血が侵入したのが分かる。
その血走った目が、上から突き刺したシアへ向いた。
「俺のぉ!!”上”にィ!だぁづぅなぁあっぁぁぁ!!!!」
左腕でシアを殴打した。
そのまま、彼は剣を抜く。
──抜いてしまう。
塞墨の効果は感情の暴走。
殺意が大きい程、更に膨大な殺しの軌道が示される。
一瞬の硬直。
そのご馳走を逃しはしない。
「全て喰らえ……煤烏………。」
──僕は瓦礫の中から這い出た。
マスターが、自分の治療も最低限に引き上げてくれた。
ギリギリで生き延びるのには慣れていると笑っていた。
冒険者たちは起き上がり、伝令係も馬を走らせている。
彼らが起きた今、新手はやってこないだろう。
イザベラは警戒に当たってくれていた。
襲撃の予想すらしていなかったから、全方向を注意している。
シアにはアリスを隠すように頼んだ。
アリスは僕が守っていくつもりではあるが、今は下手に動けない。
僕の手は、焼けただれた手を掴んでいた。
戦場の端に、彼を寝かせた。
聖職者で、ギルドの記録を任かされているギアラさんに診せるためだ。
「………確かに特別A級手配です。………ですが、この子は駄目ですね。」
黒い羽に覆われた彼を、僕はローブで包む。
染みが移ってから、彼の身体を青空の下にさらけ出す。
傷だらけで瀕死。
刺し傷は深く、火傷は全身を覆っている。
絶大な破壊力と黒い殺意に、腕はついて行っていなかった。
だが、………僕の目についてしまったのは、攻撃を受けていないはずの背中。
そこにあった不自然な青あざだった。
棒で打たれたような古い細長いあざが重なっていた。
言葉には出さない。
「彼は感情を。根本から失っています。治すとか、解呪とかではなく、消失です。」
「そうですよね………。」
僕も食べられたから分かる。
これはどうすることも出来ない。
煤烏は最も大きい感情から喰っていく。
恐らく、最初に怒り。
不快感、惨めさ。
最後の最後、死への恐怖を完食されるまで、彼は闇に覆われ続けていた。
「治療しますか?………決断は任せます。」
ギアラさんは少し落ち込みながら、
だが、脅威か被害者かの天秤を計っている。
僕は、乾いた唇を開けた。
「…………治しましょう。僕も、回復魔法で補助します。」
ギアラさんは手を当て、胸から光を送り込む。
太陽を浴びた感覚が、隣の僕まで伝わって来る。
僕は回復魔法を唱え続けた。
ギルドマスターは全快している。
何かあっても、死人は出さない。
「………………。」
彼は何も発さない。
意識を取り戻しても何も発さない。
「………フレイさん、私は他の方の治療にもあたります。」
ギアラさんは治療を切り上げ、僕に少し陽光を送ってくれた。
少年の名は、ゼル。
それは知っているが、僕も言葉を発さない。
ただ、その細い手は自身に着いた首輪を撫でた。
僕の意志で過重が発動する。
武器は隠したし、抵抗しても数の暴力で対応は出来る。
「……………名前は?」
その目には殺意も喜びも何もなかった。
「……フレイ。」
「………覚えた。」
その細い腕は地面に突き立てられた!
──最後まで戦うか。
だったら、僕は責任を以て殺す──
そう思っていた。
だからこそ、反応出来なかった。
剣を抜いた僕から、
迫り来る刃から、
彼は背を向けた。
「………………ぇ?……ッ!ギルドマスター!!!ゼルが逃げた!!」
武器も、突き刺したシアも、大嫌いな魔導士も、気にしなかった。
逃げたいという、恐怖すら失ったはずだろう!?
僕は追いかける。
魔道具も発動した。
マスターも全力で走った。
だが、躍動をする子供には追い付かない。
その背中には、消したはずの青あざが見えた気がした。
棒で打たれた痕が、何本も。
僕を呼ぶ声を何故か思い出す。
その声には感情が無かった。
ただ、刻み込むような響きだった。




