94話 俺の世界
──服従の首輪。
俺は十五年、ずっと縛られていた。
金貨三枚と引き換えに明け渡される。
俺の最古の記憶。
贅肉に蓄えたオッサンをご主人様と呼ぶように言われた。
他の奴隷共とまとめて売られていた。
愛人のブスは俺らを忌み嫌っていた。
ずっと従順に服従していた。
そうしなきゃ飯を抜かれると言われた。
朝から晩まで。
炭鉱に他の奴隷と一緒に入れられていた。
暗くて、臭くて、汚かった。
気絶したときは、ずっと真上にある屋敷を夢見ていた。
狭くて、危なくて、惨めだった。
首輪は量産に成功した魔道具だと盗み聞いた。
仲間が逃げようとした。
一緒に働かされていたから知っていた。
あいつも強かった。
でも、その時は動きが鈍かった。
直ぐに取り押さえられていた。
首輪を掴んで、首を絞められていた。
首輪の効果は加重。
逃げた奴隷は、重くなって動けなくなる。そう言っていた。
笑われていた。
見下されていた。
だから逃げるのは諦めた。
泣くのも。
抵抗も。
悪口だって諦めた。
──力を与えられた。
俺は自由になった。
檻をぶっ壊した。
鎖を引き千切った。
屋敷の連中は全員殺した。
仲間に囲まれた。
みんな、はしゃいでいた。
みんなを殺した。
弱かった自分を、否定した。
過去を全て消し去った。
炭鉱も、食堂も、
全部全部全部。
俺は仲間に入れて貰った。
俺は自由になった。
みんなが俺を恐れている。
みんなが俺を認めている。
みんなが俺を見上げている。
なんで俺はイラついている?
過去には背を向けた。消し去った。
今だって見下されたわけじゃない。
ただ、戦いで上を取られていただけだ。
だが、精神が逆撫でされている。
全部を踏みにじられた感覚が蘇った。
叫ばずにはいられなかった。
「見下すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」
僕は彼を見上げていた。
ゴーレムの腕に着地する。
その衝撃は今までにない”重さ”を感じた。
限界まで長く回した縦回転。
その軌道は縦長の楕円軌道を描いていた。
鎖の先に繋がっていたのは分銅ではない。
少年の首輪だった。
学校で教わったことがある。
重さを増幅する魔道具だ。
「落ちろぉぉッッツ!」
通った軌道はイザベラではなく、その足元。
ゴーレムに向かって落下加速していた。
破壊力は桁が違っていた。
一撃で大地のごとき巨体が砕け散る。
円運動ではなく、楕円。
僅かに聞こえ始めた風切り音が異様な音で掻き消される。
ギチギチという音は、最下点で鎖が伸び切る音だった。
真上からの一撃は星が落ちたような轟音。
体勢を崩し、イザベラは落下している。
彼はそんなのお構いなしに、ゴーレムの残骸を砕き続けていた。
自由に躍動する脅威ではなかった。
「呆けてんじゃねぇ!」
ぶん殴られた。
一気に目が覚める。
「今のうちにカラスを戻せ!制御を失うだろ!?」
マスターの声でハッとする。
今、煤烏への指示を止めていた。
『全ての災禍、惨状、苦難を閉じろ、覆え!
忘却に沈めろ!中級封印魔法、見えざる封印……!』
白いローブで黒を覆う。
地面と挟み込むと、黒い染みとなって鎮まっていく。
もう一度袖を通す間に、ゴーレムは全壊していた。
「フレイ!どうするの!?作戦は!?」
イザベラとシアも僕の傍に来てくれた。
マスターの息は荒い。
イザベラは魔力の大半を消費している。
シアは傷が浅い。戦える。
僕は喉を潰されている。詠唱が上手く出来ない。
魔法はあまり使えない。
魔力が無いから漆骸は使えない。
煤烏と塞墨だけが僕の手札。
殺意のこもった視線が真上から刺さって来た。
「気に食わねぇ!!!全員ッ!?ブッ殺す!!!」
回転は止まらない。
止まらず、加速し続けていた。
高所から落下した。
楕円の加速に、本体ごとの落下が加わる。
マスターが僕ら全員を投げ飛ばしてくれた。
そうでなければ全員が潰れていた。
衝撃が地盤を砕いた。
マスターの左腕に掠った。
左肩ごと千切れ飛んでいった。
止まらない。
攻撃を避けられたわけじゃない。
続いている。
楕円は更に歪み、破壊力が高まっている。
子供の背より長い鎖を縦にまわしている。
地面に擦るどころか、地面を砕いて回っている。
全部を壊し尽くすまでは──止まらない。
「僕を殺したくはないか!?その首輪を造ったのは魔道士だぞ!?」
荒んだ目が僕を捕らえた。
戦うべきは僕だけだ。
イザベラを突き放す。
シアには目配せしてから押しのける。
イザベラも魔導士、近くに居ればつけ狙われる!
シアはいつも!攻撃を受けつつ攻撃をする。この破壊力の前では不利すぎる!
投げられて、今は空中に居る。
最高威力の真下には居ない。
「ッ………見下ろすなってェ!!」
苦虫を嚙み潰したような顔が見える。
「言ってんだろうが!!!」
血が噴き出た。
手元を滑らせ、鎖の先を握ったからだ。
少年の腕に力が加わる。
それに耐えられていない。
だが、意地で鎖を僕に近づけてきた。
半径が狭まり、一瞬。
先端が消えたように見えた。
腕への反動が。
力に、
速度に、
殺傷力に変化した。
僕は回避した。
回避してしまった。
避けるために、黒手を伸ばした。
地面に自分を引き付けた。
彼の真下に降りた。
「死ぃぃっぃぃいいねぇぇぇぇぇぇ!!!」
世界一危険な空間に、降りてしまった。




