87話 穢級被呪品所有、新規B級冒険者『フレイ』
──一撃交換とは冒険者同士の力試しである。
魔道士としての資格や、聖職者としての位階など実力を示す材料は多く存在するが、荒くれ共が背中を預けられるかを判断するのには、戦闘力を見るのが最も確実と考えられている。
提案した側から一撃放つ。
それを受け切れば、逆に一撃を受ける。
起源は最初の冒険者ギルドで飲んでいた賢者の提案だったとされている。
両者の強さを最短で確かめる、原始的だが、明快な試練である──
「俺もB級冒険者だ。だったら俺を一撃で満足させてみれば納得だ。」
ギルドマスターは引き出しからメリケンサックを、壁から丸型の盾を右手に取った。
「あ~私が立ち会いますので、ギルマスを気絶させてもいいですからね?」
ギアラさんは明らかにワクワクしている。
少なくとも、僕のお茶を勝手にのんでしまうくらいには。
「実戦での実力を見てぇ。極大魔法を撃つんなら、実戦で撃てるものと取るぞ。」
それは流石に無い。
何度か魔界で極大魔法は使ったが、それを毎度期待されては困る。
「質問なんですが、剣を使っても?」
「全てを実戦での実力と受け取る。御せるなら使え。俺も実戦を想定し、盾で防ごうとする。加護も切らない。ギアラは守光と呼ばれる聖職位だ。お前の穢級の呪いなら儀式での対応、回復は可能だ。」
「あ~封印を解いた場合は私の加護の範疇を超えますのでご遠慮ください。」
「………やりたいようにやれ。ここで躊躇するんなら実戦でも躊躇する。」
巨体ながらに飛び跳ね、ウォーミングアップを開始した。
首を鳴らしながら、集中を高めるその肉体は加護と筋肉の鎧と言える。
予想される破壊力はかなりものだろう。
「あと五回だ。」
そう言った後、右足で着地。
その後足を変えてもう一度ジャンプする。僕にとっての三歩分だけ下がった。
着地と共に僕との間にあったテーブルを蹴飛ばした。あと二回。
右足での着地は、その筋肉の弾性からして、着弾とでも言う衝撃だった。
最後。
最後の左足が地面に着いたその刹那。
拳の予備動作、身体を前面に押し出すその勢いだけで、僕の髪が、周囲の地図が、その場の空気そのものが揺れ動く。
巨馬。イーグル。ワイバーン。
僕を踏みにじった強敵達を思い出させた。
だが、動きは見えた。
ガントレットを喉元に押し当てる。
左腕の断面で支え、衝撃に備えた。
両足は開き、身体を安定させる。
ローブの黒染みは僕の意思に呼応し、その勢いを止める祝福と成っている。
ズッガン!!!
撃ち当たる金属音は辺りに響き、僕も身体が後方に圧し飛ばされた。
娯楽本と実用書の入り混じる本棚との衝突だけでは勢いは止められない。
壁ごとブチ抜き、僕は短い空中旅行を終え、着地した。
「……あ~やり過ぎじゃないですか?B級になれそうにないなら、いつもみたいに面接で不合格にしてあげればいいのに………。」
ギルドマスターは何も言わず、ただ、両腕を組んだ。
「…………起きろッ!!」
その声を合図に、僕は両足をお腹にまで持ち上げ、反動をつけて起き上がる。
吹っ飛ばされても受け身は取れるようになっていた。
煤烏も僕を信徒と認めたのか、僕の防御力を飛躍的に向上させている。
単純な身体強度も高まっている。この結果は偶然ではない。僕は成長できている。
右手の魔力で繫いだ部分を整えてから、息を吸い込む。
驚いていたギアラさんも、僕が剣を抜いたところで気を引き締めた。
「次は僕の番ですね?」
僕が強くなるほど、魔法の詠唱をさせてくれる敵は減っていく。
実戦で、この人を倒すのに、僕なら魔法は使わない。
この筋肉要塞を剣で叩き切る。
それこそ次に繋がる実戦だ。
荒れたこの場を覗き込もうとする気配をヒシヒシと伝わってくる。
先程の踏み込みで頑丈な大木の床は踏み割られているが、僕の正面に向かうため、マスターは廊下に歩み寄ってきた。
「一撃交換だ。……崩してみろよ、」
その顔は笑っていた。自身の経験値から裏打ちされた防御への自信。
さっき僕を吹き飛ばした左腕は腰の横。メリケンサックは軽く握られている。
戦いの自然体が保たれ、彼の強みを遺憾なく表現している。
右腕は突き出され、丸盾を支えている。
大きさは40センチほどで、守るためでなく、弾くための盾だと見て取れた。
濃い黒褐色の木目が輝き、年輪が金属のように詰まっている。
僕は切っ先をマスターの顔へ向けた。
距離は四歩だったのを詰め、キッカリ三歩だ。
マスターは動かず、丸盾の角度を僅かに変えた。
迷宮で拾った剣改め、穢級狂操武具『塞墨』。
これは剣の方から指示を出してくる魔剣だ。
相手の命を奪うコースを示し、強要し続ける。
その流れを取捨選択するのが今の戦い方だ。
僕は、僕が気づく前に動いていた。
一歩目。剣が横に振られる。
肩への斬撃。その動きを盾は追跡する。
ガン。
剣が弾かれる音だ。経験豊富な彼にはこれに容易に対応した。
周囲の唾を飲む緊張が聞こえてくる。群衆は即座に僕の敗北を予感した。
だが、刹那。僕は僕の意志で、意地で踏み込む。剣の示す軌道より先に踏み込む。
身体が前に出て、マスターの側面を正面に迎えた頃、ようやく剣の軌跡が修正された。
刃が滑っていく。縦の縁に沿い剣先が狙いを定めた。
狙いは初めから突きによる一撃必殺。
マスターの元々細い目がさらに細まる。
盾を戻す時間が無いのは、分かっていたのだろう。
最後の一歩を踏み込み、体当たりと言うべき推進力を突きに変換する。
切っ先は首元へと迫っていた。
「………合格だ。B級冒険者として認めよう。」
突きは左腕に突き刺さり、止められた。
一撃交換としてなら、引き分けだろう。
だが、これが実戦であれば傷の回復には魔力と時間を要する。
だからこそ、合格というわけだ。
「あ~良い物見れたんだから、片づけ手伝って~ならず者~ひげ面~その他多数~。」
受付嬢の鶴の一声によって、その場はお祝いムードよりも先に作業へと進んだ。
「………嫌な気配がした気がするから、片づけといてくれな。ギルマス命令。」
剣を雑に引き抜き、デカマッチョはサッサと建物を駆け飛び出した。
「イザベラちゃん!サボりよ!私からの依頼出すから追いかけて!」
「は~い。」
作業が始まる前に、二人が消えたが、力の有り余る冒険者が多数いる。
ギアラ姐さんの指揮により、労働力として使われ始めた。
崩れた壁と木片は男手が片づけ、職員たちは散らばった本をまとめていく。
僕は片手な上にガントレットが邪魔で、ろくに作業は出来ていない。
ランプやなんかの備品を一か所に集めるのに終始した。
羽ペン、羅針盤、依頼札。意外と集められる物はある。
その中に血のように赤い布の塊も、埋もれていた。
最初は服の切れ端か何かと思った。
よく見れば人形だった。
赤いフリルの、小さなドレスを着ている。
結構大きく、掴むのは可哀そうでためらわれた。
持ち上げてやりたいのだが、左手は無い。
仕方なく、人形の腰を腕で抱えるようにして抱き寄せる。
人形の腕が、僕の体に巻き付いた。
落ちないために支えてくれたようで、結構安定する。
その瞬間、バタバタという音と共に、その場の全員が倒れた。
ドッキリというわけでも無い。
全員がドジを踏んだわけでも無い。
木片が突き刺さり、血を流す者もいる。
いきなりの静寂は異常そのものだ。
ぎゅぅうと抱きしめられていた。
まるで、逃がさないというように……。
その場に立っている人物はいない。
僕を抱きしめたのは──
人形だった。




