85話 プロローグ
土煙の中で立っていたのは僕だけだった。
傍に出したゲートを閉じ、残った黒い靄を手で払う。
僕は着弾の直前、ゲートを開いた。
一瞬だけ異界に通ることで全ての攻撃をすり抜ける。
ロッドから見て盗んでおいて良かった。
使い過ぎたら虚空の主とやらに殺されるらしいが。
「…………もう、立ち向かわないでよ、フレイ。」
イザベラはへたり込んだまま、声を絞り出した。
「アンタに、みんな感謝してる。私が逃げた後、お母さんが逃げられたのも………アンタのおかげかも知れない。」
思いを吐き出してくれていると同時に、術を行使し元の柔肌に戻している。
獣人化を解いたわけじゃない。
黒魔術は不可逆変化。
獣に変質した身体を捧げて、以前の肉体に似た身体を得ただけだ。
構成要素は毎回全て置き換わっている。
彼女だってその恐ろしさは分かっているはずだ。
イザベラには自分を大切にして欲し………
「でも関係ないでしょう! 何で自分を大切に出来ないのよ!?」
僕の思考を突き刺す様に、彼女の慟哭が辺りに響いた。
「アンタが英雄として死んだって聞いた時の気持ち、分からないでしょ!?」
杖を投げ捨て、拳を握り、周囲の地面に叩き付けている。
「アンタは……逃げもせず! 死にに行った! 何でよ!?」
赤毛の幼馴染の目は真正面から僕を射抜く。
「残される方も考えずにさぁ!……生きる自信が無いって何よ! 生きてよ!?」
イザベラがこんなに思ってくれているとは考えもしなかった。
癇癪持ちは昔からだが、今は僕に怒ってくれている。
……だが逆に、言葉を聞いて、僕は覚悟を決めた。
「……やっぱり、ワイバーンをけしかけた奴、殺すつもりなんだね?」
「当たり前でしょ!? アンタは戦わなくていい! 私がブッ殺してやるわ!?」
イザベラは、本当に、僕に戦って欲しくないのだろう。
僕を本当に思ってくれているからこそ、僕は戦うべきだと思った。
「……僕は死ぬつもりは無いよ。そう望まれたし、僕を大切に思ってくれている人が居るのにも気が付いたから。」
ディアナとシアも丘を降りてきていた。
二人にも関係がある話だ。聞いておいて欲しい。
「でも、前を向いて生きる熱も無い。死にたくない理由はあっても、生きる理由が見つけられない。平穏の中では落ち着かないんだよ。」
何もしていないと思うと、どうしようもなく申し訳なくなる。
数日何もしなかったテスト前みたいに、どことなく消えてしまいたくなる。
「………だぁから…! 私がッ……!」
「だから僕もブッ殺そうと思う。」
命の大切さは魔界で視線をくぐる内に、多くの人が死んだときに学んだ。
そして、だからこそ僕らの平穏を踏みにじった奴が気に食わない。
怒ることは出来ないけれど、僕のこのモヤモヤを晴らす捌け口には丁度いい。
「家族の仇を討ったら、日常を過ごすことへの申し訳なさを消せるんじゃないかって思う。だから………三人にも手伝って欲しい。僕は前を向いて生きていたい。」
三人へ自身の正直な思いを打ち明けた。
僕に残されたのはこの三人だけだ。
母も姉も、もう居ない。
もし見捨てられたなら、僕はどうなるか分からない。
僕が前を向く理由が欲しい。
だからこそ、僕は旅を続けたい。
イザベラは杖を置き、ゴーレムを砂塊に戻した。
これも彼女の癖だ。
一回深呼吸をし、僕へ向き直るんだ。
「お断りね。」
「……………。」
僕も一度深呼吸をする。
結構前からこの癖は移っているのだ。
「前を向く理由なんか、私が与えてあげる。死ぬつもりが無いんなら、やっぱり、すっこんでおくべきだと思うわ。」
拳を握りこんで勢いよく「任せて!!」とでも言おうと思ってくれたであろうシアたちは固まっている。
でも僕には分かる。
さっきまでの怒りは感じられない。
興奮も収まっていると思う。
「心につっかえてるのは理屈じゃない。……だから、納得させてみてよ。」
そう言いながら、制服の上着を脱ぎ棄て、シャツも片方はだけさせた。
右肩を指でなぞり、魔法とは別種の詠唱を唱える。
魔術、それも肉体を変貌させる黒魔術の詠唱だ。
「真正面からの魔法の撃ち合い。強さで私を押し切ってよ。」
肌を突き破り、肩甲骨との繋がりを見え始めた。
白の翼は流れる血を被り、紅に染まっている。
天使と悪魔を同時に思わせる紅白の翼には魔力が込められているのが分かる。
「もうバレてるだろうから白状するけど、私はアンタへの怒りをゴーレムの強化に充ててた。ただ怒るだけでも出力はかなり上がる。であれば、それを切り離せば損失無く、100%の強化が可能でしょ?」
「だから真顔だったんでしょ?」
「それを次は魔法の威力上昇に充てる。」
イザベラは方翼で左半身を隠しつつ、右腕を突き出した。
「天使の翼は魔力を蓄え、出力……つまり魔法の威力を飛躍的に向上させる。」
一度下げた顔はまた、感情を見せない冷たい表情だった。
甘さを棄てて、僕を試そうとしている。
僕を認め始めてくれている。
「私の全力すらどうにか出来ないなら………私は認めないわよ。」
「分かった。受けて立つ。」
両者の距離は、少しだけ詰められ、十数メートル。
魔道国ルネキメルの誇りある魔導士にとって、決闘の魔法は決まっている。
最大にして最熱の魔法。
初代賢者、ルアリの扱った原初の時代の魔法。
僕の方が魔力に余裕があるが、イザベラの出力は大幅に向上している。
どちらが勝つかは魔道霊がどちらを選ぶかといったところだ。
だが、僕は絶対に勝つ。
負けた後も想像することはしない。
『血流よりも熱く、空の星よりも輝く炎よ』
起こり始めた魔力の流れは赤い髪をたなびかせる。
『聖滝をも干上がらせ、異界の目をも潰し、太陽神をも退ける傲慢な炎よ』
生まれた熱はその目を赤く照らし光らせていく。
『我が願いに応えよ』
生じた熱は火球を支える手だけではなく、全身を焼くようだ。
『あらゆる不条理も、あらゆる災厄も、あらゆる因果をも消し飛ばせ』
周囲の魔力は爆発的な燃焼に引き寄せられ、更に火は燃えている。
『顕現せよ、今こそ栄光の時が来た』
イザベラの期待に応えられるよう、最後の一文字まで死力で魔力を込める。
『最高位火球魔法・魔道霊の王炎』
僕らは右腕を突き出し、勢いを付けて意地を通し合った。




