84話 本気の喧嘩
初撃は石造りの巨腕だった。
右腕で衝撃を多少軽減するが、重量に差があり過ぎる。
吹き飛ばされた僕は丘を滑るように落ちながら、体勢を整えた。
場所を変えるつもりなんだろう。
イザベラは地面から這い出る巨兵に乗りながら僕を追う。
『手ヲ貸シテヤロウカ?』
「要らないから黙っておいて、”膝骸”。」
”煤鴉”も”塞墨”も宿に置いてきた。
今あるのは制服の上から付けたガントレットだけ。
ディアナには手を出すなと言ってある。
これは喧嘩だ。危なっかしい手段は取れない。
丘を滑り終え、平坦になるにつれ、距離が縮まったのでこちらから接近する。
「弾き飛ばせ……『分念巨神像』」
ゴーレムの大きさ、パワーはかなりのものだ。
恐らく、彼女の力量でワイバーンを抑えるために用意したんだろう。
だが、図体ゆえ速くはない。
まともに運用するためには、落下の力を借りるしかない。
よって、軌道は拳の斜め前でしかありえない。
回避は容易い。
振り下ろされた腕を避け、その肩を登る。
「……ッ!」
イザベラは確かに戦闘訓練を積んでいるが、魔導士。
詠唱の隙を潰すのが一番嫌だろう。
だが、僕の腕が杖を掴む前に、蹴りの衝撃が響く。
気が付くと、僕は真上に蹴飛ばされていた。
イザベラは僕に向かって杖を向け、僕も腕を突き出した。
『『紅蓮の火矢よ、我が道を照らし開け』』
魔法の撃ち合いにおいて、最も必要な技術は相殺だ。
有名な中級以下の魔法は限られているので、予測して同じ魔法を使うのがベスト。
『『中級魔法・火柱』』
火煙が消え、僕が着地するまでの僅かな間。
だが、その中で確かな異変を見つけた。
勇魔道学選択とは言え、魔導士の脚力じゃないと思ってはいたが……。
イザベラも隠すつもりは無いらしい。
機敏な格闘戦には邪魔な帽子をゴーレムに被せ、靴も脱ぎ捨てた。
スカートから覗かせる足は元から見えていたが、全体像が見える。
首から下は赤い毛皮が生え、頭からは兎耳が伸びていた。
僕を蹴飛ばした脚は、獣の脚。
逆関節に見えるそれは異常なまでのパワーを可能にしたのだろう。
「………黒魔術による、肉体の変貌かな?」
話すつもりは一切無いらしい。
先程までとは打って変わって、ゴーレムと共に接近戦を仕掛けてきた。
獣人族は、悪魔と契約により誕生した種族だ。
地上を主な活動域としているので、以前にあったこともある。
その脚力によって、一歩で大きく距離を詰めてくる。
ゴーレムの拳を優先して避けたその隙に、ドロップキック――
それも、脚のバネを生かした超威力の一撃を僕に放った。
だが、その程度では届かない。
かつての鷲の様に防御を展開すると、足場となってイザベラを後方へ吹き飛ばす。
ゴーレムは主より僕の攻撃を優先してきた。
だが、地面を擦るようなアッパー。
遅すぎた。
右腕でその拳に突き立て、空中一回転で勢いを殺し、その腕に乗った。
ゴーレムの上を駆けながらコア破壊を試みる。
『凡てを焼く火種となれ!初級火球魔法・日火!!』
上腕は無くなっているが、それでも魔法の指向性ぐらいは操れる。
身を翻す瞬間に左腕を振り、炎をゴーレムにぶつけた。
一撃で当たりを引くことは出来なかった。
当たった部位は崩れるが、コアである水晶は見えない。
こいつは自立駆動しているから、大きな魔力水晶なはずだ。
その内に当てられるだろう。
『隆起せよ、穿て土槍 初級地撃魔法・石弾』
地面に杖の先をうずめたイザベラは、それを引き抜くと同時に石を飛ばしてくる。
ゴーレムと同質な攻撃。
砕くも避けるも出来る。
ここは隙を作りたくは無いので、石散弾の中を突っ切った。
ゴーレムも僕を追い、僕の避けた石弾と互いを砕き合う。
ここまで考え無しであれば直ぐに動きを止めるだろう。
右腕を、正確には籠手の下にある刺青を首に押し当てた。
火球は後方に飛び、ゴーレムをさらに砕いていく。
その間に距離は詰め終わり、僕は腕のガードの上からイザベラを蹴る。
小柄とは言え、僕の体重を乗せた一撃は彼女を地面に圧し付けた。
「これ以上は、無傷ではいれないよ?」
「…………。」
イザベラのプライドに触れてしまうかもしれないが、本心から脅した。
この程度なら、僕にはついてこれない。
表情を髪色よりも真っ赤にして拳を振るうと思ったが、そうはしなかった。
睨みつけているし、杖を握ったままで、片腕は地面に付けた戦闘態勢ではある。
だが、感情は見えない。
何かは分からないが、感情を失ったような………?
背後だ。
崩れかけだった巨体は、纏う空気を変え襲い掛かって来た。
両手で挟み込まんとする攻撃は速く、風圧が僕の視界を奪う。
目をつむったまま、とにかく回避に専念した。
その時から、イザベラの詠唱が始まった。
『大地の骨格よ 我が声に応えよ』
ゴーレム、イザベラから距離を取り、目を開けて体勢を整える。
『砕けて束ね 穿つ牙と成れ』
恐らく中級以上の魔法。
今から詠唱は合わせられないので回避に専念しようと思った。
だが――鳥の鳴き声が聞こえた。
その足に括られた紙から魔力を感じた。
そいつは僕の足元に突撃し、氷が発生。
僕の動きは封じられた。
イザベラの使役する青い鳥。
氷結地帯に住まうその種属はこの程度の氷は物ともしない。
しまった。一本取られてしまった。
『中級地撃魔法・石槍』
詠唱は終わり、何故か強化されたゴーレムと共に石槍が動けない僕を襲う。
やっぱり、僕の幼馴染はカッコいい人だ。
舐め過ぎていた。
『かかうにれさけえはきむらをがみおぬやあんふりくちみお』
着弾による土煙は、周囲の全員の視覚を閉ざした…………。




