8話 ラヴラッド
彼女の名前はシア。
盛んに言っていた創造主様とやらは彼女を人型に形成した存在だそうだ。
彼女の正体はブルースライム。僕と同じく生態系にすら組み込まれていない下級の魔物だ。
その創造主様は強くて賢い部下が欲しいな~と思って人型の魔物を作ろうとしたらしい。
その試作品が彼女で、いつの間にか自我と知性を獲得してたのだと。
本人も創造主様も理由はわかんないらしく、とりあえず隠れ家に住まわせたそうだ。
さっきまで放置されていたらしい。
こんなに雑に説明しているのには理由がある。
全てはさっきのカスネズミのせいだ。
カスネズミ……彼女の解説によれば小型の草食獣で正式名称はラヴラッド。
冒険者からの愛称はウザクソチビネズミ。
僕からすればそこそこデカいネズミだったので、そこだけ意外だったが、あのクズに抱く感想は似たり寄ったりみたいだ。
習性は本当に最悪だ。あのバカをゴミ足らしめているのは『なすりつけ』だ。
無駄に長い尻尾を使い、独特の匂いがするベタベタを手当たり次第にくっつける。
そのベタベタはデザートイーグル、ダークスライム、レッドワイバーン、ホワイトスネイク、ガーネットラビット、その他も肉食、草食問わずあらゆる危険生物を誘導する。
生存戦略として、自分以外の生物を代わりに捧げるヘタレというわけだ。
彼女が存在に気付いた時にはおそかった。
かわいらしい動物が逃げているだけだと思い油断していた。
そして二人ともベタベタになったうえ、おちおち逃がしてしまった。
ハッチの外にはデザートイーグルが三匹、始めて見るデカい馬、ブルースライムだった細切れ、健闘むなしくやられてしまった一角の草食魔物。同胞の死を嘆く彼女にも言及しておこう。
猛獣どもは興奮しているのだろう。僕らの姿が消えても、立ち去ることはない。こうなった時の対処法は一つ。
あのドブネズミをとらえ、内臓をばらまいてやることだ。
ウザネズミのベタベタは劇薬で、大量にまき散らされれば、猛獣は気分を害し、去っていくらしい。
問題はどうやって外に出るかだが…
「私が先に出ます」
シアはきっぱりと言い放った。
「外に出た瞬間、撃ち抜かれる。僕なら防御魔法で一発は受けられると思うよ。」
「別に死にに行きたいわけじゃありません。私は無敵です。」
「無敵?」
「はい。無敵です。」
「……なんで?」
「私は創造主様の作った型の中に本体のスライムが入っています」
「うん。」
「スライムの死因は90%が細かくちぎられるというもので、打撃や斬撃も直接の死因ではありません」
「うん。」
「私は型が破れない限り元通りにくっつくので、あらゆる物理的ダメージは無効化されます。」
「つまり?」
「無敵です。」
「でも強いわけではないので、あの馬の相手とラヴラッドの捕獲は任せます」
「はい。」
ハッチを開けた瞬間、彼女の体が吹っ飛んでいった。僕も覚悟を決めよう。
外に出ると、脇腹を撃ち抜かれた彼女をさらに二匹のデザートイーグルが追撃に飛ぶ。
飛行速度が高すぎるため、僕に気づいても方向転換することはできない。
目下の問題は馬だろう。初撃をよけられたのは僥倖だった。
後ろ足での蹴りは威力と引き換えに精密さを失う。
ギリギリでかわし、薄汚いネズミを目で探す。魔力をほとんどもたないので五感に頼るしかない。
馬はこちらを振り向き、確実なる止めを刺そうとする。
その巨体から放たれた攻撃は前足での蹴り、というより踏み潰しだ。
だがこちらも無策ではない。火球を目の前に突き出すと、やはり少しは怯んだ。
躊躇った攻撃ならば何とか避けられる。火球は馬ではなく、シアの方に放つ。
反射で怯みはしたが、こんな攻撃は馬にとって、脅威ではない。それならシアが動ける隙を作るべきだ。
馬の怒りはさらに増している。唸り声をあげ、僕の首を噛み千切り、物言わぬ血だまりにしようとする。
「後ろ!」
煙の中から、けほけほ咳き込むシアが出てきた。
右腕に魔力を注ぎ込んだ全力のアッパーをたたきこみ、強引に隙を作る。
どうせ効いていないだろうので、振り返らず走り出した。
馬のボルテージが最高潮に達する。叫び声をあげながら地響きが起こるほどの全力疾走。後ろを見ずとも死を想起させる。雄たけびが二つあがっているというのにアホネズミは逃げやしない。
シアが馬の後ろから飛び掛かり、馬の注目を引き付けようとするも、威力がさらに増した後ろ蹴りが轟音を響かせ、シアの体にひづめの跡を残しブッ飛ばす。
ほんのわずかだが、時間ができた。絶対にあのクソネズミを捕まえてやる!
少しの余裕が冷静さを取り戻してくれた。
鳥たちはどこ行った?
呪文を数単語発することができた。最高硬度の防御魔法がへこみ、脇腹にまで衝撃が伝わってくる。
二匹同時の襲撃でこのダメージならよくやった方だろう。
シアへの攻撃が無意味だと学習され始めた。
馬はシアを踏み潰し続けるのを止め、最後に八つ当たりのような後ろ蹴りをブチ込み、こちらに向かってくる。二匹のデザートイーグル結界で閉じ込めたところで、僕の喉は潰れた。
強い魔法を使いすぎた。もう次の攻撃は防げない。
だが、泣き言を言っている暇はない。足はまだ動く。火球もネズミを焼くのには十分だろう。
ありったけを呪文に注ぎ込む。
残りはたったの1m。




