78話 ”墓守”のミラスロヴァ
動き出した亡者よりも遥かに速い蹴りが飛んでくる。
ディアナは二本の触手に、更に片手を重ねて受け止めた。
僕でも受け止められない重い一撃。
だが真に恐ろしいのは、それが実力の一片に過ぎないだろうことだ。
僕の居合剣撃と、前に突き刺すディアナの触手を最低限の動きですり抜ける。
ヘムの叩き付けも、シアの剣も空振りに終わり、フレイに辿り着く。
魔剣を抜いたフレイの目は静かだが、正気は宿っている。
自分が狙われていることを認識したからこその一点集中の突き。
だが、紫の手はそれをもすり抜けて、指を腹に突き刺す。
「離れてください!」
無造作に放たれた触手は、亡者と共に女を吹き飛ばした。
生気のない肌は不自然に宙に浮き、空に座す。
「フレイ!?」
「………問題は無い。
骨は折れたけど致命傷じゃないから。」
確かに腹部からは出血も無い。
ローブの黒染みが被弾箇所に集中している。
封じた神の影響か。
女は手に付着した神の黒を祓いながら語り掛けてくる。
亡者の動きを止めるのに必死な僕らを見下ろしながらだ。
「水吸った布を叩くような感触だね。
呪いも効いては無い。
便利ぃ~。」
ヘムは大振りの一撃で亡者を一掃しながら声を振り絞る。
「触れられれば……呪われるぞ!
……解呪には……俺が触れなければならん……!
四人全員を治し続けるのは不可能だろう……!」
「じゃあ二人で戦いましょう!
三人は援護をお願いします!」
「あら、元気一杯ね!」
ディアナは跳び、楽観していた女へ触手を豪快に叩き付ける。
ヘムは既に駆けていて、落下する女に横振りを合わせて吹っ飛ばした。
もちろん、ダメージは無いだろう。
木々をへし折り、亡者の中を直進。
木片と土埃の中であっても気配は消えていない。
あの女の死のイメージも持てない。
「シア!レイ!
今はこいつらを引き寄せつつ魔法援護に徹しよう!」
「魔法使えないんだけど任せていいの!?」
「……………黙ってさっさと手を動かして。」
亡者の数が多いが強さは疎ら。
三人であれば、時間稼ぎには問題は無いだろう。
徒手攻撃を行うゾンビや、剣を振るう骸骨。
以前迷宮で見た個体も多い。
ゴーストは見えないが、注意は必要だろうか。
怒りを失い、フレイは魔剣を制御できるようになったようだ。
守ることに意識しすぎなくて良いのはありがたい。
「漆骸!
僕を守る必要はない!
火球を飛ばし続けろ!」
黒い悪魔の手は背から伸び、滑らかに指で空をなぞる。
迷宮の悪魔も完全に制御下に置いたようだ。
数十メートル先のミラスロヴァへ火球が降り注ぐ。
物凄く煩わしいだろう。
ディアナとヘムの猛攻の中で、僕とシアを超えて止めるのは難しい。
『巡る空気よ。その一部を差し出せ。』
「……!」
「撃たせませんよ!」
魔力が練られて、軽く持ち上がった手へ全員の意識が集中する。
掴まれないためにやや距離を取っていたディアナは、一歩前に出て手を打つ。
魔法に指向性を持たせるには腕の動きが不可欠。
手が自身へ向いた今、魔法を放てば自身に牙を剥く。
『成った刃は我が敵を滅ぼすだろう。
中級魔法・風災塵』
だが、詠唱は詠み終わられた。
解放された魔力は炎も剛尾も、全てを切り裂く。
血飛沫の中に濃紫の呪液が舞う。
腕は千切れかけ、両の目が潰れた状態で死者は嗤い駆ける。
血を吐きながらもディアナは死者へ腕を巻き付けて止める。
直接撲殺することを諦めたのだろうか。
髪をかき上げ、再生させた目を見せながら唇にそっと指先を付ける。
「ん~♪チュ♡」
血の代わりに呪いが流れる亡者は、狙いを定めて指を弾いた。
目で追えないほどの速さで魔力は飛来し、フレイの腕に着弾する。
「調子乗りすぎ………だ!」
呪いにより硬直したディアナごと木槌はブチかまされる。
痛ッ!
油断も隙も無い!
僕は背後を刺してきた槍を握り潰す。
「フレイ!」
僕の背後には膝を着いて倒れる姿があった。
喉の奥で押し殺したような呻き声を漏らし、右腕は千切れて手甲から血が流れる。
だが、あの投げキッスを受けたのは左腕。
外傷は無い。
痛みを堪えられずに、ローブを掴み握っている。
何故だ!?
「あらあら、酷いことしちゃったかしら。」
「フレイに何をした!?」
のらりくらりと猛攻をかいくぐる女へ怒号を浴びせる。
「…………魔力乱刻印だ!
魔力が………練れてない…………!」
「いきなり倒れたのは鎮痛魔法が切れたからね~。
身体には良くないけど、人間の、それも子供なら使うのも仕方ないのかしら。」
ディアナの拳を避けてカウンターをヒットさせながらケラケラと嗤っている。
真横では未だ声すら絞り出せていない。
出していた黒腕も乱れ崩壊する。
フレイはもう戦えない。
思考を巡らせている間に、地面との衝突音が森に響く。
ディアナとヘムの首が掴まれて、力任せに叩きつけられたのだ。
二対一でも埋めきれない、明確な実力差による順当な結果。
余裕は無いが、僕が今何とかしなければ全滅する……!
「ダメ押しのもう一手……。」
起き上がりの右触手と木槌を軽く避けつつ、小さな何かを取り出す。
整った長方形の石と……壺?
『鎮魂から甦れ、押し込められた怨呪を解き放て……骸賢者よ。』
魂は石から起き、壺から骨粉が解き放たれ人型を形成する。
濃圧な魔力とドス黒い瘴気を纏う姿は死を具現化したようだ。
『■■■』
数十の声が重なったような短い詠唱が聞こえた瞬間。
全員が地に伏せさせられた。
重力……!
それも一人一人の威力を調整している。
バカげた技量。
理不尽な攻撃。
絶対的な緊急事態。
「ごめんだけど、魔王が出てくる前に帰りたいから。
頼める?」
『■■■■■……』
荒れ果てた森の中、死者の呻きの中で二つの声が響く。
「なめ…んなよ!」
同時に動いたのはフレイとシアだった。
フレイは千切れた右手の刺青へポーションを撒き、火球を放つ。
シアは肉体を分かち、術の対象から逃れて駆け出した。
ミラスロヴァは片手で亡者を静止し、火球を軽く掻き消していく。
シアの分体は単身体当たりを行うが、それも片手で掴み止められた。
紫の手が赤に染まる。
「んぁ?」
スライムであるシアから血が出るはずがない。
……体内に隠していた瓶が割れたのだ。
「私ごとでいい!!」
弱々しい指の音が鳴ると、ディアナの血は爆ぜ、人の姿を掻き消した……。
「まぁ、効かないけどね。」
ミラスロヴァは手で煤を払い、首を鳴らす。
薄い魔力の膜を身に纏っていた。
「炎のヴェール。
泥炭の魔女とは長い付き合いだからね、炎関係は対策済み。」
爆破の傍にいた骸賢者も詠唱を間に合わせたのだろう。
こちらもダメージは薄い。
「で?
次の一手は何かなぁ。」




