77話 死者
白竜は迷宮の個体よりも老獪であるようだ。
対処が間に合わないほどに浅く息を吸い、
……恐らくフレイに対し吐き出してきた。
「のわッ!
防御!」
ラピスラズリは合わせた手の間から水を噴き出させる。
僕はそれを冷却し、魔力を注いで壁を生成した。
魔法詠唱の時間は無かったし、水がなければ氷壁も間に合わなかっただろう。
幸い、吹き飛ばされるほどの息圧でも、魔力を切らすほどの持続でもなかった。
「よそ見して良いとでも!?」
エリーダは泡で老竜の意識を惹いてから、泡管で殴り飛ばす。
結局は肉弾戦なのか………
武器を取った魔族たちも怯まず後に続く。
竜は四方からの魔法を気にせず、真に脅威となる数人に対してのみ目をくれる。
ラピスラズリと同様の、胸が見える穴があるメイド服の集団。
「ラズリ!?
手が足んないんですけども!」
あぁ、あと妖精のチビ。
ラズリは手下というよりも、後輩に近い空気を感じる執事服を顎で指してくる。
「わたしもアレに対処するから!
ロー……ディアナさんもまた話そうか。」
「あーーー…………はい。
また今度。」
竜に狙いを定めさせないように、メイド達とは散開する。
……僕らの走り去る姿を見ると、竜は目をそらして泡への対処に集中し始めた。
「……本人らがそう言っているなら任せようか。
今は魔界脱出かな。」
魔力を飛ばすと、気配を感じ取れた。
屋敷の入り口付近へ走ると、剣を抜いてソワソワした様子でこちらを向き直る。
「さっさと出ようフレイ!
地上は直ぐそこだよ!」
そう言いながらフレイの手を取り、シアは駆け出した。
手を取られたフレイも特には抵抗はせず、握ったままに走り抜ける。
「もうひと踏ん張り。
………………覚悟を決めなきゃな。」
切羽詰まった状況だから、
“覚えておけよ”なんて言うつもりはない。
だが、前で駆けだしたプルプルしたガキに聞こえない程度に呟いておいた。
「僕は覚えておくからな?」
「…………やっぱり不健全じゃないですか。
独占欲?」
「……それ……今……やらないとダメ………か?」
泡と毒と多種の魔法魔術が弾ける音を背に、僕らは駆け抜けた。
「…………この先の……湖にゲートがある……………
メモを用意した……。」
羽織から出された小さな紙はフレイに渡された。
幸い、握っていた手はもう放している。
だがしかし、僕がそうさせたわけでは無い。
「………普段からこれぐらいアンデットがいるってことでいいの?
ヘムさん。」
剣を剝き出しの頭蓋に叩きつけて払いのけるが、死んではいない。
一体一体がそこそこに強い。
逃げに徹していなければ厄介だったろう。
「…………恐らく………件の亡霊を従える女が………先にいるだろう。」
「そう。”女”ねぇ。」
ディアナは男と女がいるとは言っていたが、従えるとまでは断言していなかった。
寄ってくる死体の内の一つを見た時、少し魔力が乱れた。
何か隠しているのか?
「……レイ、どうせ直ぐに分かるって。」
フレイもそれを理解しているのだろう。
僅かに僕を諫める声を囁く。
確かに、今仲間割れをするメリットは無い。
「ヘム、さっさと教えてあげなさいな。
頑張ってんだから可哀そうじゃないの。」
声は上から聞こえてくる。
魔力を隠蔽したのか、はたまた別種の技術か。
遠くに感じていた気配は真上に迫り、場の誰も対応は出来なかった。
僅かに遅れてディアナの拳が女の顔へ振るわれる。
顎を掠めた程度で互いに距離を取った。
「皆さん!
私の後ろへ!」
ディアナは乱入者と皆の間に割り込んだので、僕は周囲に警戒する。
亡者の数もいつの間にか増え、囲まれてしまっているからだ。
青紫がかった肌。
若々しい声と外見に反し練度の高い魔力制御。
そして、強者特有の気配。
「…候補から………除いてしまっていた…。
”ミラスロヴァ”……預言の女だ。」
「………霊を鎮めてくれる、墓守の英雄と教わってたんですけど。」
死者を弔う意志を示す黒い装束に身を包んだ女は、片手で亡者を静止する。
「グールの創り方を知っているかい?」
敵意はあるが、殺意はまだない。
下手には動けない。
「6,5尺。
長尺棺と同じサイズの穴を掘って、この色の呪液を満たすんだ。」
女は自身の頬を指しながら話を進める。
止まっている亡者が纏う瘴気を濃くしたような紫色。
死者の色だ。
「そうしてから、頭を掴んで溺れさせる。
命乞いも無視して死を迎えさせるのさ。
死体に前世と同じ魂、記憶を付与するクソみたいな儀式。
原初の不老の術。」
薄暗い魔界の空に、自身の手をかざしている。
嵐の前の静けさというべきだろう。
亡霊も僕らも女の動向にのみ注視する。
「不死の肉体は他の死者を鎮める役割のため。
術者は殺したが……数百年。
信じていた神も、故郷も、友も、全てを死者と共に弔ってきた。」
「………ではなぜ……その死者を………我らへ向けるのですか?………師匠?」
ヘムは木槌を構えたままに目線を真っ直ぐ投げかけている。
やはり関係はあったわけか。
だが、寝返るつもりは無いようだ。
でなければ僕に背は向けはしない。
「そりゃ自殺だよ。
生に飽きた。
だが、自殺しようとすれば昔の恥辱が蘇る。
だから世界ごと派手に死んでやろうと思ったわけさ。」
「………それで、相方はどこにいるわけ?」
世界を滅ぼすことを前提のように話している。
魔女の遺言は知っているのだろう。
今知りたいのは手段と他の敵の数と特徴。
「ノア……いや、泥炭の魔女は随分詳しく伝えたらしいね。
私を唆したハンサムなら地上を探しなよ。」
手を軽く叩く音が森に響く。
「生き残って、その上で心が折れなかったらなら、だけどさ。」
亡者と共に目の前の魔力は膨れ上がる。
負け戦の始まりだ。




