75話 契約
「帰ったぞー。風呂ぉー。」
「あ~無事だったんスね。森のヤベー奴とやらは?」
「封印した~。風呂ぉー。こいつらには部屋~。」
森を切り抜け、少し走ると城に連れられた。
メイド服を着ているだけで、やはりこの女は力ある存在らしい。
執事服を着たガキに命令を出している。
メイドも数人揃えているようだ。幾つかの強い気配と視線も感じる。
風呂の事しか考えていないようだが殺すのは計画的にだ。……今はどうでもいい。
「え~初めまして。でーいいですかね。部屋ぁこっちですわ。」
シアよりも低い身長に、サキュバスとは違う羽虫のような羽を生やしている。
案内を適当にやってはいるが、隙は無い。だが、こいつもどうでもいい。
今は隣を歩くフレイだけが気がかりだ。
負傷は完治したのか?封印もせず魔剣を使っていたが、反動は?魔力欠乏は?
………………神に食われた感情とは?
「……どうしなさったんで?正直アナタには勝てないんで怖いんですが。」
「レイ?なにかあった?」
「……………何も?」
いつの間にか止まっていた足を無理やり動かす。
…………弱みを見せるつもりはない。
少し、シアに意識をやった間に、フレイは何やらディアナに耳打ちしていた。
「シアさん、私と一緒に観光行っちゃいましょうか!」
「んー?分かった!」
「えー何スカ?人払い?オレも行っちゃいましょうかね?」
………なんだ?フレイは僕だけ残したいのか?
腕を引かれて、案内した部屋に連れられる。
「ちょっと話そうか。レイ。」
部屋は清潔だが手狭な一室。
魔族用の、少し大きめのベットが二組並べられている。
フレイはその内の一つに腰かけて僕にも座るように指し示す。
「さっさと言ってしまうと、僕は恐怖心と怒りを失いました。」
「…………え?」
呆気にとられたのは、自然に、何事もないように話したからだ。
ベットから足をだらりと投げ出したまま、むしろ、いつもよりも気張っていない。
黙り込んでしまった僕を見て、フレイは鞘に収まった剣を指しつつ話を迂回する。
「これの呪いは怒りの増長による暴走。だから、二回目食われたのは怒りだけだ。それ以外は問題ないよ?………流石に初撃はどうしようもなかったケド……」
「………ごめんなさい。僕のせいだね。」
背けてくれないその瞳から、僕が先に目を背けてしまった。
手からは汗が噴き出す。
もっとうまくやれたはずだった。守れなかった。僕の慢心と警戒不足だった。
「僕は、君に守ってくれって言ったことはなかった。」
フレイは僕の手を取りながら、やはり目を背けてはくれない。
「怖かった。素直にはなれなかった。確かありがとうも言っていなかったと思う。助けて貰っても、恐怖は一切拭えていなかった。守る義務なんてなかったんだ。」
「………でも、僕の責任だろう?」
フレイは本当に、力を抜いたままに言葉をかけてくれる。
今までとは違う態度に多分、僕は戸惑っている。
「そこまで言うなら……話を変えようか。本題はこっちだからね。」
「…………何?」
「僕の代わりに復讐してほしい。」
意識外の言葉を呟くその瞬間にも、フレイの纏う空気は変わりはしなかった。
「僕の村を滅ぼしたのも、泥炭の遺言にあったのも、なぜか僕だけを襲ったのも、ワイバーンだった。……僕には復讐すべき誰かがいる。」
フレイは伸ばした足に肘から重心をかけて、俯き始めた。
「でも、僕にあった復讐心は消えた。地上に戻っても遂行できるとは思えない。」
「……殺してこればいいんだね?その誰かを。」
「うん。話が速くて助かる。それで、契約をしたいんだ。」
契約。悪魔には大きな意味を持つ儀式だ。
人語を持たない迷宮の悪魔でも、経験のない僕にとっても本能的に意義が分かる。
互いを縛ることで互いに対価を得る、黒魔術の根源。
「必要ないよ。フレイの頼みは何でも聞く。僕に頼んでくれるだけでいい。」
「深い意味はそんなにないんだ。対等な振りしたいだけ。だから話を聞いみて?」
フレイは静かに、でも確かに主張する。
これまでのような、どこか緊張した様子からはかけ離れていた。
「……じゃあ、何をくれるの?」
「僕の人生、そのまんまあげる。っていうのは?」
………意味が分からなくなった。
顔をグイっと上げて覗かせる顔は少しの笑顔を浮かべたままだ。
「……分からない。対等になりたいって言ってたんじゃ?」
「自暴自棄ってやつかな。死の恐怖が無くなると生きる意味も分かんなくなって ………それに、僕が出せる物の中でレイにとって価値がある物がないし。」
「………なんで僕にだけ話すの?契約なんて結ばなくても二人がいるじゃない。」
頭でディアナとポンコツスライムを思い浮かべる。
あの二人なら文句も言わずに手伝うはずだ。
そもそも契約を言い出さなくても僕も手を貸していた。
「なぜ自分から差し出すの?」
「あの二人を危険に晒したくないってのもあるんだけど……。」
フレイは少し口ごもってから言葉を紡ぐ。
「僕は寂しがりらしくて、多分……見捨てられたくないんだ。ごめん。さっきの、深い意味がないってのは嘘かもしれないね。」
僕は力を抜いたその視線に………ゾクリとした。
これまで、フレイの弱みは何度か見てきた。
でも、それは見せてしまったというべきものだった。
今の……この目とは違う。
自分から弱みを………………”僕にだけ”見せている 。
「助けてくれただけじゃない。前は目を抉っても心配すらしてくれなかった。今は感情なんて目に見えないものにまで気にかけてくれている。惹かれちゃうよね。」
声は今まで以上に甘い。
態度は今まで以上に気弱。
「全部任せるよ。何でも従う。代わりに復讐にだけは付き合ってほしいんだ。」
フレイの身体の重みが手から僕に伝わり始める。
じっとりとした汗がさらに熱を帯びて冷めてくれない。
「ダメかな?甘えすぎ?」
片目の潰れた上目遣いは見たことがないくらいに美しかった。




