73話 ”祈り噛み”
3,2,1。
目を瞬間だけ閉じ、次の一撃に備える。
「BUMOOOOO!!!!!!!」
一時の暗闇の中、新手の声が耳に響く。
魔術と魔法は使えない。フレイは杖と剣に集中するらしい。
今は剣の封印を操作できないから、唯の頑丈な武器でしかない。
対して、僕の新しい武器は一味違う。
”刀”。
それも、ヒヒイロカネから作られた、熱伝導とその紅が特徴の一品。
焦りすぎて忘れかけていたが、大会優勝賞品として選んだもの。
握り手から鍔にかけての文様は、魔力を熱に変換する。
だが、熱伝導性の高さ故、発熱させ続けるのは現実的ではない。
だからこその”鞘”。
熱伝導が最も低い、オリハルコンの鞘は無駄な排熱を零に変える。
目を僅かに開き、確かな心の静寂に身を任せ、オーガに狙いを定めて……放つ。
鞘から刀を解き放ちながら、鞘を後方へと引き離した。
滑らかに通り抜ける感触と共に、火煙が一閃通り抜ける。
抜刀術。
刀をもう一度鞘に戻し、次に備える。
極限まで鞘に納めたまま、敵を焼き切り捨てるためには絶好の武術。
切り捨てた死骸は焼き切ったから、血も出ず根の反応もない。
おっと。
向かってきた紫の舌には、わずかに抜いた刀身を当てる。
熱は鞘の中で高まるのだから、いつでも最大火力を保持するわけだ。
刃の紅にふれた気色悪い舌から熱が流れ、蛙本体まで焼き尽くす。
気に入った。悪くはない。
だが、熱がそこまで有効でなさそうな鎖蛇の相手は面倒だ。
飛びかかって来た勢いをそのままに受け流し、脳筋2人に投げつけた。
大男は僕からすれば大きいはずの小づちを振るい、動きを止める。
ディアナは、あー。蛇を引っ張って千切ってしまった。
血飛沫も、それに向かう根も、触手を振り回し殲滅し始めている。
惨劇を前に鼠は距離を取り、さらに数を増やすオーガの群れに隠れる。
ここの魔物は全員魔力を感じない。探知もできない。
数も減りはしない。厄介で面倒。
だが、興が乗ってきた。
全員まとめて切り棄ててやろう。皆殺しだ。
目をまた閉じて、瞼の裏で次の標的を夢想する。
鼠の声が増殖している。数は……2,4,6,8,………13!!
目を、鞘走りの速さに合わせて、飛び掛かる影に熱を焼き放つ。
小さな影は刀身から離れた炎熱で繋がり、落ちる音が後に続く。
やはり、悪くない。
「調子は戻った?良かったわー。」
僕の刃を逃れた3匹のおこぼれにシアが剣を突き立てる。
「シア、あなたはエリーダ…さんの方に行きな、毒が充満してるんだから適任。」
「………さっきまで抱き合ってた分際のくせに~………。」
文句を言いながらも、顔を正面に向けるのだから素直と褒めておこう。
あっちにはクソ女が毒をばら撒いているから、厄介そうなオーガはいない。
オーガ以外は、石も蛇も蛙も、シアの外装に通用はしない。
………蜃記楼だけは不安要素だが、それも考慮はしないでいい。
今や、正面だけではなく360度、全面が靄に覆われている。
安全地帯などない。
僕もそろそろ時間だ。
剣を鞘に戻し、居合の構えを取りながら目を閉じるその瞬間。
「BUUUM…MOOOOOOOOOOOOOOO…………oooo………………。」
異変があった。
先を閉ざす白から黒が滲み、煤けた影が宙に現れたのだ。
「レイ!」
フレイの声が響きはするが、どうしようもない。
魔力は封じざるを得ず、目も閉じる他ない。
確実な隙を受け入れて、刀を握る力を上げる。
未知の存在、接近の瞬間。
息を吸う間もないほどの刹那。
間を感じるほども無い、一瞬の間が開ける。
目を開くよりも速く刀を滑らせ、黒を切り裂いた。
明確に熱が遅れるほどの、剣閃。
僕史上最高の加速。
熱も刃の軌跡を走り終え、黒を一瞬、掻き消した。
……だが、両断された黒靄の動きは止まらない。
空に浮いた煤には大小さまざまな歯が並び、更に黒い口内の闇を覗かせる。
避けきれない。
抜刀後の、緊張を終えた後の隙。
「………レイ!」
僕は背を引っ張られて逃れさせられ、開かれた口はフレイへと向かってしまう。
僕が伸ばした手も意味を持たず、油のように蕩けた漆黒が通り抜け去った。
だが、そこでも違和感。
傷は何処にもない。フレイの表情は歪んでいるが、外傷も出血もない。
すり抜けた靄に向かって、フレイは口に含んでいたポーションを吹きかける。
魔力に誘われた根が、未知の乱入者を貫いた。
呆けている場合ではない。
フレイの口を拭いながら、距離を開ける。
靄は既に晴れていた。
いや……状況からして、アレが晴らしたのだろうか。
「……ごめんなさい。身体に何か……異常は?」
「……………何か……失った。…というより、僕の中の……何か食われた。」
宙の膨らんだ黒の足元では、鼠も、蛇も、蛙もが倒れ動きを止めている。
「………エリーダ………………アレは…………。」
「あぁそうだな。」
メイドは振り返り、取り出した小瓶と吹き棒で、シャボン玉を作り始めていた。
泡には煙草の煙が封じ込められていて、術者の手元で浮遊している。
中央の黒は根の魔力を吸う一撃にも動じてはいない。
そもそも、魔力も感じない。
幽霊のような独特の空気も、そこらに隠れている生命の鼓動も感じない。
葉巻を右手で持ち、吹き棒を咥えたままに女は呟いた。
「………あれは神だな。」
以前として、黒は揺蕩っている。




