68話 傲腕のケブレ
銅鑼の音と同時に男は向かってくる。
何より特筆するべきはそのデカさだろう。
ディアナからの情報によれば、巨人の血を継いでいるそうだ。
目算でも二メートルと半を超えている。
速度は僕と同程度。
明らかに近接特化のパワー型。
正面からどつき合う必要もない。
振り下ろした右腕はそのまま地面を叩き、右に避けた僕を追撃出来ない。
魔力を練り、最高硬度の魔氷を飛ばす。
だが、流石にまともに食らうほど甘くはない。
身体に引き戻す勢いだけで、腕は氷を弾いた。
腕には些細な傷が残るだけだった。
そして、身体を向きなおし、握った拳をまた振り下ろしてくる。
また余裕をもって避ける。
振るわれた暴力は確かに避けた。だが、攻撃は避けることは出来なかった。
咄嗟に腕と脚で受けはしたが、放たれた砂は身体に食い込んできた。
初撃のついでに砂を握りこんでいたのだ。
魔力が込められた砂散弾はまともに当たれば魔力、体力、命が削られる。
今は肉体を持っているからその程度で済んでいるだけだ。
本体、つまり魔力体が食らえば、勝負はそのまま決するだろう。
魔力を放出しての、自動カウンターなどすれば寿命を早めるだけ。
自然な動作で、また砂を補充しているのも見えた。
距離を取れば永遠に砂を投げてくる。
さっさと向かって来いという意志表示もあるのだろう。
だが、あくまでも冷静に、だ。
先ずは、相手の手札を探る。
魔力を練りつつ距離を取り、散弾に合わせて氷壁を展開する。
硬度を挙げた紫の障壁は、揺るがない。
男はそのまま走り、直接、拳を叩きこんだ。
氷壁は二度の攻撃で破壊され、残念ながら魔力を満足には練り切れなかった。
しかし、攻撃の瞬間、特異な仕草が見て取れた。
衝撃の直前。手を開いた。
そして、掌底を叩きこむ瞬間にまた握り、威力を上げていた。
殴るというよりも、剥がす。
だからこそ、大振りなのだろう。
ストレートパンチでは難しい技術に思われる。
小回りが利かないのであれば、と首を狙う。
だが、左腕でレイピアは握り止められた。
手のひらを滑る前に、握り止められた。
想定以上に異常な握力。
”剣を奪われる。”そう思い剣を引き戻したが、杞憂だった。
剣は刃の中腹から途切れていたのだ。引き千切られたのだ。
そして、僕の目の前に手のひらが突き出される。
見誤った。
握ることで拳の威力を上げているのではない。
拳の方がおまけで、握り潰すのが主だ。
苛立ちと共に、左腕を突き出す。
この攻撃の弱点は明白だ。
攻撃は一か所に限られる。
腕は容易く握り潰されたが、間合いから逃れることは出来た。
地面を肩で滑り、逃げる。
男は口に入った砂を吐き出しながら、言葉を紡ぐ。
「喧嘩売ってきた分際でよぉ!?向かって来てはくれないのか!?」
顎に手を当てて首を鳴らし、指を二、三度曲げる。
「つまらないぜ?」
湧き上がる怒りを収めながら、心底退屈そうな顔を眺める。
”フレイをこんなつまらない戦いに命を賭けさせた”。怒りは収まらない。
だが、冷静に、だ。
左腕は握り千切られている。
そして、一撃食らえば肉体もそのまま潰され、終わりだ。
だが、逃げる気も当然ない。
息を整え、脚に力を溜める。
男も両の手を開き、待ち構える。
同時に駆けだした。
初撃で決める。
その覚悟でレイピアを握る力を強めた。
見誤るというのは恐ろしいことだと、今さっき実感させられたからだ。
男は両手で挟み潰す。いや、それよりは握り潰すつもりだったろう。
千切られた剣よりも、巨体にふさわしい長い腕の方がリーチが長い。
その誤算こそが、男の首を突き刺せた理由だ。
男は想定外に表情を歪め、力が緩んだ。
痛みによる隙ではないから、時間がない。
逆手に持ち替えて引き戻し、腹を三度切り伏せる。
咄嗟の蹴りを受け止めると共に、その勢いのままに間合いから逃れる。
男は首から溢れる血を手に受けつつ、剣先を睨みつける。
紫の氷は完璧に剣を形作っている。
今まで、ここまで精密で細かな構築は誰にも見せていない。
剣全体を氷で覆ったので、強度も増している。
予見も警戒も出来はしなかっただろう。
間合いを保ったままにお互いがお互いを睨む。
向こうは首と腹の突き刺し傷。
左腕を失った僕。
何とか対等な状態だろう。
向こうは強化されたこの剣を。
こちらは腕力ではなく、指力を警戒する。
間合いは互角。
策はもう必要ない。
この一戦を正面から叩き潰してこそ、名誉が得られよう。
緊張が張り詰める状況。
自然と同時に駆け出していた。
僕は頭蓋に向けられた手のひらを避け、男は心臓を狙う剣先を避ける。
急所の互いに狙う攻防が、確か五回程繰り広げられた頃。
視界が揺らぎ、限界を迎えた。
向こうも同じ具合なようであった。
『最後の一撃』
互いに同じ言葉が浮かんだのだろう。
であれば、避けるという考えはなかった。
剣先は心臓を突き刺し、右手はあばら骨を握り砕いた。
倒れゆく中で、もう一撃を試みながらに、お互い意識を手放したようだった。




