60話 暴食(強い)
「”郷に入っては郷に従え”だ。」
デブは案外冷静で、場所を変えろと言ってきた。
「広場がある場所はつまり戦いを許容し、存分にそこで戦えという意味だ。」
成程。道理でやけに広い訳だ。
戦いを許容されていない場所は先ず支配者を殺す必要があるとも分かった。
「レイ…本気で戦うつもりなの?」
「兄貴がこうなってしまったらダメかな。諦めよう。」
二人はついてきてくれているが、手は出さない事は暗黙の了解であろう。
遠巻きに見ている雑魚共も観客でいるらしい。
「俺は寛容だからな…。死ななきゃ殺さないでやるよ。」
そろそろ苛立ちも限界だし、私は100%殺す気で殺すつもりだ。
もう言葉を繕う必要もないだろうな。
「まだ前置きをたらたら続けるか?」
「クレア!合図!」
手を叩く音がそのまま合図となった。
戦いが始まり、打ち合う前に分かっていることもある。
一つは魔術か魔法の心得があるということ。
私の魔力は弱く薄く広く拡散させていた。容易には分からない。
二つ目は接近戦は可能だということ。
私本体、つまり魔力体では膂力がなさすぎるが、今は肉体を乗っ取っている。
向こうも、先ず真っ直ぐ突っ込んで来るということから自信ありという所か。
そして最後で最大の問題点。
未知の能力があるということ。
放った魔力体の一部は消された。
拡散して保てなくなったわけでも、魔法なんかで消費させられた訳でもない。
消滅した。
暴食という二つ名とも関連があるというのは間違いなかろう。
さて、肝心の状況は、殴りに来る相手を避けつつ、私の剣も避けられつつだ。
僕は独学とはいえ、そこそこ上手く剣を振っているはずだが流石に甘くはないな。
唯々お互い避けられ続ける試合はスッキリ出来ない。
勝負を仕掛けて種を見破るか。
左手に魔力を流して振るう。
仕組みはまだ分からない。だが、生まれついた時から可能。
「氷か!」
技は見てからでは遅いぞ?
ドラゴン戦で普通の氷では魔界じゃ不足と分かっている。
氷を作る魔術。
その作った氷に魔力を込めて、さしずめ………魔氷冷術とでも言おうか。
魔力を込めた氷は僅かに薄紫に輝き、そのまま敵を覆い飛ばした。
だが、どうせ死んではいないだろう。
緑色の書に記してあった魔法で自身に強化をかける。
無防備で食らえば私でも抜けられない氷結だが、想定外を想定するのが強者だ。
「強化は終わったか?」
氷を砕く……にしては小さい音だ。
「成程。単純明快な方法だな。」
男は魔氷を食い進んで来た。
魔力が消えた時も、食われたということだ。
本領発揮といったところか、飛び込んできた後は拳、脚技に咬撃を交えてくる。
拳は剣で切り裂けるが、歯はダメだな。恐らく剣は噛み切られる。
接近戦は良い選択ではないな。
剣を失えば殴り合い。殴り合いの経験値はない。
かと言って魔術と魔法の撃ち合いも完全策とは言えないが。
魔力が消えたが、そのエネルギーは何処へ行ったか。
それは恐らく肉体に還元されている。
ほんの僅か。しかし、確実に腹が膨れている。
食らった氷の体積そのままではない。
だから消化されて吸収されているという所だな。
であればどうするか。
増援は不可能。もしフレイに援護を頼めばクレアとかいう女も参戦する。
そうなれば確実にマイナス。
魔力を一気に開放、消費するのは最終手段。
先ずは種を見破ったことを有効に活用するべきだ。
蹴りを一発入れて氷を撒き、時間を稼ぐ。
わざと小さくした氷は完食したくなるだろう。
『惑えよ旅人。逡巡せよ英雄。我が霧に巻かれて息絶えよ。中級魔法悪意ある煙』
起こしたのは幻覚作用を含む白い霧。
もちろんこの距離で幻覚は期待できない。
詠唱を聞けば効果も分かる。止めなかった事から対策は出来るのだろう。
だがそれは陽動だ。
本命は道中手に入れた黒い霧。
煙の中で更に土埃を起こしたうえで瓶を砕く。
要するに毒だ。
吸い込めば身体から血が噴き出し、魔力も乱れて舌も麻痺する。
戦闘が終わるまで息を止めれば問題はない。
だが、食撃をすれば毒を取り込んでしまうぞ?
風で吹き飛ばすことも出来るが、観客と女を殺すか?
恨みを買うが。
煙は直ぐに回収できる。フレイも結界で防げる。
お前はこの状況で対応できるか?僕を前にして?
「甘ぇぞ。ルーキー。」
白と黒の煙はすべて吸い込まれる。
一息。肺の体積を遥かに超えているはずだが。
目論み通り毒を吸い込ませはしたが……意味はなさそうか。
更にサイズを増している。
「俺の能力は消化だ。」
腹を叩いて音鳴らし、割れかけていた種を明かした。
「金属も魔力も毒も希望も絶望も野菜も呪いも何もかも全て熱量に還す!」
「随分自信があるんだな!自分で明かすか!?」
「第二形態進むってのに、初歩すら理解できずに死にたくはないだろ?」




