59話 脈絡のないデブと魔界の治安
一人称は僕にしようか。
僕という言葉は謙虚そうな印象を持たせるようだ。
何より、一人称が同じ方がより親しみが感じられる。
荒野から生まれ落ちて二週間といったところか。
今のところ大きな問題はない。
白い竜との戦いを通して三人の態度は気安くなり、少し言葉遣いを改めた。
フレイには丁寧語だが、他二人は雑でいい。
回復魔法も覚え、魔法の道理も理解し始めた。
それに、大穴を出てからは命を脅かすほどの大物には出会わなかった。
傷口に種を植え付ける高速回転茨草、巨馬、一角牛、三腕の獣、黒い霧。
どれも記憶には思い出にはならない程度だった。
ディアナの隠し持ってたクッキーをかじりつつ、都市が見え始めた。
灰色の農地が一面に広がる中に幾つか家が固まっている。
奥の石造りの都市に辿り着くまで、中の住民の警戒をヒシヒシと感じていた。
雑魚が群れているだけだ。
危険も興味もないので特に何もせずに通り過ぎた。
だが、門の前まで来ると流石に無視は出来なかった。
門番は三人。金髪の男がその他を従えているようだ。
その男の態度が問題だ。
剣を抜き、刃に魔力を練っている。
正に今、喧嘩を吹っ掛けようという勢いだ。
「ここに何の御用でしょうか。死天秤様?」
ディアナに問いかける声は舐め腐っている。
言葉を飾っているだけでは意味はない。
僕ですら察していた事をこの男はまだ気づけていないのだろうか?
「……戦いに来たわけではありませんでしたけど、お望みですか?」
「あなた相手じゃ剣を抜く暇ないでしょうからね。これでフェアでしょう?」
ディアナは触手をうねらせる。
面倒事は遠慮したかったが、舐められすぎるのも面倒か。
氷でその顔を引き裂く準備も出来ていたが、思い直し止めた。
都市内部に巡らせていた魔力が事態の変化を伝えてくれた。
女が近づいてくる。レンズを目に付けているらしい。視力が弱いのか?
黒い服の女は戦うつもりはないようなので着くまで我慢した。
「お久しぶりですね、今はディアナさんとお呼びすれば?」
「はい。ディアナでお願いします。」
女は手で、というより目で男を静止する。
「メニル君。黙りますか?黙らせられたいですか?」
「何も文句はありませんよ。ダニカさん。どうぞお通りください。」
剣を最後まで仕舞わなかったが、どうでもいい。
僕たちはダニカと呼ばれた女に着いていった。
「………ところで、死天秤って何のことですか?」
「妖魔連合大幹部の貴方の二つ名です。魔界において二つ名は強者の証ですよ。」
「何度聞いてもやっぱりカッコいいな。」
ディアナとシアは観光気分だったようだが、フレイは気づいたのだろう。
染み付いた血の匂いと停滞した魔力に。
少し歩いた後、その大元であろう建物に案内された。
店や屋台が幾つか用意され、人の出入りも多い。
「ここはこの都市の名所、特別闘技場です。」
「闘技場ですか?」
女は手で示しながら解説を加える。
「禁止行為なし。一対一。賞品は二つ名と武具。」
二つ名か──
「カインクーヴァ災嘩武闘大会。開催は二日後ですよ。」
僕たちは取り敢えず宿を取った。
金はないので、竜の鱗を売り払いに行く必要がある。
「これ全部で幾らになりますかね。」
「地上じゃ大金持ちだろうけど、魔界ではどうなるか分からないかな。」
シアとディアナは置いてきた。
この街でフレイ一人では少々頼りないから僕が手を挙げた。
「二人にはもう言ったんだけど、僕の装備を作ってもらおうと思うんだ。」
いいかな?と暗に許可を問う。
「いいと思いますよ。どんなやつを用意するんですか?」
「それは────」
「おい。」
全体的に丸い男が話を遮る。
丸刈りの男の横には女が一人。
「……なんの御用でしょうか?」
「なんの御用……じゃあねぇよ!さっきから喧嘩売ってんのはてめーだろ!」
どうやら少々面倒な相手なようだ。
魔力の探知に気が付いているらしい。
それに、見た目以上に鍛え抜かれている。
「すみませんでした。レイ、魔力をしまっておいて。」
「兄貴、私、明後日のために休んでおきたいから、穏便に済まさない?」
二人が止めようとしているのは理解できるが、相手も止まる気はないらしい。
僕も止めるつもりはない。
放った魔力が消えている。
いつもは肉体に溜まった魔力を使うが、探知に使っていたのは本体の一部だ。
つまり、僕の一部が殺されたのだ。
魂と記憶をほんの一部とはいえ、失ったのだ。
「俺は暴食のヴァノン。今謝るなら許すが?」
二つ名持ちを殺せば成りあがれるのだろうか?
「僕はレイ。喧嘩しましょうか。」




