42話 敵対者
リディさんの部屋の前に着いた。
ロイドさんは亡くなってしまったので、案内してくれた人は知らない女性だった。
知っている人を失うのは四回目だが、全く慣れない。……寂しい。
フレイがドアをノックして、開く。フレイの横顔にはもう傷はない。
中には既にディアナが座っていた。腕を失ったと聞いていたが、両手を膝に置いているから、治してもらったのだろうか。少し短くなった髪をくくっているのが似合っている。可愛い。
そしてもう一つ言及しておくべきことがあった。部屋の主は黒髪の大人美女ではない。金髪の女の子だった。
「リディ様……元の姿に戻られたんですか?」
「もう様付けはいいよ、フレイ。まぁ座りな。」
「私の腕と尻尾を治してもらったんですよ。」
「魔法の出力に人間の身体じゃ耐えらんなかったからね、元の姿に戻らざるを得なかったんだ。カーラも可愛かったけど、今の私にゃかなわないだろ?」
他愛もない話をしていると、生きた実感が湧いてくる。
でも、目下二つの問題に対応しなければいけない。
「んで、せっかく三人とも認めてやろうってのに、何で知らん奴連れてきたんだよ。」
うやうやしく頭を下げる彼女は、静かに自己紹介を始めた。
「初めてお目にかかります。レイと申します。」
「文字通り同族嫌悪ってやつだね。仲良くするつもりもないから、敬意のこもってない敬語なんて不要だよ、レイ。あたしの知らんところで好きに生きな。」
「……そうですか。」
レイの様子は最初のような不安定なものではない。
短期間で学習しつつある。社会性を。歩き方を。そして笑顔まで。
「悪魔は二通りいる。自我を緩やかに得たものと、何かしらの衝撃─たとえば命の危機とか、大規模な戦争とか─で急速に自我を得たものだ。こいつは後者だよ。他人に興味はないが、興味のあるものに執着するタイプだ。」
「要するにろくでもないのになつかれたってことだね。フレイ。」
「ろくでもないってのはちょっと言いすぎなんじゃ──」
「こういう奴は何を言っても響きゃしない。ボロクソに言ってなんぼだぞ。」
正直、リディさんと似たような感情がある。
あまりにも不気味だ。私が人型になった時はこんなに早く適応出来なかった。
変わり身が早く、何を考えているのかも分からない。怖い。
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだよ。ディアナ、話したい事ってなんだ?」
「はい。泥炭の魔女から渡された記憶なのですが───」
ディアナから話されたことは良く分からなかった。
亡者の群れ。ワイバーンというモンスター。そして男と女の笑い声。そして──
「新たな『王』か……。どー考えても面倒だね。」
「えぇ。そう言われました。」
「………どういう事ですかね。僕にはちょっと分からないんですが。」
「そうだねー。この街のことどう思う?油断してたシア、答えなさい。」
「えっと、良い街じゃないですか?活気もあるし、いい匂いだし。」
「そうだね。だが、地上の街とはかなり違う。法律もないし、税金もない。」
「それで街が成り立つんですか!?リディさん!」
「魔界じゃこれが普通だ。ここは同族経営だから多少は平和だけど。」
「でも、それじゃ、犯罪が起こった時はどうするんです?」
「犯罪なんて概念はない。気に障る奴は自分で片づけるか、誰か頼るかだ。」
「魔界ってのはガキ大将しかいないんだよ。盗賊もあたしも大した違いはない。」
「……だが、『王』は違う。明確に支配者として君臨している。」
「『王』はこの魔界において特別な存在。半端者が名乗れば即座に淘汰される。」
「それが新しく現れるんならまぁ~荒れるだろうな。」
やっぱり良く分からない。実感が湧かないからだ。
最近は命の取り合いばかりだった。事件が起こると言われても実感なんてない。
「でも、別に重くとらえる必要はないだろう?地上に帰るんだから。」
「…確かに地上には戻るつもりですけど、リディさん達は?」
「知り合いが来てくれるから、あたしの心配は無用だ。それでも気になるんなら魔王に告げ口すれば?魔王にゲートを借りるついでに。」
「それでいいんですか?」
「いいよ。淘汰されんなら『王』じゃない。それが『魔界』で、それが『王』」
他に何か質問は?と話は思ったよりあっけなく終わる。
やっとちゃんとした地図をもらって、財布も少し膨らませてくれた。
周囲の勢力図やダンジョンの存在を教えてくれた。
紹介状を………と申し訳なさげにフレイが言ったが、もうディアナが持っていた。
「まとめるとだな。」
①レイはフレイの魔法の衝撃で自我を得たのでなついた。多分面倒なことになる。
②新たな『王』については分からないけど、かかわらない方がいい。
③ダンジョンがあるから気を付けなさい。
「ってことだね。質問があるなら召喚して聞いてくれ。」
「何から何までお世話になりました。リディさん。」
「早く行きな。私は疲れたから寝るよ。」
「またいつか来ますよ。リディさん!」
リディさんに手を振り、振り返ってフレイとディアナに追いつこうと思った。
けれど、二人の間にはもうレイがいた。弾む足を落ち着けさせる。
リディさんは一つまとめ損ねたところがあった。
じわじわと侵略されている。少しずつ近づかれている。少しづつ離されている。
私はレイに恐怖している。
どうにかしなくちゃ。




