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4話 悪魔

いつから意識が戻ったのかは分からない。


起きた頃でもまだ、ぼーっとした思考もできない状態だった。


身体に力は入らないが、少しづつ頭は冴えてきた。


景色が、水平に移動していく。

ロープが両腕の下を通され、胴でも固定されている。

つまり、引きずられている最中だ。


弱者として配慮されているのだろうか。


布が一枚敷かれていて、摩擦による拷問状態にはなっていない。


引きずっているのは多分、人型をしている。

第一に、ロープの先が人の肩ほどの高さ。

第二に、僕を生け捕りにするなら上記の配慮は要らない。


そして何より鼻歌を練習中のようだ。

やや音程がおかしい。


「起きたんだね」

背中を見せながらそう語る声からは敵意を感じない。


「歩ける?」


「あぁ…はい」


かすれた声で答えると、ロープはボトっと落とした。

振り返りもせずそのまま歩き続けている。


慌ててロープをほどき、小走りで背中を追いかけた。


「あれはアドリブでやったのかな?あの閃光。じゃなきゃ魔法学校で教わった?」


意識を失う前にみた閃光を思い出し、警戒を少し解いて口を開く。


「…………アドリブです」


「でしょうね。」

彼女は一息大きく吸い込み、一気にまくし立てた。


「まず、あなたは閃光を強くし過ぎね。

ホワイトスネイクはもっと弱い魔力出力で十分狂わせられる。


出力を強くしたから体内に残存する魔力量が減り過ぎ。

防御も毒への耐性も落ちている。


最も、あなたみたいなカスみたいな魔力量ではどちらもそんなに変動はしないけれど。


そもそも非戦闘員を育てるコース選択ね?

一回、魔法学校辺りで暴れたから知ってる。


遊び心が無いその制服で分かるわぁ。

実用性にしてももっと頑丈な服を着せるべきよね。

魔法使いは近接戦闘出来ないんだからさ。」


少し病弱な姉のような、か細い声なのに言葉はとどまることはしない。

だがその話自体はまともで、常識的だ。


彼女は少なくとも敵ではない。

何より解毒と手当、危険地帯から運んでくれたのだから。


「まず、助けてくれてありがとうございました。」

彼女はの息継ぎを狙って、感謝の言葉をねじ込む。


彼女はその感謝にも、僕自身にも興味が無さそうだ。

なぁ、みたいな僅かな音だけを口内で起こした。


「………失礼ですが、あなたは?魔族………の方でいいんですか。」


「その質問を待っていたわ」

彼女は突然足を止めた。

僕は止まり切れず、近づきすぎたが彼女は気にしていない。

フードを払いのけ、目を閉じて静かに語りだす。


「私は、九大俗魔が一人」


いきなり胸ををドンと右手で叩き、大きく息を吸う。

カッ!と目を見開いて、言葉を続けた。


「腐老の悪魔!ダン様よ!」


銀髪が今起きた風になびく。

儚い第一印象と、男気ある動作からの印象が心の中でせめぎ合う。


その紅い眼は僕に真っ直ぐ向けられている。


色々と感想はあった。


まず、言い訳をするなら、僕は色々考えていた。


寝られたので疲労は少し取れていた。

初めて話が出来そうな生物に会えたことへの喜びがあった。

それに、姉に雰囲気が似ていたから親近感もあった。


だから、自身を大声で誇られるというのに対応は出来なかった。


困惑。若干の恐怖。つられて上がりかけたテンション。

あと、胸をドンと叩くのは可愛らしい動作だと思う。


とりあえず最初に思ったことをいうことにした。


「すいません。………どなたでしょうか……。」


顔から感情を消して、彼女はフードを被った。

やはり、僕自身には興味が無いらしい。

ノリに乗れないなら、浮かぶ感情も無い他人というわけだ。


「ワイバーンと一緒に落ちてきたバカでしょ、あなた。


何の知識もないままにゲートを開いたバカな学生か。

あの国は私達悪魔の知恵を邪悪なものとして排除しようとしてくる。


半端に教え込んで、何になるってのかしら。

学びたいのなら先達に頭を下げるべきだと思わない?


そもそも神の領域を侵す行為なのよ?

ゲートを使うんなら、黒魔術を使いたいんなら、頼みなさいってのに!

バカヤロー共め。」


先程よりも畳みかける話し方は口をはさむ隙間が無かった。

あの動作に触れなかったことを若干根に持っているのかもしれない。


「んで、何でこんなとこに来たのよ。」


やっと僕への興味が投げかけられた。

その質問を答える前に、少しだけ情景が浮かんで来た。


「………ワイバーンに村が襲われたんですよ。警備をしてくれてた人達も、見張り台ごと潰されて。戦える人は居なかったので、僕がゲートを開いて……魔界へ──」


「道連れってわけね。人間基準でもガキな癖に無茶するわねー。」

瞼の裏に潰れた我が家が思い出される。

もう、戻ることは出来ないんだろう。


「んで、帰りたいの?その村とやらに」

「返してもらえるんですか!?」


つい大きな声を出してしまった。

だが、この地獄から逃れられるかもしれないと思うと仕方ない。


「いや?無理よ。」


そりゃそうでしょといった態度で返される。

顔をこちらに向けぬまま、淡々と答えてくれた。


「地上から魔界に行くのは落ちるだけだし簡単よ?

でも、帰りたいんなら登るしかない。


ゲートの先の異界で彷徨う必要がある。

魔界とも地上とも別種の領域だから、そこに住まう神の怒りも買う。


虚空に住まう神は私の知る中で最も強力な存在。

アンタみたいな雑魚はもちろん、私のみたいな可愛くて強い大悪魔でも対等じゃない。


つまり、ここで今アンタを返すのは不可能。」


相も変わらず畳みかけるような話し方だ。


「そうですか………。」


明らかに落胆した僕を一切気にせず、それに、と続ける。


「私に無償で助けてもらえると思っちゃダメよね。」


「………そうですね、お金も対価も何も持ってませんし。」


「何言ってんの。悪魔に?金で!頼もうっていうの!?」


学校で習った知識を掘り起こし、唾を飲み込んでから、言葉を続けた。


「………生贄が…いるんですか」


「……………いや、今貰っても困るけど」


何を言われたのか分からず、混乱しながら記憶をもう一度辿っている最中、助け船が出た。


「欲しいのは魔力よ」


さらに混乱した。

息苦しいほどに濃い魔力の中で、何言ってんだろ。


というか、悪魔の魔は魔力の魔だろう?


「悪魔が生贄を求めるってのは学校の歪んだ教育ね。


人間が悪魔に生贄を捧げる儀式を代行させてたわけ。

プライベートじゃ必要ない。


戦闘のためでも儀式は頻繁には行わない。


魔力で構成された悪魔が魔力を求めるのは自然でしょ?」


「なんで周りの魔力を使わないんですか?」


「魔力を水分として例えるわ。どちらも形を変えて世界で循環しているから。」


さっきも悪魔に教えを乞うとか何とか言っていた。

畳みかける喋り方も、他人に知識を誇示する欲求の表れなのかも。

誇示と言っても、実際助かる情報だけど。


「悪魔は意志を得た水溜りと考えなさい。水溜りが発生するのは自然よ。

でも、ずっと存在し続けるのは不自然。


だから強大な悪魔だろうが魔力を補給させるしかない。

悪魔との契約は持ちつ持たれつ。winwinで対等。」


成程、分かりやすい。

ついでに、学校で悪魔について習わないのも当然だと分かった。


こんな美人が対等だって言ってくれるなら老若男女、生贄ぐらい捧げるだろう。

魔力量も計り知れない彼女に守ってもらえるなら、心強いだろうとも思う。


「んで、アンタ程度とは契約をする利が無いって残酷な話をする前にだ。」


銀髪の彼女は僕が抱いた微かな期待を自然に避けつつ、首を鳴らす。

「名乗れよ。初対面なら常識だからね。」

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