4話 悪魔
いつから意識が戻ったのかは分からない。
気づいたころには、ぼーっとした思考もできない状態だった。
まだ身体に力は入らないが、だんだんと状況が分かってきた。
引きずられているのだ。
ロープが腕に巻きつけられ強引に引きずられている。
一応、怪我人として配慮されているのだろうか。布が1枚敷かれていて、摩擦による拷問状態にはなっていない。引きずっているのは多分、人型をしている。魔界の魔物であればすでに死んでいるだろうし、生け捕りにするにしても、もっと乱暴である気もする。そして何より鼻歌を練習中のようだ。
この魔界で鼻歌交じりに荒野を横断する化け物の声は、女性のものに感じる。
「起きたんだね」
背中を見せながらそう語る声からは敵意を感じない。
「歩ける?」
「あぁ…はい」
かすれた声で答えると、ロープはボトっと落とし、振り返りもせずそのまま歩き続けている。
慌ててロープをほどき、小走りで背中を追いかけた。
「あれはアドリブでやったのかな?それとも多少は経験を積んできているわけ?」
意識を失う前にみた閃光を思い出し、蛇へ放った魔法のことだろうと察しはついた。
「アドリブです」
「そんな気はしてた」「あなたが最後の一匹に襲われたのは魔力を使い切ったからよ」
「ホワイトスネイクは魔力で判別しているのだから、完全に魔力を使い切ったらそれはそれで不自然」
「それに閃光にも無駄が多いわ」
「威力はもっと抑えて長時間当て続けるのがベスト」
一気に捲し立てれたが、アドバイスは的確なものなのだろう。
何より解毒と手当、危険地帯から運んでくれたので文句などない。
「助けてもらっといて、失礼かも知れませんがあなたは何者なんですか?」
まずは感謝を伝えるべきだったと後から思ったが、彼女?は気にしていないようだ。
「その質問を待っていたわ」
いきなりくるりとこちらを向いてきたので、止まり切れずちょっと近づきすぎたが、これも彼女は気にしていない。フードを下し、目を閉じて静かに語りだす。
「私は、九大俗魔が一人」
いきなり胸ををドンと右手で叩き、大きく息を吸い、目を見開いて、言葉を続けた。
「腐老の悪魔!ダン様よ!」
色々と感想はあった。
なんでこんなに余裕があるんだとか、なんで助けてくれたのかとか、胸をたたく動作がなんかこう………いいなとか。
とりあえず最初に思ったことをいうことにした。
「すいません誰でしょうか」
ローブから、銀髪、青い目、すらっとした体系をのぞかせた彼女は真顔に戻って振り向き、フードを被って、もう一度歩き始めながら会話を続けた。
「あなたワイバーンと一緒に落ちてきた子よね」
「村がワイバーンに襲われたんですが、戦えるのが僕一人で」
「だから魔界に自分もろとも落としたと」
無茶するわねーと何の感情もなく続けたのを見るに、挨拶への反応が薄かったのを根に持っているのかもしれない。
返答に困っていると彼女のほうから続けた。
「んで、帰りたいの?その村とやらに」
「返してもらえるんですか!?」
期待に胸をふくらませ、つい大きな声を出してしまった。
「いや?無理よ。」
そりゃそうでしょといった態度で返される。
「地上から魔界に行くのはゲート開けば落ちるだけだし簡単よ?」
「けど、魔界から地上へはゲートを開いて、さらに上らないといけない。」
だから、地上への移動方法は限られているのだと。
明らかに落胆した僕を一切気にせず、それに、と続ける。
「私に無償で助けてもらえると思っちゃダメよ」
「………帰ったら一生懸命稼ぎますから助けていただけませんか」
「悪魔に金で頼もうっていうの」
学校で習った知識を掘り起こし、唾を飲み込んでから、言葉を続けた。
「………生贄が…いるんですか」
「いや、今貰っても困るけど」
何を言われたのか分からず、混乱しながら記憶をもう一度辿っている最中、助け船が出た。
「欲しいのは魔力よ」
さらに混乱した。息苦しいほどに濃い魔力の中で、ワイバーン以上に魔力をたぎらせているというのに
何を言っているのだろうか。
「さっきも言ったけど、私は悪魔よ」
「悪魔っていうのは肉体の代わりに魔力で構成されているの」
「だから生贄とかは通常いらないし、魔力のほうがありがたいの」
「なんで周りの魔力を使わないんですか?」
無知な相手への説明には慣れているのだろうか、よどみなく答えた。
「魔力は水分としてたとえられることが多いわ」
「悪魔は水たまりみたいなものでね、魔力が溜まったところに自然に発生するの」
「そして時間がたてば蒸発して消えてしまう」
「人間から水をそそいでもらわないと形を保てない。だから悪魔は契約を結ぶのよ」
言い終えると、こちらを振り向き、フードの下から顔をのぞかせ、こう聞いた。
「条件次第で手伝ってあげてもいいけど、まずは………」
「名乗れよ。初対面だぞ。」




