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虫けらは半死半生で彷徨う  作者: 米中毒
触手女がすごくがんばる章
37/55

37話 泥炭の魔女

振るわれた獣腕を触手で迎える。

既に先端は漕げ落ちていたが、今ので更に焼け崩れた。

だが、確信できた。

崩れた体勢を起こして、拳を握り、叩きこむ。

魔女は先ほどの私のように体勢を崩した。

この距離だ。

至近距離で押し込む。

半端に距離を取れば、手数で潰される。

逃げれば、人々を血のストックに変え、被害と強さを増すだけだ。

悠久の時を生きる魔女に技術で勝てるわけがない。

だからこそのこの距離。

さっき、”強い肉体が要る”そう言っていた。

獣腕を生成したのも、そうしないと並べないからだろう?

この距離なら、私の方が強い。

逃げずに、力で、ただただ夢中に、

「押し込むッッ!!]

焦げた触手は左腕と同じ長さに整えられている。

右手を振る。振り下ろされた剣を尻尾で弾く。左腕であばらに撃ちこむ。

左足一歩後ずさりしたので、私は右足一歩踏み込む。また右腕。左腕。

振るわれる獣腕の火力が増している。

腕がさらに巨大に見える程の熱気を伴う大振りボディフック。

右腕を割り込ませて衝撃に備える。焦げる臭いと崩れる肉片。ボロボロと落ちる。

引くわけにはいかない。左腕をまた突き出す。がむしゃらに、力任せに。

また一歩退く。また一歩踏み込む。

尻尾を右腕に巻き付けて締め付ける。逃がさない。左腕をさらにブチ込む。

剣を僅かに動かす音。だが、私を突き殺すためではない。

締め上げた腕を自ら切り離した。下を向きながら静かに、呟く。

『爆ぜろ』

破裂音と共に溶岩弾のような熱血が降りかかる。

触手が更に削られ、もう根本が少し残るだけ。

腕だけでは庇いきれず、身体が焼ける。

だが、もう一歩下がった。無理やり二歩詰める。

魔女は左腕を切り落とした勢いのまま、身体を捻っている。

溜めた力は開放され、剣は振るわれた。

下がらない。下がってたまるか。

尻尾で刃を受け止める。半分ほど切り裂かれた所で止められた。

剣を握る手ごと引き寄せ、そしてまた、

拳を力任せに振る。振る。また振る。

剣を手放させたが、尻尾ももう使い物にはならない。

今引けば後はない。残っている左腕を焼かせながらもまだ振るう。

息を吸うごとに肺が焼ける。足の噛み傷は焼かれていたが、無茶させ過ぎた。

既に血はとめどなく流れ始めている。下がれない。顎を殴り飛ばす。

バッ!と右腕が目の前に差し出される。触られれば終わる。

手首を無理やり握りつぶす。しかし、少しだけ遅かった。

ひしゃげた手から衝撃が放たれた。

何かは分からない。破裂するような音と共に波にぶちのめされる。

体勢が大きく崩れた。死力を振り絞る。絞り切る。

尻尾を焼ける地面に叩きつけた。最後の一発だ。

もう限界。最後の最後の一発。自分でも何をわめいているかは分からない。

腕を……振………るって───?





「惜しかったな。」

私はいつの間にか顔から倒れ込んでいたらしい。

身体を支える右腕もない。顔と右肩を地面に擦りつけていた。

「『あと数分で身体が麻痺する』。忘れてたかよ。」

動けない。立てすらしない。なされるがまま、見下されている。

既に与えた痛手は回復されつつあった。

砕いた胴の骨はゴリゴリという音を立てて、正常に戻る。

失われた腕も形成され終わっている。流れる血が透明な手の形を示す。

外れた顎も手で戻してしまった。

「良く踏ん張った。たった三日の思い出のためにさ。」

怖い。負けたのか……?死ぬのか…?

伸びてくる魔の手を何とか、払いのけた。

その反動で身体がまた地面に擦りつけられる。

いやだ。いやだ。いやだ。まだ死ねない。死にたくない。

生きる。生き残る。浅い呼吸を必死に続ける。痛い。熱い。恐ろしい。

無言で佇む死の影は諦めるのを待っているのだろう。

睨みつける。目を離さないまま、身体を起こした。

根本だけが残った尻尾と軽く開いた両足で、身体を支える。

左腕を向ける。腕の重さが感じられる。呼吸はまだある。生きている。

なら、立ち向かうしかない。

最後の最後、残された抵抗の一手。もはやただの悪あがきでしかない。


『血流よりも熱く、空の星よりも輝く炎よ』


魔女は呆れたように首を鳴らす。


『聖滝をも干上がらせ、異界の目をも潰し、太陽神をも退ける傲慢な炎よ』


「極大魔法を打つつもりか?この距離で?満身創痍のその身体で?」

気を抜けば、もう倒れ込むだろう。

「未熟だ。」

乾いた喉も、焼けた肌も、傷の痛みも身体の異常を訴えている。


『我が願いに応えよ』


「実力差も分からず、倒れるまで暴れて、最後には隙だらけの詠唱。」

魔女はポキポキ指を鳴らしている。


『あらゆる不条理も、あらゆる災厄も、あらゆる因果をも消し飛ばせ』


「何より、泣きながら戦う奴なんて見たことない。」

私を嗤っているのか?見下す彼はおぞましい笑顔を浮かべている。


『顕現せよ』


「でも、良い。気に入った。やろうか。」

手には紫色の針が握られていた。

そして、自分の目を潰した。


『今こそ栄光の時が来た』


片目だけではない。内臓を次々に、深々と刺す。

怖い。恐ろしい。嫌だ。来ないで。浮かべる笑顔に狂気が宿り始めている。怖い。

潰したはずの目の代わりに、黒い球がはめられていた。

瞳孔もないはずなのに、分かる。見つめられている。

怖い。怖い。怖い。死にたくない。死にたくない。死にたくない。














生きたい。












『最高位火球魔法』

『詠唱破棄・火球魔法』


魔道霊(ルアリ)の王炎』

『黒炭』

二つの炎球は弾け、周囲は熱と光に包まれた───。


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