32話
「……ロイド、町民と兵士への伝えてこい。ガキ二人は宿に戻って寝ておけ。」
「分かりました。リディさん。」
「ディアナはどうするんですか?」
「話があってね、後で返すよ。」
分かりやすい人払いが行われた。そんなに顔に出ていたのだろうか。
静かに冷え込む部屋には二人だけが残された。
「…泥炭の魔女の正体は記憶だ。」
「古い魔女の記憶が呪いのように受け継がれて、新しい宿主にされる。」
「身体を乗っ取るとかではないんですか?」
「あぁ。記憶の譲渡が本質だから。」
「何が言いたいかというとね、私は子供を刺し殺したんだ。あれはホリーだ。」
「………そうですよね。私よりも辛いですよね……。気を使わせてしまって………」
「あぁ辛いし、寂しいよ。反省もしているさ。でもね。後悔はないよ。」
「…どういうことですか?」
「私の第一優先事項は私の命だ。可愛い子供であっても襲ってくるなら敵だ。」
彼女は私の目を見て話す。その目は噓をついている目でも、強がっている目でもない。
「ホリー含め育てた子達にも自分の命を優先しろと教えているし、一般的な価値観だと思っている。」
「だからね、庇えなかったって後悔は私には分からない。」
「…それでも嫌なんです。大切な人を見捨てでも生きようとした自分が。」
「死にたくないと、助けたいは両立するでしょ。『楽しかったから死にたくなくなった』。いいじゃないの。初めて会った時の目よりずっと良くなった。」
じんわりと汗をかいて、部屋の寒さが薄れていく。
感情を言葉にしようと思うがまとまらない。身体が熱い。自分が分からなくなっていき、時間が過ぎていくことだけが実感できる。
返答を考えている間に彼女は引き出しを開け、封筒を手渡してきた。
「お目当ての紹介状。あたしは多分、魔女にやられるから渡しとくわ」
「私も戦います。この町が滅ぶなんてことは──」
「どうでもいいでしょ。よくも知らない町なんて。大切なのは自分の命だって。」
「あの二人も首を突っ込むつもりらしいけど、頼めば逃げてくれるよ。」
言葉に詰まる。目の前の人に真顔で死ぬなんて言われたら助けたいと思う。でも、大切な人を見捨てたというのに、そんな無責任なことが言えるわけもない。
………死にたくない。その気持ちを肯定されるとは思っていなかった。
それでもまだ………。
「踏ん切りがつかないなら、もう少し流されてもいいよ。」
「正直、強いからいてくれたら助かる。」
封筒を持つ手を掴まれて、押し込まれる。隠せということか?後は自分で悩め、宿に戻って寝ろと暗に示されている気がする。ドアまで歩かされて一言。
「仲いいね、君たち。」
何が言いたいのかが良く分からないが、背中を向けられれば問いようがない。お辞儀をして、ドアを閉めた。
「何の話だったの?ディアナ?」
「待ってくれてたんですか…。二人とも。」
「なんとなく気が引けたので……やっぱり迷惑でした?」
「いえ。一人は寂しいって思っていたところでしたよ。」
前を進む二人は笑顔だ。まだ隣を歩ける気はしない。励まされても、道を示されても、まだ私は私が嫌い。それが本音。
けど、いつかは二人の隣を歩きたい。
逃げられるほど強くはなれないけれど、死にたくない理由ができた。
明日を乗り越えよう。なされるがまま流されても明日がやって来る。
せめて戦おう。少しでも、近づけるように。




