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虫けらは半死半生で彷徨う  作者: 米中毒
触手女がすごくがんばる章
31/55

31話 魔女

「………何の話だい?ホリー。」

にこやかな一人を除いて、部屋の全員が疑問符を浮かべる。

「今が絶好のチャンスかと思いまして。」

「数年前にミラさんが亡くなって、ローディアも消えてしまいました…。そしてまだリディさんの魔力も回復しきっていませんよね?その椅子に一回座ってみたかったんですよ♪」

…ホリーちゃんは何を言っているんだ?私だけじゃ理解していないのは私だけじゃない。数秒間沈黙が続いた。

「ホリーちゃん、俺の好きなものを言ってみてくれる?」

「ロイドさんの好きなものは~恋愛小説、『芝生の君』と~『赤蛇ロシュコフのパン屋さん』のチョコパン、何より、『大寝殿』のレイナ姉との熱~いキッs──」

「オッケー!完全に本人だね!疑いは晴れたから黙ろうか!」

クスクスと笑う彼女は、確かに昼頃に分かれた友人だ。

「話を戻させてくださいね。私達は明日、町を攻めます。」

「……すいません。僕にも分かるように意図を教えてくれませんか?──」

私たちに背中を見せながら腕を振り、放たれた火球がフレイさんの右腕を焼き切った。

「フレイ!?」

「喧嘩を売ってるってことですよ。伝わりました?」

「……マジで何がしたいんだよホリーちゃん。返答によってはここで……」

ロイドさんが言い終わる前に少女の腕が弾け飛び、心臓に金属の杭が突き刺さった。

「魔女が乗り移っちまったんだね?ホリー」

死体に語り掛けている。心臓が貫かれてしまっているのだから、その筈だ。

しかし、飛び散った血が浮き上がり、身体に空いた穴へ戻って鼓動を始める。

吹っ飛んだ傷口から半透明の腕が生え、動作確認だろうか。指を動かしている。

「操血魔術に魔装構築ですか…何が起こっているんですリディさん…。」

「ロイド…説明は後だ。二人がかりで殺るぞ。」

「本当に弱ってるんですね~今の私相手に多対一ですか。」

何が起こっているのか分からない。さっきまでの温和は何処に行ったんだ?

フレイさんが私を引っ張って貰わなければ、まだ立ち尽くしていただろう。

フレイさんは炭化した腕を抑える。シアさんは、剣を構えている。

新たに放たれた杭によって、目戦いの火蓋が切られると思われた瞬間。

「今日は戦う気はないんですよ、宣戦布告なんです。」

手を叩く音がすると、窓から大きな影が入ってきた。それは飛ぶ杭を弾き飛ばす。八本の鎧をまとった足と銀髪の女。聞き覚えのある怪物の声。

「もういいの?泥炭。」

「ええ。さっさと逃げましょう。お楽しみは明日に取っておきます。」

「新手かよ!」

「じゃあまた明日。親愛なるリディさんにロイドさん♪。ディアナも、またね♪」

焼けた肉の匂い。もう権威を示すことのない荒れた部屋。

リディさんがフレイさんの治療に当たり、ロイドさんが侵入者の追跡に向かう。

私は何もしなかった。








襲撃の後、何人かの遺体が見つかった。

門番が一人、入り口の警備に当たっていた兵士が五人。襲撃者の逃げた道にいた不運な町民が十数人。

そして、ホリーちゃんの遺体も含まれていた。

リディさんの話では、『泥炭の魔女』とやらに乗り移られたらしい。彼女は使い捨てられたというだけで、魔女は明日攻めてくるそうだ。

「──大丈夫なの?フレイ」

フレイさんは別室での治療が終わってリディさんと共に出てきた。炭化した部分は削り取られ、透明な膜のようなもので腕と前腕が繋がっていた。

「治療して頂きましたから。前腕の感覚もあります。むしろ強くなったかも?」

「魔装構築とよばれる治療法だよ。魔力で身体を補う、いわば部分的な悪魔化。」

「メリットは物理攻撃の無力化と魔法出力の増加。デメリットは魔法に弱くなり、魔力の回復が遅くなること。治療は不可逆だからね、反省しときな。」

「すみませんでした……。何も…動けなくて……。」

声を絞りだす。二人は気にする必要はないと言ってくれる。それが辛い。

あの時、フレイさんに一番近かったのは私だ。

火球の軌道も見えていた。反応は出来た。

庇おうと思えば庇えただろう。

でも、動けなかった。

怖かった。

死が。

昨日、フレイさんを受け止めた時には心から安堵した。

宿の部屋の中、シアさんとのちょっとしたお喋りを楽しんだ。

ホリーちゃんとの友情を尊いものだと感じていた。

なのに、動かなかった。

フレイさんを庇うわけでもなく、シアさんと共に立ち向かうわけでもなく、ホリーちゃんを止めるわけでもなく、ただ怯えていた。

吐き気がする。自分が憎くて殺したくなる。気分が悪い。

あの時の感情はそんなに薄っぺらいものだったのか?

そんなに自分が大切なのか?

見捨てた後だというのに、二人を大切に思っているのが腹立たしい。

友人の死を実感できていない愚鈍さが腹立たしい。

死にたいと思っているはずなのに、実行出来ないのが腹立たしい。


生きる価値のないゴミになり下がってしまった。


死ねば良かったのに。



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