29話 ポーション
ホリーちゃんとの友情に、残っていたココアとコーヒーで乾杯する。
重々しい空気は幸せな日常には似合わない。正直、舌先をやけどしてしまったので馬鹿なことをしたとも思うが、お互い笑うことができた。
一回家に帰るという彼女に別れを告げてから、部屋に戻って私服に着替えた。
昨日来ていたローブは洗ってもらっているので、普通のスカート。家にあったものなので袖口は小さく、到底触手を隠せるものではない。昼の宿は広く、ばったり人に出会うことも多くはないだろうが、それでも私は不気味な存在だ。怯えさせたくはない。部屋の中でおとなしくしておこう。
部屋に戻って最初に目にしたのは、青い山。居心地のよかった部屋に異物が現れた。
「フレイさん…これ何なんですか?」
「これ呼ばわりはひどいですよ?シアですから」
大きな桶に収まった青い山なりの固まりは、湿った身体を揺らし、抗議しているのかもしれない。
「シアさんにしては……大きくないですか…?」
「水に浸けておいたんですよ、水を吸ったんですね」
部屋の中で揺れる彼女?は水分をまき散らさないよう先ほどよりも動きを緩めている。
「ディアナが魔法を使うための訓練を考えたんですが、妙案が湧いたんです」
「ずばり、魔力をシアに注いでください」
「……大丈夫なんですか。魔力を注ぐってなんか身体に悪そう…。」
「シアの外装はすこぶる丈夫な代わりに魔力を通さないんです。なんで魔力が不足したままです。回復しなければいけません。」
「もちろん魔力が過多に与えるのは身体に悪いのですが、スライムは水分と共に魔力を排出できるので心配はいりません。魔法の訓練と同時並行に魔力の回復を図る。一石三鳥の訓練です!」
プルプル揺れるシアさんも力強い声に賛同している。まぁやってみよう。
「まずは僕が魔力を流しますから、そのままシアに魔力を送ってください。」
右触手を両手で握られ、左腕はシアさんの身体にうずめる。
送られる魔力を知覚は出来ているが、うまく流せない。
「焦る必要はないので、ゆっくりイメージをしてください。」
魔力を送られるだけで排出できていないので身体に魔力が溜まっていく。
「そう。少しずつ流せていますよ。魔法の極意は継続です。」
じわじわと流れが認識できる。
「呪文に魔力が流れないから、魔法は不発になるんです。魔力の流れを止めてはいけません。」
パッと、小さな手のひらが離された。
「流れを感じられたら、次は自分から流れを生み出してください。あなたの魔力量なら初めてでも一時間は継続できるでしょう。」
流れの強さがまばらになってしまっているが、流れを止めないことだけに意識をする。
「一時間もすれば嫌でも安定しますから、頑張ってくださいね。」
フレイさんは私を集中させるためだろうか、本を片手に部屋を出た。
いつの間にか目をつぶっていた。何分たったのかは分からない。短距離を全力で走り切るような疲れではない。距離も分からない持久走をするような、先の見えない疲労。
じわりと汗が出て、気づいたころには乾いていた。時計の針をみたいが、余計な情報は集中を妨げるだろう。少なくとも私はそういうのが気になるタイプなのだ。
ガチャリという音がして、目を開く。入ってきたフレイさんよりも先に時計を見た。
一時間と14分。左手を見ると、いつの間にか山なりの巨体は両手で支えられるほど小さなの球体になっていた。
「あわ、シアさん!大丈夫ですか!すみません気づきませんでした!」
手のひらでぴょんぴょん跳ねているので大丈夫そうな気もするが、スライムの身体の構造は分からないので少し怖い。
「甘く見てましたかね……こんなに上手くいくとは……。」
シアさんを渡すとフレイさんは「また水に浸けておきますわ」という。
そしておもむろに小瓶の入った袋を取り出した。
「なんですか?それ。」
「何の変哲もない、ガラスの小瓶ですよ。」
シアさんを水の入ったバケツにいれながら、目的を明かし始めた。
「戦闘が激しすぎると、魔力が枯渇します。現に骸骨との戦いで僕は魔力の回復が追いついてませんでした。」
「なので、素早く魔力を取り込む手段が必要です…。」
「それで…。何が言いたいんですか?」
「ここに濃縮された魔力が込められた液体があります。」
桶の中には少しとろみのついた青い液体が溜まっている。
魔力を帯びているそれは確かにこの一時間で溜まったものだ。
「え?飲むんですか。」
「学校で習った方法ですし、昔に実習もしたので、安全性と効果は保証します……。」
「いや、え?そうじゃなくて…。」
先ほどされた説明を反芻する。
体内から水分と共に余分なものを排出する……。
「これってシアさんのおしっ───
「言わないでください!僕も飲むんですからね!!!」
…………『ポーション』をゲットした!!!




