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虫けらは半死半生で彷徨う  作者: 米中毒
主人公がボコボコにされる章
17/53

17話 キメラ

シアが駆け出すのは早かった。

だらりと倒れた身体を両手で拾い、怪物から遠ざかる。

怪物はまだ反応を起こさない。だが、儀式が終わったのであれば何かしら嫌な予感があるというものだ。

僕も回復魔法を唱えつつ、シアに駆け寄る。怪物は図体のわりに小さな目玉で周囲を眺める。

そして、逃げ出す僕らを見て、雄たけびの代わりに触手を叩きつけてきた!

その一撃はさっき受けたどの攻撃とも違う。確実に踏み潰し、確実に殺す意思を感じた。

『惑えよ旅人!逡巡せよ英雄!我が霧に巻かれて息絶えよ!』

この攻撃を防ぐ事は出来ない。出来るわけもない!

『中級魔法!悪意ある煙(フューム)

煙は攻撃をわずかにそらせた。

剛腕は地面を窪ませ、砂が流れ込む。長くは持たない。こいつには意思を感じた。知性が、いや、『魂』があるのであれば、対応され始めるのだろう。

逃げるしか出来ない。

逃げることも出来ないかもしれない。

「ローディアさん!目を開けてくださいよ!」

「また来る!横に避けて!シア!」

次の一手は突きだった。叩きつけに比べれば遅いが、それでも僕たちの歩みよりは速い。

あらかじめ予測していなければ、右足の負傷だけでは済まなかっただろう。

「止まるな!走ってくれ!」

右足の負傷は大きいが、時間さえあれば元通りにくっつくだろう。

肝心な時間はないのだが……。

声にならない声が響いた。次の一撃は、押しつぶすわけでも、突きでもない。薙ぎ払い、いや、正確に言えば、二本の触手による、叩きつけといったところか。

安全地帯はどこにもない。上空に逃れられたとしても、他の触手に落されるだろう。

シアは僕の手を取り、走り逃れようとするが、僕はもう目をつむってしまった。

破裂音が起こる。僕らの内臓から起こった音だろうか、それとも触手同士を打ち付けた衝撃音だろうか。

はて、どちらの音だとしても、なぜ僕が聞いているのだろうか。

「自分の足で立つか、素直に運ばれるのか、どっちでもいいから早くしてくれないか?」

僕はまだ死んでいない。二本の触手は防御魔法に阻まれ、止まった。

足の出血は止まり、不足した魔力も注がれている。

僕らを守るその背中と美しい銀髪には見覚えがある。

「間に合わなかったみたいだね……ローディアさん…」

そう語り掛ける声には、鮮やかな髪色には見覚えがある。

「ダンさん!アテナさん!」

「話は後にしよう。流石に私とこいつでも、守り続けるのは厳しい。」

僕とシアはダンさんに掴まれ、アテナという少年は、力の抜けた女性を抱えて走る。

理性を失った怪物は追撃し、抹殺を目論む。足を騒がしく動かし、近づいてくるのだ。

「……町に戻ってから町民を逃がそう。安全な道は確保しているからさ。」

そういう彼の表情は寂しさを感じさせる。いや、それよりも安全な道はあらかじめ用意されていたのか……?

「……アテナ、町に戻るのは賛成だが、逃げるのは賛成できない。」

全員が顔を見合わせる。

「なに間抜けなこと言ってんだ?」

「私たちはともかく、あいつら(町民)は戦うつもりらしいからな」

迫る攻撃をしのぎつつ、彼女は顔を動かし指し示す。

そこには城壁の上にたたずむ姿があった。

「この町は!俺たちの宝だ!ミラさんとローディアさんの守ってきた宝だ!老いぼれの命に代えても!

絶対に守らにゃならん!」

「あのアホの言う通りだ、覚悟を決めろ!」

武器屋と防具屋の爺さんたちは声を張り上げ、周りを鼓舞する。

本気で戦うつもりなのか⁉あの凶暴性を見て置きながら⁉

「彼らを止めるべきだ、ダン!勝ち目が…」

「今ならあるだろう?」

「どういうことですか?ローディアさんと一緒に逃げましょうよ!」

僕もシアと同意見だったが、少年は少し考えてから……頷いた。

「いいだろう。この娘への手向けといこうか。」

悪魔二人は空中を駆け出し城壁に上った。

僕らを降ろしてから銀髪の悪魔は声をあげる。

「私は、九大俗魔が一人!」

戦士たちを鼓舞するために、以前より強く胸を叩き、大きく息を吸い、目を見開いて、言葉を続けた。

「腐老の悪魔、ダン様だ!この町を守る!覚悟はいいな⁉」

横たわる彼女を老医に預け、もう一人の悪魔も声をあげる。

「同じく九大俗魔が一人、代明の悪魔アテナ!我が友人の代わりにここを守護しよう!」

ボルテージは最高潮にまで一気に上がる。シアも涙をぬぐい剣を構える。

怯えたものは、誰もいない。あるのは(たから)を守るという決意のみ。

水を差そうとする触手も火球で撃ち落された。

「このユリアナを舐めるなよ⁉魔界じゃあ老いぼれも、若者も、赤子だって生き残りだよ!」

そろそろ僕も覚悟を決めるべきだな。

絶対に勝つ。勝つしかない。目に物を見せてやる。



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