13話 幼魔
ヒントはいくつもあった。
何故か死んでいる大樹。姿の見えない敵。精密に放たれる氷柱。無風地帯に起こり始めた大気の流動。
そして、悪魔の存在。
確か、悪魔は自然に発生すると言っていた。
アザエフという魔物は、魂がなくなって、肉体だけが暴走しているとも聞いた。
では逆に肉体を持たず、魂だけが宿った場合はどうなるのだろうか。
こいつは悪魔の幼体なのではないのだろうか。
だから、人間を認識しているのではなく、『動きと魔力』に反応し攻撃をしてくるのではないか。
そして空気中に拡散しているから、結界内にも当然おり、攻撃を続けたのだ。
少なくとも矛盾はない。仮説としては上々だ。
「それで?どう動けばいいの?」
吐いてもすぐに冷たくなる白い息は、余裕がないことを絶えず警告する。
「結界内の魔力は減ってきた。この結界内であればいずれは動けるようになると思う。」
「それまで攻撃を受け続ければいいってこと?」
「死なないだけなら、それでいい。けどそんなに悠長なことを言ってたら、目的は果たせないとも思う」
僕たちはこの敵を退けることが第一目標ではない。
あくまでもこいつは障害のひとつでしかないのだ。
考えろ!こいつの特徴と状況を思い出せ!
・魔力と動きに反射的に攻撃が飛んでくる・殺しきる余裕も時間もない・ローブの上なら死にはしない
・シアなら耐えられるが身体が凍って長時間の経戦は難しい・こいつ自身に知性は感じない
考えろ!結界を張り続ければ、魔力は回復しない。時間がたてばたつほど体力を消耗する。
早く決着を付けなければ!
「……策は思いついた。」
「どんなの?」
「極大魔法を行使する。」
こいつが使うのは『異能』だ。体系化され、より発展してきた『魔法』ではない。
僕だって誇り高き魔道国の魔道士だ。
魔道士としての意地を見せてやる…!
「詠唱さえ確保できれば、魔法の威力は際限なく跳ね上がる。時間が欲しい」
「守ればいいのね。何秒ぐらい?」
「42秒」
ローブをぬいで、シアに渡した。
冷気を少しは防いでくれるだろう。シアが動けることが何よりも優先事項だ。
「結界を解かなきゃならない。解けた時が合図だよ」
シアは剣を構えて答える。
決戦と行こう。
結界を解除した瞬間、膨大な魔力が流れる。どこまでが敵なのかは区別がつかない。
『血流よりも熱く、空の星よりも輝く炎よ』
練り上げ始めた魔力に向かって氷柱は襲ってくる。
『聖滝をも干上がらせ、異界の目をも潰し、太陽神をも退ける傲慢な炎よ』
シアは雄たけびを上げ、氷柱を防いでくれている。
『我が願いに応えよ』
轟音と冷気が頬を掠める。
『あらゆる不条理も、あらゆる災厄も、あらゆる因果をも消し飛ばせ』
「ウッッァああああああああああああああ!」
『顕現せよ』
膨大な熱が雪を溶かし始める。
『今こそ栄光の時が来た』
氷柱の量が増え、数十本といったところだが、所詮は急ごしらえの氷。人類の英知にはかなわない。
『最高位火球魔法』
『魔道霊の王炎』
国に伝わる伝説の通り、道は開かれた。
強大な火球は一直線に駆け抜け、一切を焼き尽くす。
破裂した時の熱と光は魔界に発現した太陽のようで、冷気も魔力も敵をも消し飛ばす。
しかし、術者自身にも扱いきれない代物だろう。周囲の魔力を取り込んだというのに僕自身の魔力の大半を消耗した。シアに肩を借りてようやく立てた。
ゆっくり歩くしかないかな。
だが、予想よりも事態は早く進んだ。
あの熱が引き寄せたらしい。いつぞやにみた巨馬が走ってきた。
前よりも力強く走る馬は、地面をも揺らす。
だが僕らにとって大切なのはそれに乗っている存在だろう。
目的は達成できたようだ。
銀色の髪、しっかり被ったフード、そしてそこから見えるすらりとした手。
「ずいぶん派手なことをやるようになったのね」
疲労困憊の僕の代わりにシアが叫んだ。
「ダンさん!私たちはあなたを呼びに来たんです!一回止まって話を聞いてください!」
けれど、彼女は馬を静止させることはなかった。
「え⁉ちょっと待って、止まって!馬に踏み潰されるのはもう勘弁しt」
「話は後にしてよ。今は幼魔を突っ切るから」
背中に再度迫り始めていた冷気に気が付いたころには、僕たちは縄で縛られ、引き上げられていた。
『断罪の炎をもかき消す地獄の業火よ、今我のもとに集え』
『中級火炎魔法 燃焼』
彼女は僕よりもはるかにスマートに冷気を退けていた。
火炎を周囲に展開し、最小限のガードで間に合わせる。
そして馬はいとも簡単に冷気の壁を走り抜けた。彼女は振り返ってこう叫ぶ。
「そこのあなた!名前をあげるわ。レイなんてどうかしら?」
要領がつかめない初心者二人に、彼女はやさしく教えてくれた。
「幼魔は成長するまで気まぐれだから、女の子の名前を付けるのよ。」




