101話 妖精の森
森の緑は澄んでいて、葉を超えて射す日は温かい。
地面から伝わる感触は、湿り過ぎず、乾き過ぎず。
吸って吐く空気は心地よい。
「ね~ぇ~。なんか落ち着かなくない?やっぱりさ~~」
左隣で歩く少女はそわそわしながら不満をまた呟いた。
「…………分かんないわよ。水差さないでくれる?」
私はため息をついた。
シアとは微妙に合わない。
「ん~僕もイザベラに賛成だけど、シアの気持ちも分かるなぁ。」
右隣の幼馴染は分かりやすい仲裁を試みていた。
「なんていうか、魔界じゃ大体が敵だったから、
生命に囲まれると緊張するというかね。」
フレイの主張は割とどうでもいい。
こういう仲裁は再開してから度々あった。
昔は一人でいる事が多かったくせに、今では誰より空気を読む。
「ねぇ、あとどれくらいで着くの?」
気遣いに免じて話を変える。
シアが文句を言うのは二度目。
一日三回までは怒りを収めると決めている。
「そうよ!馬車っていう便利なやつには乗れないの?」
三回目。次は無い。
「馬車があれば次の朝には辿り着けたんだけど、徒歩だから明日じゃ着かない。」
フレイはチラリと森に走る影を睨みつけた。
「…………彼らが認めてくれなきゃ歩き続ける事さえ敵わないよ。」
森の中で歩いて二時間。
シアに教えられて気が付いたけど、ずっと見られている。
「まぁ、話しかけてくれるまで待とう。」
そう言いながらシアのカバンをまさぐる。
フレイ自身の荷物は人形とその服でいっぱい。
旅にまで持っていくなら、服はもっと少なくてよかったか。
「魔界で買ったパンの残りがあるけど、イザベラも食べる?」
そう言い終わる前に、シアの口にはパンを突っ込んでいた。
灰色でえらく丸いパンを受け取る。
第一印象は岩だった。
千切れるイメージが無かったのでそのまま口に入れてみる。
次の印象は鉄だった。
噛み切れなかったので、大きく開けた口から取り出す。
「これって食べ物?」
「僕も最初はそう思ったよ。」
私はちょっと唾液を拭いてからシアに手渡そうとした。
彼女は手を出さず、口を開けた。
「まぁ、街に着いたら食べられる物を食べたいかな。」
頭を掴んで灰色の塊を口へねじねじ押し込む。
「もぐもぐもぐ。どったのフレイ?」
シアは苦しんでは無いが、フレイは少しオロオロしていた。
大きな自然のアーチをくぐった瞬間、鳥の声が途切れた。
影が目の前を急接近する。
木の枝で出来た天井からナイフの反射が目に写る。
「えい!」
その影はシアに捕まった。
「えぇ!放せよ!?おい!!」
八歳ぐらいの少年には羽が生えていた。
「ココがどこだか分かってんのか!?人間が入ってくんじゃねーー!!!」
「妖精の森でしょ?通りたいから偉い人呼んでくれる?」
私は猫なで声を意識しながら耳にささやく。
拘束を振りほどこうともがきながら叫んできた。
「アルノール様はつぇえんだぞ!
てめぇらは全滅でェ!!!」
「だ!か!ら!呼んでって言ったでしょ!」
心の中で少し安堵する。
妖精は見た目で年齢が分かりにくい。
もし成人だったら、耳元で猫なで声を出した自分はしばらく立ち直れない。
子供に対抗するシアの幼稚さを観察しながら、杖を構える。
「オイオイ、放してやってよ。
妖精の悪戯は大抵される方が悪いんだぜ?」
赤く整った服装の青年が木々の隙間から降りてくる。
短い杖を戯れに振ると、鳥の鳴き声が再び満ちる。
「この妖精の森を指揮している、つぇえ妖精アルノール様だよ。
何の用かな?人間二匹にスライム一体の珍妙な客人よ。」
「この森を超えて、ティアチューシュへ行きたい。
”聖教団”に用があるんだ」
フレイは胸に手をつきながら答えた。
確固たる意志と相手への敬意を両立するいい挨拶だ。
「なるほどだ。だが、断った方が面白そうなので断る。」
妖精の長はタクトを森へ振るった。
割れんばかりの音が轟く。
弦が震え、木管が重なり、金管が森を押し広げる。
ヴァイオリン、ヴィオラにチェロ、コントラバス。
フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット。
トランペット、ホルン、チューバ、あと多分その辺全部。
適当に知っている楽器を挙げただけだ。
だが、多分全部あるだろう。
指揮棒と手で全ての音を静止させ、彼は三角帽を深くかぶった。
「”カガン王国の妖精の森代表”兼”戦闘総指揮者”アルノール。
偉大なるその名に懸けて嫌がらせをさせてもらいます。」
「二人共、戦うしかないみたい。」
フレイは剣を空飛ぶ妖精の王へ向けた。




