1話 レッドドラゴン
顔の擦り傷の痛みも脱力した足も多分、折れているだろう腕の骨も特に気にはならなかった。
自分をこんなふうにしてくれた化け物が、村をあっさり滅ぼした化け物が、押さえつけられ、首を噛み切られようとしている。既に絶命しているのだろう。
茶色の鱗が血に沈み、その血が指先にまで届いた頃、その怪物の視線に気がついた。
砂利で少しくすんだ赤い鱗に、ワイルドワイバーンを補食する強大な牙、そして何より人間を虫けら程度に見下すその目。それはレッドドラゴンだった。
咀嚼しているレッドドラゴンに対しては何も出来なかった。学校では魔物に会ったら、目を合わせて、焦らず動かないよう教わっていたし、ワイルドワイバーン相手でもそれは通用した。
今は違う。どうすれば良いのか分からないのだ。背中を見せて走っても気を損ねないだろうか?それとも、じっと動かず食事が終わるまで待つべきか?
思い出していたのは、自分なら食事中に見つけた虫をどうしていたか、ということであった。
レッドドラゴンは目を逸らし、食事に戻った。
………反射的に、というよりただの直感だった。
10数メートル吹っ飛んだだけで済んだ。
レッドドラゴンは尻尾で追い払う事にしたらしい。
体内の魔力を全て干上がらせ、掠れ声ですらない絶叫を上げる事で防御魔法を出すことは出来た。
レッドドラゴンは虫けらの生死なんてかけらも興味がなく、もう、記憶にすら残っていないだろう。
潰れた喉と摩擦によって出来た腕の傷がジリジリと痛み出したが、血の匂いと肉を引きちぎる音の中
這いつくばって離れるしかなかった。
「逃げる」ではなく「離れる」と言ったのはこの世界に安息の地などないからだ。
この、地上から深く深く離れた魔界には。




