第4話 テンプレの圧
ナツキは、机に突っ伏していた。
隣ではリヴィアが静かにパンを半分に割っていた。
彼女の指先はパンの切れ目よりも繊細だった。
「なあ、リヴィア」
「はい」
「ここ……“悪役令嬢養成学校”で間違いないよな?」
「たぶん……きっと……そうだと思います……」
「不安になる言い方すんな」
そのとき、教室の扉が音を立てて開いた。
「オッホホホホ!!」
高笑いと共に、紫のドレスの少女が現れた。カールした髪、鋭い目、完璧な“悪役令嬢スタイル”。
「クロエ様!」「今日もお美しい!」
ざわめく生徒たち。誰もが演劇の観客のように、拍手寸前だ。
「この学園は私のものよ。弱者は黙って膝をつきなさいな」
「出たな……テンプレの化身……」
ナツキは小声でうなった。
リヴィアは静かにメロンパンを見つめていた。
「……ナツキさん、あの方は“支配者型”です。何もかも、思い通りにしたい系です」
「カテゴライズすんな!」
続いて、ふわりと花びらが舞った。
今度は白いドレスを着た令嬢が微笑みながら入ってきた。
「愛があれば、すべてが許されるのですわ」
「おおっと!? “愛で救う系”のテンプレ姫か!?」
「セレス様!」「聖女が来られた!」
生徒たちは息を呑み、敬意を込めた視線を送る。
先生ですら「セレス様……」とつぶやいていた。
ナツキはこめかみを押さえた。
「……この学校、空気で操られてね?」
「空気の支配力、強いですね……目に玉子入ったみたいです……」
「その表現どういう状況だよ!」
クロエが近づいてくる。
「あなたたち……その座り方、下品ね」
「座り方までテンプレ化すんの!?」
セレスはにこやかに笑った。
「まずは、愛を信じることが大事ですわ。たとえ敵がいても、対話を……」
「現代社会で通じなそうな理想論きたぞ!」
その時、クロエがリヴィアを睨んだ。
「あなた、目つきが悪くていいわ。気に入ったわ──でも処刑よ」
リヴィアは、首をかしげた。
「ありがとうございます……? 私、処刑されるの、慣れてませんけど……?」
「その反応もテンプレからズレてんのよ!」
ナツキは両手を広げた。
「……お前ら、“台本”でも読んでんのか?」
セレスは微笑んだまま答えた。
「ええ、心の中にある“信じる心”という名の台本を、いつも──」
「長ぇ! そして重ぇ!」
リヴィアはパンをそっとちぎって言った。
「私は……台本がない方が……少しだけ、自由な気がします」
ナツキは彼女を見た。
「……お前の言う自由って、パンに玉子が入ってないことなんじゃ……」
「そうかもしれません。玉子は支配的なので……」
ナツキは顔を覆った。
「……俺がマトモに見える時点で終わってんだよ、この世界……!」
――つづく
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