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邪魔者を排除するのも守護者としての務めです

作者: 鷹のつめ

 理不尽で不条理な光景は往々にして存在する。

 主人に正式に任命され、守護者としての地位が認められた昨今においても。

 目の前で繰り広げられている光景を目の当たりにして、私はこの世界でも常々痛感させられていた。


「さあ、私と共に参ろうではないかレイラ」


 彼は大勢の護衛を引き連れ、突然邸宅へと押しかけ主人であるレイラと対していた。

 言い寄っている男の名は確か—— グリム。

 事前に話を通すことなく無礼にも我が主人に対し求婚を迫っていた。


「これは命令だ。私に逆らうことは許されない」


 悪びれもなく平然と言い放ち、レイラに対して強引に婚約を迫っていく。

 もう全て決まっていると言わんばかりに、下卑た笑みを浮かべ余裕綽々といったご様子だ。

 彼の強気な姿勢の源は、現状手にしている地位や権力に他ならない。


 この国にわずか数名しかいない広大な土地の権利を有し、領主として名を馳せているが。

 悪い噂を耳にすることも少なくない。

 グリムの意に背けば何をされるか。

 そのため彼の誘いを断れる胆力を持った人間はそうはいない。


 これが初めてならまだしも、もう両指の本数では数えられないほどグリムは我が主人レイラへ求婚を迫っていた。

 とうとう邸宅にまで押しかけるあたり、グリムも勝負をかけに来ているのだろう。

 彼の放つ高圧的な態度に、我が主人も若干押され気味ではあるものの主人の姿は立派なものだった。


「も、申し訳ありませんがグリム殿——お断りいたします……」


 権力に臆することなく、自らの意見を面と向かってぶつける姿を見て、彼女に仕える者としてはとても誇らしいと感じていた。

 主人の反応にグリムは顔を歪めている。

 思惑が外れ、苦虫を噛み潰したような表情でレイラに憎悪のこもった視線を送っていると。

 ふと、彼が気づいたように私と視線が交錯する。


 ——なるほど。


 と、私は瞬時に次なる標的とされたことを直感する。

 こちらを見るや否や、何かを閃いたようで不気味なまでに目を輝かせ不適な笑みを浮かべ始めた。


「レイラの守護者——シュウといったか。苦しむ臣下の姿を見れば考えも変わるだろう」


 グリムの背後に控えていた護衛が意図を汲んで動き出す。


「こいつの痛々しい姿を見たくないならレイラよ。お前が今この場で守護者としての任を解け。さもなくば——」


 彼の合図とともに強引に邸宅へと押し入られ、周囲を囲まれてしまった。

 グリムは主人(レイラ)の支柱となる存在を予め理解していた。

 真っ向から攻めて玉砕した時の策も考えていたのだろう。

 自分よりも大柄な男が複数人。自然と圧迫感のようなものを受ける。


 この流れでは致し方ないか。

 主人を守護する者としての責務を全うするためにもここは一つ。


「分かりました、本日付けでレイラ様の守護者としての任を降ります」


「ちょっ、ちょっとっ!?」


 自分の発した一言により、予期せぬとばかりにレイラは声を荒げた。

 それは敵対するこの男も同様であった。


「ほ、ほう、権力に屈しレイラよりも我が身大事であると?」


「ええ、屈しますとも。グリム殿がワガママお嬢様を引き受けていただき大変感謝しております」


「——なにぃッ?」


「これで俺は守護者としての重責から解放され、晴れて自由の身となりました。これからは何一つレイラお嬢様に振り回されることのない日々を手にすることが出来るのです!」


 柄にもなく少し大袈裟に手を広げて、自由を手にしたことをアピールするが同時に。

 肩を竦ませてわなわなと身体震わす彼女の姿が、私の視界には映っていた。


 ——これは……ちょっとやりすぎたか。


 後々どうなるか考えるだけでも怖いが、もはや引き返すことも出来ない。

 今は目の前の対処が先だ。


「お前。領主に楯突こうと言うんだな? レイラやその一族がどうなろうと構わないと」


「俺はとうに守護者の座を降りた身。何をしようが元主人には関係のない話ではありますが、もし危害を加えようと言うのであれば自らの自衛のために領主と相対することもやぶさかではないが」


「守護者風情がッ…………イキがるなッ!!」


 すらすらと動じることなく平坦に言葉を並び立て、その不変的な態度にグリムの苛立ちは頂点に達していた。

 領主としての品性など皆無。

 権力を誇示するために彼らは獰猛な獣と化し、なりふり構わず私たちに襲いかかる。


「レイラ殿の守護者をあまり侮らない方がよろしいですよ?」


 闘争の火蓋が切って落とされる間際、その場には一つの声が残響した。






 あれから月日は経ち。

 私はというとわがままお嬢様から解放された——こともなく。


 グリムとの駆け引きの中での発言ではあったが、レイラ様には思うところがあったのだろう。

 即時発言の撤回を要求され、従わなければ即婚約を結んででも手中に収めようとするなどと、常軌を逸した言動に振り回されて。

 結局、今もなお私は彼女の元で守護者兼お世話係として従事し、それなりに平穏な日々を送っている。


「今日は一段とご機嫌ですねレイラ様」


「ずっと重荷になってた気持ちが払拭された気分で開放的なの! だけど——」


 晴れやかな表情から一転して、難しそうな表情で考え込む。

 そんな彼女の一つ一つに仕草や思い悩む横顔もなんとも絵になっていた。


「原因が思い出せないの。何に悩んでたのかさっぱりで……」


「そうですか」


「嫌悪感を抱いていたような気がするのだけれど」


「例えば、ずっとしつこく言い寄ってきた相手が突然いなくなって、逆に気になり始めてしまったとか?」


「そんなんじゃないよ。"嫌悪"と言ったでしょ。悩みが解消されたのは喜ばしいことだけど……人なのか物なのか、何なのか分からないけど、どこかモヤモヤするというか釈然としないのよ」


「何の悩みだったのかを再び思い悩むとはレイラ様も難儀なものですね。しかし元の悩みそのものが解消されているのであれば、忘れてしまっても良いのでは?」


「まあ……それもそうね。確かにシュウの言う通り、考えてどうにかなるようなことなら案外あっさりと解決できそうなものだしね」


 吹っ切れたとまではいかないにしろ、彼女の中でどこか割り切っているようには思えた。



 あの日を境に領主のグリム及び引き連れていた男たちは姿を消した。

 最後の目撃者が自分たちであるからして失踪したことに対し、疑いの目を向けられることも容易に想像がつくが、実際にはそうなってはいない。

 行方不明者などどこ吹く風といった感じで、周囲からグリムという存在そのものがが消されてしまったようになっている。

 元からいないのだから探しようがない。

 この世界の人間の記憶からは、すでに“領主のグリム”という存在は忘却の彼方へと消え去ってしまっていた。


 元来、領主の手から主人様をお守りすることこそが自分の役目。

 私はその責務を果たしたと言えよう。

 どのような手段を講じようとも。仮令悪魔と契約しようとも。


 もはや消えた領主の行方どころか、その存在を他に知る者は誰もいなかった。

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