1.ぬるゲー
スマホから目を離せば、おっぱいのデカい幼馴染。
「まこちゃん、おまたせ〜っっ!」
彼女は今日も今日とて、えっほえっほーーと懸命に俺の元へ駆け寄ってくる。
今って何時なんだっけ。さりげなく時計を見やる。うん、やっぱり30分くらいの遅刻なら、全然許容範囲内だよな。
「はよー……って、」
軽快に弾むメロンが、あと一歩、ギリギリ……というところで、
俺の胸板にくっ付かなかった。
くそ、惜しかった。つまずくフリでもしとくべきだった。
軽い絶望感に襲われていると、急かすようにシャツの袖をつままれる。その目には、「お散歩連れてって」と訴える犬のように一切の曇りがなかった。
「デパ地下のコッペパン、早くしないと売り切れちゃうよ?」
すさまじく残酷な上目遣いだ。
君が遅れてきたんだけどね。そんなツッコミは、とりあえず心の中だけに留めておいてあげることにした。
それよりさーー俺はゆるりと、視線を移す。
「ほのか、いつまでパジャマ着てんの?」
おまけに、なんか色違いっぽいし。上はテキトーなクマ柄T、下は中学時代のジャージ……と、俺の疑問に、ほのかはみるみる顔を赤く染め上げた。
「いいい今すぐお着替えしてきまふ……!」
やれやれ。俺は肩をすくめつつ、肝心の服持たなくてどうすんのさ、と今にも更衣室にダッシュしようとするほのかに待ったをかけた。
「気にすんなよ、いつものことなんだから。こんなこともあろうかと、さっき替えを用意しといたところ」
アウトレットで悪いけど、白いワンピースは清楚なほのかにきっとよく似合う。
蜘蛛の糸を垂らしてやると、ほのかは泣きそうになりながら俺を拝み始めた。
「本当にありがとう‼︎ えへへ、やっぱりまこちゃんは賢いなあ」
「デート服は忘れても、クレーンゲーム産のアクセサリーは忘れないんだ」
「デート」という単語に反応したのか、ほのかはさらに顔を赤くした。
「だって……このひまわりヘアピンは、昔まこちゃんが取ってくれた宝物だから」
「ふーん、そういうもんか」
「そういうもんです!」
恥ずかしそうにそっぽを向くほのかをいじめたくなってきてしまうのは、俗に言うキュートアグレッションというやつなんだろうか。
念願叶ってベンチでコッペパン品評会をした後、俺たちは河川敷を散歩していた。
と、俺の前でるんるんスキップを踏んでいたほのかが、急に足を止めた。
「ひどい……」
そこにあったのは花火の残骸。拾って捨ててこようかなと言い出すほのかに、俺は唇を突き出した。
「えー、やめときなよ」
あと、と俺は続ける。
「下手に手出したら……爆発するかも」
「へっ、な、ええええっ⁈」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔。これにはさすがの俺も吹き出した。
*
ここまでが、本日のハイライト。パッと点いた明かりに目を凝らす。ほのかからの返信だ。
あえて10分ほど未読にしておいて、
『今日はたくさんありがとう! またお出かけしようね!』
これに、親指を上げるゆるいキャラのスタンプを送信した。
俺はごろりと寝返りを打つ。
ペットみたいで可愛いし、ほのかのことは嫌いじゃないけど。今まで特にどうなりたいとか、付き合いたいとか、そんなふうに思ったことはあんまりなかった。
だって、恋人って型に当て嵌めたら極論、結婚するか別れるかのどっちかになっちゃうし。
幼馴染ってだけで他人からは高確率で羨望の眼差しを向けられるものの、俺に言わせれば、そんなの曖昧で卑怯で残酷な設定にすぎなかった。
記念受験したらたまたま受かっちゃった、偏差値65の高校に通って、巨乳で天然の幼馴染とは休日に会って……その先には、何がある?
「これといった苦労がない」と言えば聞こえはいいが、まさしくぬるま湯に浸かったような生活だった。
常に満たされてはいるけど、確実に何かの要素が足りない。
(俺は一体、何がほしいんだろう)
人生イージーモードで、このままゆるやかに年取って、ゆるやかに死んでくんかな。
気づけば俺は、ひとりごちていた。
「ああ、刺激がほしい……」
ーーその願い、聞き届けたり
頭の中で、若い男の声が響いた。
は? なんだこれ。夢、だろうか。
深い霧の中でうっすら目を開くと、多分さっきの声の主だろう、身長182の俺さえもゆうに超える大男が、ぬらりと顔を出してきた。