姫君と老騎士
フルーツ王国を治めるレート王の悩みは十七歳になった姫パルフェの結婚相手だった。
娘も年頃だし国の将来のためにも理想的な相手と結婚してほしいと願っているのだが、どんな相手を会わせても首を縦に振らない。
「やはり、ダメか……」
深くため息を吐き出して肩を落とす王に姫は言った。
「お父様。わたくしはジャドウ将軍としか結婚いたしません。あの方より理想的な相手など、世界中を探しても見つかりっこないですわ」
「それは、そうだろうなぁ……」
姫が惚れているのは国の軍隊を率いるジャドウ将軍である。知略も武勇も優れ、いかなる戦でも勝利をもたらし民からは軍神とまで謳われている。先代の王から仕え、その忠誠心は素晴らしいものがあった。けれど、王は渋っていた。理由は将軍の年齢である。
長身で筋骨隆々だが、彼は六十歳を超えていた。
この年齢に至るまで浮いた話ひとつなくいまだ独身を貫いている。
立派すぎるほど立派な男だが姫と比較すると祖父と孫ほど年齢差がある。
王が認められないのも当然であった。
さりとて姫は幼い頃より将軍に夢中で彼以外の異性は見向きもしないほどの徹底ぶり。
どうしたものかと頭を悩ませているところに、事件が起きた。
城に凶悪な黒い竜が現れ姫を連れていったのである。
何としても姫を連れ戻したいと考える王に将軍が前に進み出て言った。
「吾輩が姫を必ずや連れ戻してご覧に入れましょう」
「うむ。そなたなら達成できるであろう。任せた。それでどれぐらいの兵隊を用意するつもりじゃ」
「吾輩のみで参りまする」
「なんと……」
季節は秋。寒さが迫る中、ジャドウ将軍は愛馬に跨って単身で黒竜の住処へと乗り込んだ。兵隊を連れていかなかったのは部下を犠牲にしたくなかったからだ。
白く豊かな髪と髭を風に靡かせ、銀の甲冑を日の光で輝かせながら将軍は名乗りを上げた。
「黒き竜よ。姫君をお助けすべくジャドウが参った。勝負願おう」
「貴様、ひとりで俺を相手にするつもりか?」
「吾輩では不足ですかな」
「いいだろう。相手になってやる」
姫は金色の鳥かごに入れられていた。ジャドウの姿を確認すると目からいっぱいの涙を流して喜んだ。
「ジャドウ様!」
「姫君、今、助けますぞ」
老騎士は剣を抜いて勇敢に戦った。その強さは獅子の如き。黒竜と互角の戦いを演じ、どうにか竜を撃破し姫を鳥かごから救い出すことができた。
しかし、彼は脇腹に重傷を負い血がドクドクと流れ続けていた。
姫が駆け寄るもジャドウは倒れ、虫の息だ。
「ジャドウ様、しっかりしてくださいませ!」
「吾輩はもう持たないでしょう。姫君、あなたは若い。どうか吾輩のような老いぼれではなく、若く美しい男と結婚し幸せになるのです」
「嫌! わたくしはジャドウ様をずっと慕い、愛していますもの!」
「愛しているのならば、吾輩の最期の頼みを聞いてくれますな」
「ええ。なんでも」
「最期の姿を見られたくないのです。どうか、山を下りてください。吾輩の配下がきっと姫君を探しておりますぞ」
「……わかりました」
姫は彼に口づけをして振り返ることなく駆けていった。
その背中を見て老将軍は微笑し、その生涯を終えた。
山を下りた姫に兵隊たちが駆け付け言った。
「姫様、よくぞご無事で。将軍は?」
姫は嗚咽混じりながらに答えた。
「立派な最期でした」
おしまい。