触手お姉さんに癖を壊されちゃった少女
思い出せば始まりは私、日比谷朝顔が小学生低学年の頃でした。
自分でいうのも恥ずかしいですが、年齢にしては賢い方だったみたいで、親族を含む周りがまつり上げて、私に家庭教師を付けました。
家庭教師に来たのは20歳前後の大学生のお姉さんで、初めて会ったときの印象はとても美しい人だな~という人並みなものでした。
「はじめまして、浅羽日奈といいます。」
俗世離れした落ち着きのある優しい雰囲気、両親も安心して任せられると思ったのでしょう、この人が小学生の間の家庭教師になりました。
子供の扱いに慣れているのか、適度にくだけた感じで接しながら、順調に内容を進めていきます。
「おわった~。ねぇ、ご褒美頂戴。」
ご褒美といいながら彼女に対して抱き着いたり、まるで自分の姉のような存在になって、自身のもっとも安心できる場所になっていきました。
ある日の夜、それはほんの出来心だったんでしょう。彼女が忘れ物をしていったので両親に、
「届けてくる!」
と一言だけ告げて、静止する声を聴きもせず、彼女を追いかけていきました。
このまま渡せばいいものを、私は彼女の後ろ姿を見つけるとそっと後をつけることにしました。
そうして、気づかれることなく彼女の家らしき場所まで来てしまって、
(どうしよう、このまま渡したらつけてきたってばれちゃうし)
などと渡せないまま家の手前でまごついていると、彼女は家の扉を開けて家の中に入って行ってしまいました。
今思えば、この時の彼女の表情はすでにいつものものとは違う、明らかに冷たいものーーーそのことに気づいていれば残念ながら今の私はいなかったでしょう。
家の窓のあたりでじっとしていると、明かりがつき声が聞こえてきます。
どうしても距離等の影響で内容の一部はとぎれとぎれのものでしたが、
「~~はい、順調です。バイトのほうも、単純な生徒で適当にやってれば苦も無く終わりますし、正体がばれることもないでしょう。」
持っていた忘れ物がコトンと地面に落ちます。
幸い気づかれることはありませんでしたが、立ち尽くしている私の前に彼女の窓越しの影が映ります。
その感情を消化する間もなく、窓先に影をおとす一人の立ち姿が目に入り。
「えっ」
それはスラっとしたいつもの姿ーーーではなくその首下あたりから、ゆらゆらとうごめく何かが伸びていました。
「ええ、わかっています。それではまた。」
そういって電話を切る。
先ほど落としたものがギリギリ窓から見える範囲だったのだろう、窓が開けられる。
じりじりと後ずさる朝顔の目の前に、一本の緑色の何かーーー否、触手が伸びそれを拾う。
「あれ、庭に持ち出したっけ、まあ、いいか。」
疲れていたのかそのまま家の中に入り、生活音が聞こえてきます。
その後の記憶は定かではありません。
確か家に戻り、両親に心配されたような気はします。
いろいろと言われたような気もしますが、どうだったでしょうか。
そのまま、目が覚めると次の日の朝。
ここでようやく、自身の経験を消化できたのでしょう。
先ほどまであった喪失感のようなものが薄れてきます
それにとどまらず、あの超常的な事態を前にまともではなかったのか、むしろ自身の内に広がる熱を感じました。
いつもの優しい姉の本当の姿を自分だけが知っている優越感。自身の中でのショックは完全に塗りつぶされ、本当の姿をもう一度見たくなったのです。
あれは自分の価値観を破壊するのには十分な刺激的体験でした。
それだけか、はたまた独占欲かはわかりませんが、次の週の行動は明らかに危機管理能力の逸脱したものでした。
「お姉さん。」
「なに、今日はいつにもましておりこうさんじゃない。」
そう言い終わるか否か、お姉ちゃんの足元まで這って行って、
「ねえ、触手の姿見せて。」
そういった瞬間、彼女の空気が変わりました。
「な、なにを言ってるの、アニメの見過ぎだよ。現実じゃ...」
「アニメじゃない現実。その首からぶわって広がるような緑のやつ。」
体を刺すような恐怖が命の危機を知らすために体中をめぐります。
「へぇ、見たんだ。でも、それを言ったら、」
その瞬間口を触手でふさがれ、首に触手が巻き付きます。
「こうなることもわかってたんじゃない。」
それでも、私は行動をやめず、彼女に身をゆだねそのまま抱き着きました。
「は?」
突然の行動に、触手の制御が緩みます。
「私、今のお姉ちゃんぞくぞくしてとっても好き。」
「そう。でも、この触手は」
バキッ、新たな触手が生えてきて、机上の鉛筆をあっさりと貫き、他の触手も再び、制御を取り戻しました。
「触れるだけで、ほら。首を抑えてるこの触手も、一秒もあればあなたの首を粉々にすることもできる。」
自分が今にも殺されそうとしているのに、おそらくあの時は
「なのに、なんでそんなうれしそうな顔してるの。」
そういうと、口をふさいでいる触手を外してくれて、
「...少しだけ話を聞いてあげる。大きな声を出したら、すぐにその首を折るから。」
「私、お姉ちゃんが自宅で話してるの聞いたの。そのあとの触手の姿も。最初はすごく怖かった。これまでの行動はすべて演技だったんだって否応もなく否定された気がした。」
さらに言葉を重ねました。
「でもね。美しい、こんな姿があのお姉ちゃんの下に隠れてるんだって思ったらもういてもたってもいられなくて、もっとその姿を見たいって思っちゃたの。あ、当然普段の姿が嫌いってわけじゃなくて、そのうえで...」
「はぁ~~~~。もういい、わかったわ。信用はできないけど。」
そういうと、触手が仕舞われます。
「本当に残念そうにするのね。まあいいわ、本当にせよ嘘にせよ、いますぐ助けを呼ぼうって風には見えないし。それで、誰かにこれのこと言った?」
「言ってないよ。だって、これは私だけが知っているべきことだもん。」
「そう。」
悩ましい顔をしながら、私の方を見てました。
「いったん見逃してあげる。だけど、もし誰かが私のことを知っていた場合、真っ先にあなたを疑いそして殺す。そのことだけ肝に銘じて置いて。」
「これでこの話はおしまいにして、授業をって...感じじゃないんだよね。今更、切り替えるのも...あぁ~~~、」
天上を仰ぎ、何か決心をしたのかいつもの感じに戻りました。
まあ、一対一の時もう隠そうとしていない感じはあったんですけど。
その出来事の後、学年が二年、三年と順々に進んでいくにつれて、成績も上がり進学校へ進むことになりました。
家族にもいつも褒められてました。
そしてなんといっても...
「ねえ、全部満点、成績もオール5。だからさぁ。」
そういって上目使いでお姉ちゃんに頼み込みます。
「はぁ。こっち。」
お姉ちゃんの元に誘われるがままに、抱き着き、全身が触手に絡み取られます。
自分だけが独占してる、私だけが...っていう感覚。
今にも殺されるかもしれない。駄目だってわかってるのに癖になる感覚。
「本当、意味が分からない。これで成績を上げてくるとか。」
あの出来事のあと、いろんな方法でお願いしても一度もあの姿になってくれることはありませんでした。
でも、どうやらお姉ちゃん家庭教師としての実績は欲しいみたいで、だから、すべての結果が満点だったらていうおねだり。
すごく気が進まなそうだったけど、この条件でなら定期的にやってもらえます。
「ねえ、もし私が大人になったら私と結婚しよ。」
「別に好きにすれば。大人になったらきっと黒歴史になってるでしょうけど。」
凄く投げやりな感じでしたが、こうやって約束も取り付けました。
その後、小学生の生活が終わり、寮に入ることになりました。
お姉ちゃんと離れてると全くやる気がわかなくて、でも、一緒に暮らせるように頑張らなくちゃいけないから大変で。
いろいろ工夫をしてやる気を引き上げて、将来の目標を見据えて進めていきました。
そうして、時がたち"今"目の前にお姉ちゃんがいます。
姿は昔と大差ない。普段はもう少し違う見た目にしてるみたいだけど、今は家の前だからでしょう。
「久しぶり。」
そういうと、露骨に警戒心が上がり、空気が張り詰めます。
少しずつ近づいて、手が届く範囲になった瞬間、手足と首が触手につかまれる。
いつでも口をふさげるように手を添えているのが分かります。
「懐かしいね。ああこれ、最初と同じ構図だ。やっばい、久しぶりの摂取で頭飛びそう~~。あぁ...でも、話さないと。」
「何を言ってるの。あなたは誰、目的は?」
全身を悶えさせてるわけにもいきません。
「覚えてないの?私だよ。朝顔。昔、家庭教師として来ていたあなたと同じように問答をして、」
お姉ちゃんも思い出したのだろう、力が弱まり、逆に疑心と驚愕が強まっているのが私にはわかる。
「そうそう、その朝顔。でね、約束を果たしに来たんだよ。じゃあ、改めて」
私と結婚してください。
今や、お姉ちゃんと同じくらいの見た目になった私からの発言で混乱しているのだろう。
表情やしぐさが安定していない。あ、いつもの癖も出てる、かわいい。
「...ごめ、」
「する。」
何を言おうとしているかなんてわかり切ってる、だから...
「えっ、だから、ごめ、」
「する。しないなんて選択肢はないの。」
す~~っっと息を整えて、
「もし、してくれないなら、全部ばらすよ。」
こうなると分かってた。絶対にこの手は使いたくなかった。
でも、やらなきゃ、そう決めた。
「なら、殺すよ。」
「無理でしょ。もし殺すなら、さっきの時点で確実にしてる。だから、これは賭け、私と付き合って。」
「...」
彼女は無言で去ろうとする。
私も彼女の後をつける。
「諦めて。」
彼女が家の扉を開ける。
「諦めない。私は、お姉ちゃん以外愛せない、お姉ちゃんがいない人生なんていらない。」
鍵が投げ渡される。
「家の出入り。それだけなら許すわ。だから、あなたもそれで満足しなさい。」
「わかった。」
予想以上にあっさり承諾していると思っていると思うけど、違う。
「じゃあ、その間にお姉ちゃんを私に惚れさせるね。」
「勝手にしなさい。」
投げやりな返事、それでも私は嬉々としてお姉ちゃんの家に通うようになった。
一年たつ頃には、もうそういう背景として受け入れたんだろうか、自然と会話もするようになった。
「飽きないわよね。ちょうど一年、一年よ。なんで、そんな私がいいのよ。」
「そうやっていいつつもちゃんと相手を見てるところとか、こうした私生活でも一挙手一投足がかわいいとか...」
「あぁ、やっぱいいわ。いつものが始まるのは御免よ。」
「えぇ~~。いくらでも語れるのに。」
ふと何かに気づいたかのようにお姉ちゃんの動きがとまる。
「そういえば、今思ったんだけど、なんで私の家知ってたの?」
彼女からの疑問に私も動きが硬直する。
「いや~、それは、」
「っていうか、引っ越しも連絡してなければ、名前も変えてるし、戸籍もいじった。」
つーーっっと嫌な汗が流れる。
「あのですね。怒らないでほしいですけど。実はすこーし後を付けたというか。」
「まさか、時々私服が消えてたりしたのって、」
「いやぁ、あれは返そうと思って返すタイミングが間に合わなかったりして...」
「あなたの仕業じゃない。」
「すみませんでしたーーー」
「まあ、でも、なんか、そっか...」
どうも怒っている雰囲気じゃない。
「あれ」
「そんなにかぁ。」
彼女が顔をはにかませた次の瞬間、私の全身が抱きしめられているのがわかる。
「これ好きだったでしょ。」
「うぇ...なん、で、」
「負け、私の負けよ。付き合ってあげるわよ。」
涙がこみ上げる。
もう無理だと。きっと一生片思いのままだろうと思ってたのに。
「さすがに、ここまで愛されて、好きにならないことなんてないわよ。まあ、手段は選んでほしかったけどね。」
諦めて押し込んでいた思いが堰を切ったようにあふれだす。
「一緒に入れればいいと思ってた。こうして話してさえいれれば。でも...でも、やっぱり私も愛してほしいよぉ。」
その日は泣いた、一日中泣いていたかもしれない。
最愛相手が目の前にいて、そしてこれからも一緒にいられる。
そう思うと、もう私にはどうにもできなかった。
(後日談)
これはある昼下がり、二人でリビングでじゃれあっていた時のこと。
「そういえば、口調変えないんだね。」
「なんか、あんたにはこうやって話すのが定着しちゃってて。」
そういい、照れている表情が見える。
「本当はもっとデレたいくせに。」
「うるさい。仕舞っちゃうわよ。」
そういって、私の頭をなでていた触手が引き上げられる。
「まって、ごめん、冗談だから。」
素直になってくれないなぁ、と思いつつ、そんな姿もかわいいと今日も彼女に抱き着く。