追放される奴にはそれ相応の理由があった話 ~追放によって覚醒した力は、一生の物では無かった~
7作目です。
よくある追放物ですが、タイトル通りの内容です。
よろしくお願いします。
誤字報告ありがとうございました。
おかげでとても助かります。
今日は朝から憂鬱な気分である。
何せ、これまで一緒に戦ってきたパーティーメンバーを首にするんだからな。
俺の名はガーシュ。
冒険者パーティーである『輝く刃』で前衛の戦士を勤めている。
『輝く刃』は俺と、同じく前衛を勤める女剣士アリーザと、後衛の魔術師エリアと、同じく魔術師トロンの四人パーティーだ。
俺達は今日、魔術師トロンに、パーティーから首にすると通告する為に集まった。
因みに冒険者とはこの世界に無数に存在するダンジョンという不可思議な空間で、ダンジョンアタックと言う探索や魔物の退治を生業とする者達である。
勿論、それ以外の事もやるが、まぁ色々やって生計を立てる者達の総称が冒険者であると言って良い。
事の起こりは、ダンジョン内での戦闘での出来事だった。
俺達パーティーは最近になって、金級へとランクが上がった。
冒険者にはランクが存在しており、下から、石、鉄、銅、銀、金、白金、金剛とある。
上から三番目、冒険者としては一流の仲間入りと言った所だ。
そのスピード出世から、冒険者ギルドの中でも俊英と言われた俺達だが、実は戦力的な穴がある。
それがトロンだった。
元々、『輝く刃』はアリーザとトロンの幼馴染コンビが始めたものである。
冒険者デビューして右も左も分からない二人に、偶々居合わせた俺が、冒険者としてのイロハを教え、それが縁でパーティーを組む事になった。
その後、流れの魔術師だったエリアが、アリーザに一目惚れ? して、『輝く刃』は結成された。
因みにエリアはエルフ族の女だ。
当時俺は銀級で、エリアは銅級だった。
俺達はそれぞれ、自分の得意分野をアリーザとトロンに教えたんだが……アリーザは剣士としての才能があったが、トロンには前衛としての才能は無く、辛うじて後衛の魔術師としてやっていける程度だった。
それでも一生懸命努力して、魔術師としてそれなりのモノにはなっていた。
だが、銀級に上がったころから、アリーザとトロンの力の差が決定的までに広がってしまった。
銀級からは対処する魔物も格段に強くなっており、そんな環境でアリーザはその才能を開花させてきた。
それまでは努力で何とかアリーザの後ろに付いて来ていたんだが、トロンの方は残念ながら、そうはならなかった。
日々強くなっていくアリーザと違い、トロンの成長は非常に緩やかだった。
決して伸び悩んでいる訳では無いが、アリーザには及ばず、俺やエリアとも引き離されていった。
元々、エルフ族であり魔術師として高い能力を持っていたエリアと、冒険者として一日の長がある俺なら兎も角、同じ時期にデビューした幼馴染のアリーザとの差に、トロンは悩んでいた。
俺の目から見ても、トロンは努力していたし、パーティーの雑務をこなしたりと頑張っている姿を見ていたので、何とか力になりたかったんだが……。
トロンがアリーザに惚れているのは見て分かるし、アリーザも満更では無かったハズだ。
だが、金級に昇格して、トロンを首にすると決めたのはアリーザだった。
金級昇格後初のダンジョンアタックをしたのだが、その戦闘の中でトロンは大怪我を負ったのだ。
これまでは俺やアリーザがトロンのガードをしていたのだが、金級の魔物の強さは銀級の比ではなく、一瞬の隙を突かれた結果だった。
幸い命に別状はなかったが、この戦闘の結果を踏まえてトロンをパーティーから抜けさせる話となった。
トロンは俺達のパーティーの中では明らかに足手纏いだった。
後衛とは言え、自分の身はある程度守れない様では話にならない。
エリアはその点、ちゃんとそれが出来た。
だが、トロンはそうではなく、常に俺とアリーザが付かなければならず、エリアもフォローをしていた。
そんな状態でも、かなりのスピード出世が出来たのは、単にアリーザとエリアの力が大きい。
しかしながら、それが出来たのも銀級までだった。
金級ともなると、そう簡単にはいかない。
先の戦闘でそれを痛い程理解出来たアリーザは、トロンの為に首にする事を決めたのだった。
俺もエリアも反対する事は無かった。
「トロン、貴方には悪いけど、今日でこのパーティーから抜けて貰うわ」
アリーザが感情を込めない淡々とした口調でトロンに首を告げる。
彼女としても断腸の思いなのだろう、感情を殺しているのが分かる。
最初は年長者の俺から告げると言ったのだが、ケジメとしてアリーザ自ら幼馴染に引導を渡すという事だった。
「なんで……なんでだよ、アリーザ! 僕は……」
幼馴染からの首宣言に驚きの声を上げるトロン。
病み上がりでいきなりこんな事を言われるのはショックだろうけど、理由はちゃんと理解出来るだろ? と思う。
「貴方の実力ではこの先やっていけないわ。私達にも余裕が有る訳じゃない。足手纏いは必要ないの」
食い下がるトロンにキッチリと首の理由を告げる。
かなりハッキリと言ったな。
もう少し言葉を濁すと思たんだが。
「……ッ。そりゃ足手纏いになってるのは分かるさ。でもその分、他の事で頑張って来たよね? なんで……どうして」
あー、確かに戦闘で役に立たない分、日々の雑用はやってくれたし、その点では結構助かってたかもしれん。
だがなぁ……それはそれなんだよな。
「トロン。私達に必要なのは冒険者としての実力よ。雑用とか、そういうのは自分達で出来るし、専用のスタッフを雇えば良いだけよ」
確かに金級となれば、余裕で雑用係を雇えるな。
「でも、でも!」
うーむ、力不足を理由にパーティーを首になるなんて珍しい話でもない。
それに自分の力不足を理解しているなら、さっさと受け入れろよと、ゴネるトロンを見て最初は同情的だった俺も、ちょっと苛立ってきた。
そして俺以上に苛立ているのがエリアだ。
「いい加減にしなさい! アンタは、アタシ達にとって邪魔でしかないのよ!」
ド直球で言ったーーーー。
エリアの厳しい言葉を受けたトロンは、縋るような目で俺を見る。
「あー。正直、アリーザとエリアの言う通りだと思う。俺としても、最低限の力が無い奴が、パーティーにいるのは御免被りたいのが本音だ」
中途半端に情けを掛けても意味がない。
ここはハッキリと言わせてもらった。
俺達の言葉を受け、項垂れていたトロンが顔を上げた。
「……そうかよ。よーく分かったよ! お前達の事がッ!」
何時もとは違う怒りと憎しみを混ぜ合わせたような声色でトロンは叫ぶ。
「後悔させてやるよおッ! 僕を追放した事をなあッ!」
昏い目つきでそう宣言したトロンはこの場から出て行こうとする。
「待てトロン。これまでやって来たパーティーの共有資金を渡しておく」
危うく退職金を渡し損ねる所だった。
トロンは金の入った袋を忌々し気に睨み、引っ手繰る様にそれを受け取って出て行った。
「……ッはぁ……。すまない、トロン……」
幼馴染を首にした事の罪悪感にアリーザも相当参っている様だ。
気分転換に酒でもって訳には行かんな。
「無理するなよ。アリーザ。今日はもう休んでおけ」
「……うん。そうさせて貰うよ」
そう言って項垂れながらアリーザも出て行った。
「エリアも今はそっとしておいてやれよ?」
アリーザの後ろを付いて行こうとしていたエリアに釘を刺す。
「チッ、分かったわよ!」
コイツ……弱ったアリーザに迫る気だったのか?
人にどうこう言うつもりは無いが、少しは空気読めや。
「あー、とりあえず俺はどうすっかな。飯でも食いに行くかね?」
「それならアタシも行くわ。あの無能の追放記念として乾杯しましょ!」
「お前、トロンにはホント当たりがキツイな。以前はそうでも無かったのによ」
「あんな愚図、追放されて当然よ。アリーザが庇わなければとっくの昔に追い出してたわよ!」
ホント嫌われてるな、トロンの奴。
何でだかわからん。
折角だし、飯食うがてら理由を聞いてみるか。
こうして俺とエリアは、近くの酒場で飲み食いする事になった。
「でだ、なんでお前はトロンの事を嫌ってたんだ? そりゃ足手纏いだったり、お前の愛しのアリーザと幼馴染だったりと嫌う要素はあったけどよ。最初は違っただろ?」
「別に……アレの本性がクズでアリーザに相応しくないからよ」
「クズって……俺にはそうは見えなかったんだけどな。一生懸命頑張ってたし」
「そんなのは表面的な物よ。アンタも知ってるでしょ。アタシの『真実の目』の事を」
『真実の目』とは魔術的能力を持った特別な目、所謂魔眼と呼ばれる物の一種だ。
対象の本質を見抜く能力を持つと言われている。
人の隠したい性質すら見抜くので、この力を忌避する輩は多い。
故にエリアはこの能力を大っぴらに明かしていない。
今だって認識阻害術を使って、俺達の会話が聞き取れないようにしている。
「それでトロンの本質を見たってか? その目、嫉妬で曇ってませんかね~?」
「そんな訳ないでしょ。アリーザと同じだったら、アレを追い出してたりはしないわ!」
エリアがアリーザに一目惚れしたのは、『真実の目』でアリーザの本質を見た事が原因だ。
普通に百合趣味という訳ではない。
つまり、トロンもアリーザと同じであるならば、同様に惚れ込んでいたという訳である。
「確かにそうだわな。つー事はマジでトロンって……あー、俺って人を見る目が無いな」
「表面上は良い人ぶってるだけに、普通のヒトは分からないものよ」
「うーん、でもなー。それなりに長く組んでた仲間を、余り悪く言いたくないんだよ……」
「そう? さっきのアレの捨て台詞を聞いてもそんな風に思えるの? 人が好過ぎない?」
「うん? そうか? いきなり足手纏いだから首なんて言われたら、アレくらいは言うだろ? 俺だって……多分、きっと」
「断言するけど、それは無いわ。アンタもアリーザも同じ立場になったら、それを素直に受け入れるわ。それまで足手纏いになっていた事の謝罪と、これまでの感謝を伝えてね」
……嬉しい事を言ってくれるね~。
そういえば、昔の俺もそんな事をしたっけか。
アイツ等、元気にしてっかなー。
「でもアレは駄目ね。自分が足手纏いになってた自覚がある癖に、これまで迷惑をかけた事と守って貰ってた事への謝罪と感謝の言葉も言わずに、恨み言めいた捨て台詞を吐いて出て行くんだから」
「言われてみればそうかも。愚図愚図してたところに、俺もちょっとイラっと来たしな」
「雑用を頑張ったって言ってたけど、それに何の意味があるの? そんな時間があるなら、もっと必死に修行してアタシ達に少しでも追いつくようにすべきでしょ」
「まぁ、な。いやでも、雑用は大事だぞ」
「それは個人個人でやるか、パーティー一緒でやればいいでしょ。アレが一人でやってたところで、細かい所を把握してないといざって時にミスが起きるわよ!」
「う……それは確かに」
ここ最近雑用を任せっぱなしで、回復薬やその他諸々の細かい所の確認が、お座成りになってる自覚はある。
そういった見逃しが積もり積もって、最後には崩れるのが世の常だ。
「アレは本来自分がやるべき努力を放棄して、楽な方に流れてるだけなのよ。それでいて自分はしっかりやってるなんて思い込んでいるから滑稽だわ」
「日々の雑務は逃避行動でしかないって事か」
「そうよ。自分の弱さに背を向けて、本質からも目を逸らして行くようなクズ。それがアレよ」
「厳しいねぇ。でも、言っちゃ何だが、弱い奴ってそういうものだろ?」
「唯の弱者ならね。でも金級冒険者にはそんな弱者はいらないでしょ」
「……御尤もで」
「それにね。それだけならまだマシなのよ。アレは唯弱いだけじゃないの。心の中に汚物を抱えた一級のクズなのよ」
「まだあるのかよ……」
「アレは表面上は良い人ぶって真面目に頑張ってる風にしているけど、心の中は劣等感と嫉妬心、自己顕示欲の塊よ」
「それは別に誰にでもあるだろ」
「普通のヒトならね。ただ、アレは底なしなのよ。どれだけ満たされても決して満足出来ない。心の樽の底が抜けてるのよ」
「……マジで?」
「マジよ。アレが無能だから良かったものの、何かしらの力なり大金なりを持っていたら、それに溺れて奈落の底まで沈むタイプね」
「そこまで酷いんかい」
「更に暴走して、周囲に迷惑を掛け捲る事、請け合いね。存在自体が災厄に成りかねないのよ。無能だから無理だけど」
「いくら嫌いでもそこまでクソミソに貶すのはどうかと思うけど……『真実の目』がそう捉えたって事か」
「そうよ。言っておくけど、アタシだって最初から見限ってた訳じゃないのよ? ちゃんと正しい道に進めるように指導してたわ」
「そこは俺も信用してるよ。付きっ切りでちゃんと教えてたし、出来ない事を叱るよりも、出来た事を褒めて伸ばそうとしてたし」
「そうね。褒めて伸ばす事で成長を促して来たわ。でもね、アレは褒めた所でそれを素直に受け取らない。上から目線で偉そうにするなって取るわね」
「ええ~?! マジでかよお……」
「厳しく叱っても同じよ。ねえ、アタシどうれば良かったのかな?」
「……」
正直何も言えないな。
要は全てを悪意を持って受け取ってるって事だろ?
「あー、んじゃ俺の言う事も同じように受け取られていたのか?」
「Exactly」
「F〇CK!!!」
何だよそれ……今までのトロン像が崩れていくんだが。
ってか、アイツ俺達の事そう思ってたのかよ。
「……アリーザの事はどうなんだよ?」
「恋愛感情みたいのは持ってたわよ。アタシのと違って肉欲と下心満載だけどね」
下心についてはお前さんも人の事言えないと思うが……。
「酷過ぎてアリーザには知られたくないな。幼馴染の本性なんてよ」
「アタシとしてはさっさと伝えたいところなんだけどね。アリーザが悲しむから言わないけど」
そのくらいの気遣いはするんだな。
「ま、もう忘れましょ。追放した奴の事なんてどうでも良いわ」
「……そうだな。ただ、一つ聞きたいんだけどよ。アリーザは分かるけど何で俺に対してこんなに話してくれるんだ? 色々溜め込んでいたのは分かるが」
「アンタなら話しても大丈夫だからよ。アタシの『真実の目』がそれを見ているの」
「……信用されてるようで何よりだ」
色々話した所で今日の追放の話は終わり、後はゆっくり飯と酒を楽しんだ。
一夜明け、新生『輝く刃』として再出発する朝だが、アリーザの表情は暗かった。
まぁ、本性はアレでもアリーザは知らなかったようだし、長年組んでいた幼馴染を追い出した事を気に病んでいる様だ。
だが、冒険者としていつまでも引き摺るのは良くない。
ここは一つ、発破をかけてやらんとな。
「よう、アリーザ。元気ねーな? いつまでも落ち込んでてもしょーがねーぞ。今日から三人でジャンジャンバリバリ稼ぐんだからよ!」
トロンを追い出す際に、これまでの慰労金としてパーティー資産のキッチリ四分の一を渡したからな。
「……ガーシュ。そうね、その通りだわ」
とは言うが、やっぱり覇気が無いな。
こんな調子じゃあ、依頼も上手く行かん。
何とか立ち直って貰わなにゃあいかんな。
「おっはよー。アリーザ。今日も可愛いわね。でも、笑ってくれてるともっと良いわよ?」
エリアが来た。
朝から随分とゴキゲンだな。
昨日言いたい事を全部吐き出したから、スッキリしたようだ。
アイツも居なくなったしな。
「おはよう。エリア。ごめんね。まだちょっと引き摺っているみたい」
ハイテンションなエリアとは対照的に沈んだままのアリーザ。
ふぅ……しゃーない。
ちょっと荒療治で行くか。
「シャンとしろよアリーザ! そんな事じゃあこの先やって行けないぞ! トロンには俺達に付いて行ける程の力が無かった。それだけの話だ」
そもそもトロンが弱かったからこうなったんだわな。
「このまま一緒に居ても、アイツが死ぬか、引き摺られて俺達も落ちるだけだ。それとも銀級に戻るか? それならトロンが居てもまぁ、何とかやれるが?」
俺の言葉に、アリーザは即反応した。
「駄目! そんなんじゃ、今まで頑張って来た意味が無くなる……」
「そーそー。私達はもう走り出したのよ! 立ち止まって後ろを振り返るのまだまだ先の事! 今は目の前の事に全力で取り組むの! 大丈夫よアリーザ。貴方なら駆け抜けられる! 私の『真実の目』はそれを見ているの!」
「んじゃ、辛気臭い話はこれで終わりだな。これから頑張って行こうぜ!」
こうして俺達は気持ちを新たに、前を向いて歩いて行く。
今日、この日、俺達は本当の意味で上級冒険者としての第一歩を踏み出したのだった。
トロンは怒っていた。
自分を捨てた元パーティーメンバーに。
確かに自分は足を引っ張ってたという自覚はあった。
だが、足りない所は別の所で補おうと努力はしていた。
それを認めてくれない彼女達に対して、どうしようもなく腹が立った。
「僕はこんなに頑張っているのに!」
トロンとしては頑張っているのに認めてくれない事に苛立っていたが、元パーティーメンバーからすると努力の方向を間違えているに過ぎなかった事に気付かない。
更に言えば、それは逃避行動である事にも。
「アリーザ……いつも一緒だったのになんで僕を捨てるんだよ……」
幼馴染で最初にパーティーを組んでいた少女に思いを馳せる。
メンバーとして幼馴染として、アリーザはトロンを大切に思っていたが故に、実力に合わない冒険者家業で彼が死ぬ事が無いよう、敢えて彼を首にしたのだがトロンはそう思わなかった。
「エリアとガーシュ……アイツ等がアリーザを騙したんだな!」
騙すも何も、冒険者として実力不足な者がパーティーから解雇されるのは当たり前の話である。
ガーシュはまだしも、エリアは銀級の時点でトロンに見切りを付けていたが、アリーザがトロンの可能性を信じていたから彼を残していた。
それでも金級最初のダンジョンアタックで、これ以上は無理だと思ったから今回、この様な結果になった。
「クソ……クソッ!!」
苛立つトロン。
思えば最初からガーシュとエリアの事は気に入らなかった。
折角アリーザとコンビを組んでやって行こうと思ったのに、いきなりしゃしゃり出て来てそのままパーティーメンバーに収まったのだから。
トロンにとって、彼等は頼れる仲間というよりは、後から割り込んできた邪魔者という認識が強く残っていた。
アリーザが了承したから仕方なく受け入れた、唯それだけである。
一応先輩冒険者であるので、そのノウハウを吸収して用さえ済めば何時でも別れると思っていたが、ここで想定外の事が起きた。
あくまでトロンにとってだが。
それはトロンには自分で思ったほどの才能が無かった事だった。
同期のアリーザがどんどん強くなっていく中で、自分はそれ程大きく成長出来ていなかったのである。
こんなはずじゃなかったのだ、トロンにとっては。
直ぐに一流の冒険者に成り、アリーザと一緒に二人だけのコンビになるハズだったのに、自分だけが置いて行かれそうになった。
トロンは努力した。
業腹だが、自分よりも魔術に精通するエリアの指導を受けた。
思った程の成長が見られない。
エリアの指導法が悪いんじゃないかと疑い、自己流で鍛錬した。
この自己鍛錬がガーシュの見た努力である。
結果は芳しくなかった。
反対にアリーザはガーシュの指導でみるみる成長していた。
銀級になる頃には完全に差が広がり、トロンは足手纏いになった。
それから自分に足りない所を日々の雑用で埋める等、努力したのだが、金級初の依頼で大怪我を負い、漸く復帰した所で今日、お払い箱にされた。
「今に見ていろ……僕を捨てた事を後悔させてやる! アリーザ! お前もだッッッ!!」
こうしてトロンは自分を追放した元パーティーを見返す為、奔走する。
それが後に大事になる事に、誰も……当のトロンすらも思っていなかった。
「ひぃぃぃぃッッッ!!!!」
トロンは追われていた。
元パーティーから支払われた退職金で装備を整え、単身彼は銅級冒険者のダンジョンアタックに挑んだ。
曲がりなりにも金級となった自分なら、装備さえしっかりしていれば、銅級ダンジョンくらい一人で走破可能だと思ったからだ。
ここで彼は大きな勘違いをしていた。
金級冒険者となれば、単身で銅級を走破出来る実力者は多く存在する。
だが、ランクは同じでもその実力はピンキリで、向き不向きもある。
元パーティーのお零れで金級へ上がりかつ、魔術師タイプのトロンに銅級をソロで走破する程の実力など無かった。
「なんで……なんでこうなったんだ?! こんなはずじゃ無かったのに!」
道中で複数の銅級魔物を魔法で一掃した。
これで自信を付けたトロンは更にダンジョンの奥へと向かう。
そこで襲い来る魔物達を倒していた。
強力な装備の助けもあり、順調だった。
最奥一歩手前の所まで来た所で、魔物とエンカウントした。
数匹程度なので一気に片付けようとして魔法の詠唱に入った所で、後ろから奇襲を受けたのだ。
魔物とて全てが正面から戦う訳では無い。
時には冒険者の隙を伺い、背後から奇襲をする魔物も存在する。
故に冒険者はそれを警戒しながら先に進むのである。
偵察や奇襲の警戒を担当するポジションを専任する冒険者も居る位、重要な事なのだが、トロンはそれを失念していた。
そこら辺はガーシュやエリアが、勘や魔法探知で行っていた事もありトロンはそれを頭から消し去っていた。
最初の奇襲は装備のお陰で軽傷で済んだが、魔法を発動する触媒としての武器である杖を落としてしまった。
慌てて拾おうにも魔物に阻まれていた。
魔術師の杖は魔力の増幅装置であり、これの有る無しで威力が大分変わるのだ。
特に質の高い杖となると、マッチ棒程度の火を松明の火に変える位に威力を上げる。
トロンが銅級とは言え、魔物を相手に無双できたのはこの杖の影響が大きい。
それを失ったトロンに、魔物の群れを倒す力は無かった。
結果、彼は敗走する事になる。
尤も直ぐに囲まれたが。
「チクショウ! 来るな! 来るなあッ!!」
強力な防御効果を持つ防具を装備しているので、即死する事は無いだろうが、魔物に蹂躙されるのは目に見える。
誰か他の冒険者が来てくれれば助かるのだろうが、最奥近い場所となると、これから銀級に成ろうという実力者以外はそう現れない。
更に悪い事にこのダンジョンは所謂不人気なダンジョンであった。
敵が多く出る割にアイテムのドロップが少ないからだ。
アイテムよりも戦闘経験を積みたい者にとっては良いのだろうが、別にここじゃなくても魔物は湧いてくるので、結局訪れる者は少ない。
トロンが此処に潜ったのは、金級冒険者を追放された自分の姿を他者にあまり見られたくは無かったからだ。
曲がりなりにも金級が、2ランクも下のダンジョンに潜るという事の外聞の悪さも手伝っていた。
仲間を募って銀級で修行しない辺りが実にトロンだなと、エリアがこの状況を見れば思っただろう。
「こんな! こんな所で終わるのか?! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だーーーーーー!!!!」
喚くトロンに迫る魔物達、此処でトロンは終わるはずだった。
「え?!」
その時奇跡が起こる。
絶望の淵に立たされたトロンの身体に、これまで感じたことが無い力が湧き上がった。
凄まじい力だ……杖を持って魔力を集中した時よりも遥かに上の力が、身体中を駆け巡っている。
「破ぁッ!!」
その力を腕に集中し解き放った。
強力な魔力弾が魔物の群れを吹き飛ばした。
通常魔法を撃つには杖に魔力を集中し増幅させる。
そして呪文を詠唱する事で任意の魔法を発動させるのだ。
火、水、風、土というような属性魔法などがそうだ。
それ以外にも純粋な魔力の塊を放出する魔法がある。
さっき放ったのがそれだが、威力を上げるには当然呪文の詠唱が必要だ。
しかし、トロンは杖も無く詠唱も無いまま強力な魔力弾を放った。
触媒無しの無詠唱魔法である。
それが銅級とは言え、魔物の群れを吹き飛ばしたのだ、その力は凄まじい物であると言えよう。
「は……ハハハ! 僕に、こんな力がッ!」
嘗てないピンチに目覚めた強大な力。
此れこそが自分の真の力だとトロンは確信した。
残りの魔物を蹂躙し、先程落とした杖を回収したトロンは悠々とダンジョンを出た。
その顔は、自信を通り越して傲慢と言える相貌となっていた。
それからのトロンは正に無敵だった。
この力で以て元パーティーに返り咲こうとはせず、ソロで実績を上げて行く。
アリーザ達を後悔させ、彼女達から戻って来てくれと懇願させる為に。
結論から言うと、こんな考えを持った時点で彼は終わっていた。
自分の力をアリーザ達にキチンと見て貰い、その上でパーティーの復帰を志願すれば、彼の人生は金の如く輝いたかもしれなかった。
まぁ、それをしないような性根だからああなったと、エリアは言うだろう。
「お!? 噂のトロンじゃあないか!」
冒険者酒場にて、何時も通り俺達は依頼についての打ち合わせをしていた。
新しく入ったメンバーであるレッキィとも大分打ち解け、それなりに順調な『輝く刃』の面々。
そんな俺達よりも今話題になっている奴が居る。
元パーティーメンバーのトロンだ。
どういう訳か、とんでもない実力を得ていたアイツは、ソロで銀級ダンジョン走破をしたり、銀級の若い女性冒険者達を魔物から救ったりなどして、名声を上げていた。
それだけなら良かったんだが、その後アイツは俺達に不当に追放されたと吹聴しやがった。
お陰で俺達はあれだけの実績を上げたトロンを、劣等感と嫉妬心から追い出した、見る目の無い節穴パーティーなんて揶揄されるようになった。
丁度、元パーティーと揉めて行き場の無かったレッキィをメンバーに加えた事もあり、余計に俺達はそう見られたのだ。
先程、酒場に居る冒険者の誰かがトロンを見つけ、声を上げた。
俺はチラリとそこに目を向けた。
トロン……なんつーか、大分人相が悪くなってるな。
複数の女を侍らし、自信満々を通り越して他者を見下すような、嫌な笑顔で声を掛けた冒険者に挨拶を返している。
……言っておくが嫉妬から変なフィルターを掛けている訳じゃないぞ。
エリアは汚物を見る様な目でトロンを一瞥した後、顔を逸らした。
視界に入れるのが不快だとばかりに。
アリーザもトロンに対して、嘗ての親愛の情を感じさせるような目を向ける事は無かった。
失望の眼差しである。
レッキィはあからさまに嫌そうな顔をする。
加入時期にトロンが吹聴した追放話の所為で、色々言われたからな。
レッキィについては、トロンとは逆の立場で追放された。
当時銀級だったレッキィのパーティーは、実の所レッキィ一人の力で持っていたのだ。
斥候のレッキィが作戦を立て、偵察をして情報を集め、時には魔物に奇襲を掛けパーティーを有利な状況に導く。
八面六臂の活躍だ。
だが、そういったレッキィの献身に胡坐を掻いていたパーティーメンバーは事もあろうか、彼女を追放した。
これまで上手く行っていたのは彼女の努力無しにはあり得なかったのに、彼等は勘違いしたのだった。
『唯の偵察係が偉そうに仕切るな!』
だとさ。
銀級にもなって偵察などの斥候を軽んじるとか馬鹿としか言いようがない。
レッキィが斥候をしっかりやって情報を得て、それを元に作戦を立ててるから安全にやれたというのに。
まぁお陰で俺達は優秀な斥候をメンバーに加えたがな!
ただ、その後にトロンが変な事を吹聴した所為で、俺達は優秀な魔術師を追い出して、無能を引き入れた間抜けパーティーなんて揶揄されるようになったが。
こういう事や、その後トロンが女を侍らしてイキった事をした所為でアリーザはトロンに失望した。
最初は強くなったトロンをアリーザは祝福していたんだがな。
直ぐには無理でも、その内道が交われば前と同じく、今度は肩を並べて戦える事を期待していたんだそうだが。
まぁ、今更どうでもいいな。
何だかんだで今のバランスが一番安定している。
男が俺だけってのを無視すればだが。
トロンを無視して俺達は打ち合わせを続ける。
そんな俺達にアイツは態々絡んできやがった。
「ふん、こんな所でコソコソと何をやってるんだかね?」
何言ってるんだコイツ。
先に居たのは俺達だし、依頼の打ち合わせをしてるだけで、別にコソコソしてねーんだが。
「ただ打ち合わせをしてるだけよ。邪魔だからどっか行ってくれない?」
エリアの塩対応。
それにトロンが鼻白む。
もしかして俺達が未だにトロンを気に掛けているとでも思っているのか?
「聞いてなかった? ウザいから私達に一々絡まないでって言ってるの」
テーブルをトントンと指で叩きながら苛立った声でトロンにそう話すエリア。
その様子にトロンの取り巻きの女共がギャーギャー喚きたてる。
くっそウザイ。
「トロン、君と私達はもう何の関係も無いし、話す事も無い。こうしているのも時間の無駄だよ」
素っ気なく言うアリーザ。
流石にアリーザにそう言われたのはショックだったらしい。
『何故だ、アリーザ?!』って顔してやがる。
何故も何も、これ見よがしに女侍らせて周りにイキって、更に俺達を中傷するようなデマ流す奴に、愛想尽かして当然だろ?
「取り合えず俺達はこれからダンジョンアタックするんでな。打ち合わせに忙しいんだよ。お前に構ってる暇なんて無いんだ」
そう言ってさっさとトロン達を追い払おうとする俺を、ヤツは親の仇を見るような目で睨む。
……これがエリアが言っていた『真実の目』で見たトロンの本性な訳だ。
力を得て自分を見失う人間はゴマンといる。
が、トロンの場合は隠してた人間性が浮き彫りになっただけの話だ。
レッキィを追い出した連中は正に自分を見失っていた奴等だった。
失って初めてレッキィの価値を知り、素直に謝った。
その頃には既に俺達のパーティーメンバーになってたから当然戻る事は無かったが、その後は自分達を顧みて新たに加入した斥候役を大事にしているらしい。
それもあって最近は随分と安定したそうだ。
今でもレッキィとは交流を持ってる。
それに比べてトロンはなぁ……。
華々しい活躍をして注目されてるトロンだが、結構敵も多い。
イキって周りを見下すような事をやるからな。
実力があるから皆黙ってるが、相当なヘイトを溜めている。
一度忠告したんだが、聞く耳を持ってくれなかった。
そこからは俺達も関わらないようにして来たんだが……。
コイツから絡んでくるのでウザくてしょうがない。
「ふん! 周りを女性で固めたハーレム気取りが偉そうに!」
……オマエ鏡持ってないの?
どの口でそんな事を言うんだコイツ?
アリーザもエリアもレッキィも呆れている。
「まあいいさ、君達と関わっても時間の無駄だ。低い所で満足してるがいいさ。僕は早々に上の世界へ上がってやるよ!」
そう言って高笑いしながら去って行った。
昔のよしみで鏡でも送ってやろうかな。
「……何なの? アイツ。頭おかしいんじゃない?」
レッキィがポツリと漏らした。
「昔はあんな奴じゃ……いや、アレが本当の姿なのね……」
悲しそうにアリーザは呟く。
トロンがイキるようになって、アイツの目を覚まさねばと義憤を抱いたアリーザだったが、それを止めたのがエリアだった。
『真実の眼』で見たトロンの本性を伝えた。
それでもアリーザはまだ心の底でトロンを信じていた。
結局はアレが本性であった事を認めた時、アリーザの中で幼馴染の少年トロンは消えたのだった。
「ダンジョンアタックを前に気分を下げても仕方ねーよ。さっさと切り替えようぜ」
やる事が有るんだ。
一々どうでも良い事に心を乱されてもたまらん。
俺達は頭を切り替えて、打ち合わせを再開した。
「クソクソクソクソクソッッッ!!!!」
普段から宿泊している宿の一室で、トロンは苛立っていた。
今や白金にも届く勢いの自分に対する、元パーティーの連中の態度がすこぶる気に喰わなかった。
折角此方から声を掛けてやってるのに、ぞんざいな対応をしやがって……と。
本来であるならば頭を下げ、戻って来てくれと懇願する所だろうに。
どいつもこいつも舐めた態度を取りやがって! と荒れた。
そんなトロンのご機嫌を窺うように取り巻きの女達がしなだれかかる。
力に目覚め、戯れに魔物を蹂躙した際に命を救った女冒険者パーティーだ。
当初はそれなりに良い感じだったが、増長するトロンにとってはそろそろ見飽きた顔だった。
今のトロンなら、彼女達よりもグレードの高い女性など幾らでも釣れる。
高級娼婦は元より、街の未婚女性までより選り取り見取りだ。
そんなトロンにとって、アリーザ……初恋の女性は未だ気高い花であった。
そんな彼女に否定されたのは今のトロンであっても、心に来るものがあった。
やはりアリーザを手に入れたい。
こんな女共よりもアリーザの方が良いし、アリーザにとっても僕の方が良いに違ない!
そう思ったトロンは冒険者酒場に行き、『輝く刃』が向かうダンジョンの情報を仕入れた。
そしてそのままダンジョンへと向かった。
「ハハハハハハハハ!」
トロンは無双していた。
圧倒的な力でダンジョンの魔物達を屠る。
『輝く刃』が受けたダンジョンアタックは捜索ではなく魔物の駆除であった。
ダンジョンアタックには複数の意味があり。
大きく分けると探索と魔物の駆除である。
ダンジョンは生き物と呼ばれ、定期的に内部が変わる。
その為以前まで使えた地図が全く意味を為さなくなる事が有るのだ。
地図の有る無しで難易度が劇的に変わる。
その為、内部の探索をする為のダンジョンアタックがある。
その他に、ダンジョン内で魔物が増え過ぎないように魔物を駆除するダンジョンアタックがある。
ダンジョンに魔物が増え過ぎると外に溢れるのだ。
魔物が溢れると、それに呼応して他のダンジョンからも魔物が湧き出す事が有る。
それがスタンピードと呼ばれる災厄となる。
無数の魔物が周辺を襲うのだ。
下手をすると街どころか国すらも飲み込みかねない危険な災厄、それがスタンピードである。
ダンジョンの最奥に在るダンジョンコアと呼ばれる物を破壊する事で、一時的にダンジョンを不活性化する事が出来るが、それは余程の事が無い限りは行われない。
別にコアを破壊してもダンジョンが消滅する訳でも無いし、内部の魔物やお宝が消える訳でも無い。
暫くの間、新しく生まれることが無いだけである。
放っておけば復活するので、態々危険を冒してコアを破壊する必要は無い。
スタンピードが起きさえしなければ、大丈夫なのである。
トロンはダンジョンコアのある最奥一歩手前まで来ていた。
何故彼が此処に来たのか?
それはソロによる金級ダンジョン走破を成し遂げる為である。
これ程の力を証明すれば、白金級への昇格は間違いないだろうという事と、『輝く刃』に自分の力を見せつけてやる為である。
お前達が入念に準備し、やっと魔物駆除が出来るこのダンジョンを、自分一人で走破してやったぞ、と。
「フフ、アイツ等の驚く顔が目に浮かぶな!」
そう思い顔に薄ら笑いを浮かべるトロン。
流石に一人で奥まで来たので、魔力を大分消耗しているようだった。
トロンは常備していた魔力回復用のポーションを飲んだ。
自分は力を経て調子に乗った馬鹿とは違い、常にちゃんとした用意をしていると自負していた。
しかし……。
「ん? 変だな。余り回復した気がしないぞ?」
それなりに良い値段で売られているポーションであるのだが、効きが悪い。
不良品でも掴まされたかと一瞬激高しそうになるが、他にも備えがあるので、それを飲んだ。
だが……。
「何でだ?! どれも効かない!?」
今までは余裕を持って戦っていたから、魔力ポーションを使う機会が無かった。
今回は少し調子に乗って魔力を使いすぎた結果、魔力切れを起こした。
それでも準備はしていたので、気持ちに余裕が有ったのだが、ここで想定外の事が起きたのだ。
魔力ポーションを飲んでも魔力が回復しなかったのだ。
「クソッ。全部不良品だと? ふざけるな! 三流道具屋め!」
悪態を吐くが、流石に魔力が回復しない状況では戦えない。
来た道を引き返す事にした。
「此処まで来てこんな事になるなんて、不良品を売りつけたカス共に思い知らせてやる!」
そう息巻いていたトロンだが、やがて思い知らされる。
チート級の魔力を失った自分が、金級のダンジョンで生き延びる困難さを。
「ひぃぃぃぃッッッ!!!!」
情けない悲鳴を上げながら逃げ回るトロン。
もしもの為に用意していた身体強化用のポーションは効いたため、それでなんとか逃げているが、元のトロンの脚力はお察しである。
魔物を振り切れずに結果として多くの魔物に追われる事になる。
こんなハズでは無かった。
今頃はダンジョンコアを破壊し、悠々と凱旋して遅れて来た『輝く刃』を嘲笑っているハズだったのに……。
今のトロンは以前と同じように無様に逃げ回っている。
銅級と違い金級相手では、一発でも喰らったら致命傷になるというハードモードだが。
そしてトロンを追う魔物に呼応し、他の魔物も活性化する。
スタンピードの前触れである。
元々『輝く刃』がダンジョンアタックで魔物の駆除を受けたのも、ダンジョン内で魔物の数が増えていった事を受けてだ。
トロンも魔法が使える時にもっと入念に魔物を駆除していれば良かったのだが、最短でコアに向かった為、駆除が中途半端であった。
雪だるま式に増えて行く魔物。
その時、異変を察知した複数の金級冒険者パーティーが、魔物の群れに立ちはだかる。
トロンは彼等に魔物を押し付け、そのまま逃げた。
「ガーシュ! ダンジョンの魔物の動きがおかしいよ! 普通じゃない!」
斥候のレッキィが異変を察知して報告する。
確かに言われてみると何時もと雰囲気が違うようだ。
エリアも魔力探知で周囲の状況を調べている。
「どうするガーシュ? このまま進む?」
緊張した面持ちでアリーザは俺に問い掛ける。
「……このまま進もう。当然警戒を怠らずにな!」
正直、安全面を考えるなら撤退した方が良い気がするが、放置するのはもっとヤバイような気がする。
「それと、スタンピードの予兆の可能性もある。ここで食い止めねえとヤバイかもしれん」
常に最悪を想定する事が大事だからな。
無いに越したことは無いが、楽観視して良い訳でも無い。
「エリア。魔導信号を本部へ送れ! スタンピードの予兆アリってな!」
「わかったわ!」
そう言ってエリアは本部に魔法の信号を送る。
これで腕利きが救援に来てくれると良いが……。
勿論、俺の勘違いである可能性もあるが、どうにも嫌な予感がする。
「兎に角先に進もう。俺達以外のパーティーもいるだろうから、彼等と合流もせんとな。」
俺達は先に進んだ。
そして当たって欲しくない予感は当たっていた。
「全員戦闘態勢! 先ずはあっちのパーティーの救援に入るぞ!」
多くの魔物達と戦闘している冒険者達。
皆、実力者として名高いが、多勢に無勢過ぎた。
パッと見、数百以上の魔物が相手だ、無理もない。
俺達は魔物の群れに突貫した。
十数体の魔物を切り伏せたが、数が減った気がしない。
ヤベエ……俺達よりも先に戦っていたパーティーは疲労困憊だ。
後から来た俺達はまだ余裕が有るが、どっかのパーティーが崩されたら一気に持って行かれる。
「チクショウ! 応援はまだかよ!」
つーかトロンの奴はどうした!?
現状アイツは街の最高戦力だろ!
関わって欲しくない時に関わって来て、来てほしい時に来ないとか最悪だろーが!
この時の俺は、そのトロンがこの惨状を招いた事実を知らなかった。
「ツッ……ハァッ!」
アリーザが3体の魔物を瞬時に切り裂いた。
流石のキレである。
このピンチの中でアリーザの感覚は研ぎ澄まされているようだ。
「……こっち!」
レッキィも上手い具合に自分に魔物を引き寄せ、攻撃を逸らす事で他の冒険者に回復の機会を与えている。
戦闘は苦手との事だが、大したもんだ。
「纏めて死になさい!」
エリアの大魔法が魔物の群れを一気に薙ぎ倒す。
これだけ見れば優勢に戦っているようだが、魔物の数が多すぎる。
倒しても倒しても湧いてくるのだ。
このままだと磨り潰される。
「撤退を視野に入れなければならねえ」
「これ以上は無理か……」
背中を合わせて戦う俺と、別の金級冒険者。
俺達は兎も角、もうコイツ等は限界だろう。
このまま戦っても全滅だ。
ならば一度引くしかねえ。
周囲に被害が出るかもしれんが、此処で俺達が全滅すれば同じ事だ。
「殿は俺が務める! 波が引いたら全員撤退しろ!!」
俺の叫びにアリーザ達は目を向ける。
「アリーザ達は皆のフォローをしろ! こっちは心配するな! 奥の手位、沢山持ってるんだよ!」
エリアが大魔法を四方八方に放った。
それで勢いが一瞬止まった隙に、冒険者達は撤退する。
「さーて、取って置きを大盤振る舞いしてやる!」
俺の奥の手、それは魔法のスクロールだ。
色んな魔法を込めた巻物、それが俺の奥の手だ。
何と言ってもコレ、お高いんだよね。
大魔法を封じる為の素材が中々貴重な上に、それを加工する技術もあってお値段が張る。
更に使い捨てだ。
おいそれと使って良い物じゃあない。
が、使うなら今を置いて他に無い!
「詠唱無しの大魔法だ。喰らいやがれ!」
そう言って俺はスクロールを魔物にぶつける。
乱戦だと他の冒険者を巻き込む恐れがあるが、俺一人ならその心配は無い。
こうして俺は魔物を足止めしていた。
手持ちを全部使い切って、かなりの魔物を仕留めたが……。
「キリがねーな! ホントによぉッ!」
マジで数が多すぎる。
このダンジョンだけでこんだけ居るんだ。
スタンピードなんて起きたらとんでもない事になるな。
「駄目だ! これ以上は抑えきれねぇ!」
俺も撤退しないと駄目だが……どうにも囲まれたようだ。
「まー、こんだけ数が居るんだもんなあ……」
俺は大きく息を吐いて覚悟を決めた。
仲間を逃がす為に一人残って魔物と対峙するなんて、どっかの英雄譚みたいだぜ!
「しゃぁっ! 来やがれ!!」
俺は剣を握る手に力を込め、魔物共に啖呵を切った。
「……まったく、相変わらず無茶をする」
懐かしい声が聞こえた。
その瞬間、目の前の魔物の群れがバラバラになった。
更に大魔法が三方から放たれ、魔物を蹂躙する。
「オイオイオイ。マジかよ……」
こんな事が有るなんて、実は俺が死に際に見た幻覚とかいうオチは無いよな?
「ちゃんと現実よ? 安心しなさい」
そこには俺の、嘗てのパーティーメンバーだった幼馴染の二人が居た。
ザインとリリーである。
胸には白金級冒険者の証である、エンブレムを付けている。
「助かったぜぇ! 二人とも!」
何ともスゲータイミングで来てくれた。
「フ、再会の挨拶はここまでにして、先ずは目の前の魔物を殲滅するぞ」
「久しぶりの再会だしね。派手に行くわよ!」
そして始まる絶望的な戦いから一転しての痛快なバトルが始まった。
流石に白金級でも全ての魔物を倒す事は出来ないが、他の冒険者パーティーが応援に駆けつけてくれ、見事に魔物達を一掃したのだった。
俺は以前、幼馴染と冒険者パーティーを組んでいた。
貧しい村からの立身出世を夢見ていた。
パーティーメンバーは俺ことガーシュと、ザイン、リリーの三人だった。
最初の頃は苦労していた。
右も左も分からないまま、薬草採取やら雑用やらをして金を貯め、武器を買って最下級の魔物を倒すのにも苦労する有様だった。
そんな下積みを経て、成長した俺達はやがて銅級と成り、遂に銀級まで上がった。
三人ならどんな困難も乗り越え、冒険者として頂点に立てる!そう思っていたんだが……。
何時頃からか、俺は二人に置いて行かれるようになった。
俺とて日々の冒険と鍛錬で強くなっている自覚はあった。
だがそんな俺以上にあの二人は強くなっていった。
それでも俺は二人に追い付くべく、必死に努力した。
俺だってやれる、追い付ける、そう思っていた。
……そうはならなかった。
金級への昇格を見据えたダンジョンアタックで、俺は壁にぶつかった。
ソイツは銀級でありながら、金級に近い強さを持った特別な魔物だった。
俺は全くソイツに歯が立たなかった。
銀級としての強さは十分にあった俺だが、金級レベルに挑むにはまだ早かった。
だけど、あの二人はアッサリとソイツを倒した。
苦戦なんてしていない、普通に倒したのだ。
これまでは何とか食らい付いていたつもりだったが、もう俺の力は二人の足元にも及んでいなかった。
その事実に嘆き苦しんだ。
悔しさと悲しさ、自分だけが置いて行かれる恐怖と、弱い自分への怒りで頭がどうにかなりそうだった。
そして俺は決断した。
パーティーから抜ける事を。
俺の決断に二人は顔を青くしながら、一緒にやって行こうと説得してくれた。
でも、俺はそれを受け入れられなかった。
二人なら俺の手を取って引っ張り上げてくれるかもしれない。
だが、それは同時に俺が彼等の手を、足を引っ張っている事に他ならない。
俺の為に、彼等はその貴重な時間を費やしてくれるだろう。
俺の所為で彼等はその貴重な時間を浪費してしまうだろう。
それに俺が耐えられなかったのだ。
色々な気持ちがあるが、俺の所為で彼等を縛り付ける事は出来ない。
だから俺は彼等にこれまでの事を感謝し、去って行った。
流れ着いたこの街で冒険者家業をしていた所でアリーザ達に出会い、嘗て阻まれた壁を突破した俺は、死地と決めた場所で幼馴染達に再会したのであった。
「つー訳で、久しぶりの再会と、スタンピード阻止成功を祝って、かんぱ~い!」
俺達は今、冒険者宿の食堂で祝勝会を開いていた。
理由は乾杯の音頭通りである。
「しっかしまー、白金級とはねぇ……幼馴染として鼻がたけーよ、俺は」
「よく言う。ガーシュこそ、金級として相当活躍しているじゃあないか」
「そうねぇ。あれだけの魔物相手に良く時間稼ぎをしたものだわ。やっぱり、やる時はやる人よね、アナタは」
幼馴染の二人が挙って誉めそやす。
「いやーでもよぅ、お前等マジでとんでもなくツエーじゃねーか」
二人で残った魔物の半数を倒してるってね。
その後念の為にと、ダンジョンコアまで破壊してるんだからな。
「フッ、伊達に白金ではないさ」
「そうそう。向こうじゃ結構な有名人なのよ、ワタシ達」
と、ドヤ顔の二人だ。
「ッカーーーッ! 流石白金級様だ。だが、お陰で助かった! マジでありがとうな!」
気にするな、と二人は言う。
こうして久しぶりの再会を果たした俺達は、飲んで騒いだ。
そんな俺達を眺めている俺の現パーティーメンバー達。
「まさか、あの白金級冒険者とガーシュが幼馴染なんてね。」
何処か眩しい物を見る様な目で、アリーザはそれを眺めていた。
自分とトロンを重ねているのかもしれない。
「思った以上に大物だったわね。それにしても『光星のリリー』か……中々素敵ね!」
エリアが我が幼馴染にロックオンしてるんだが、やっぱそっちの気があんのかよ。
「コンビなのに『スリースターズ』ってチーム名……やっぱり三人目が居たって事なのね。それがガーシュさんってのが意外だけど」
レッキィがしみじみと呟く。
パーティー名、まだそれ使ってたのか。
まったく、義理堅い奴等だよ。
それと、レッキィ。
意外で悪うござんしたねぇ。
「それにしても、今回は何であんなスタンピードが起こりかけてたんだかなー」
「可能性はあったとは言え、駆除してさえいれば早々、起こるはずではないのだがなあ……」
俺とザインは首を傾げた。
「調べたけど、あのダンジョンには次期白金級の冒険者もいたはずでしょ? その人はどうなったのかしら?」
「次期白金級……トロンか? いやでもアイツ影も形も見えなかったぞ。あの時近くに居ればもう少し楽出来たんだけどなー」
絶賛売り出し中のアイツが居たら、派手に戦って自分をアピールしてたはずだ。
まさかアイツ、油断してやられたのか?
「トロン! そうだアイツだ!! アイツが魔物を引き連れて来たんだ!」
突如、祝賀会に来ていた金級冒険者の一人が叫んだ。
あれだけの激戦だったから、何人かはぶっ倒れて不参加になったが、彼は参加してくれた。
最後に俺と背を預けて戦った冒険者である。
「オイオイオイオイ、それマジか?!」
方々にヘイトを溜めまくったトロンだが、ヤツを陥れる為の狂言をこの冒険者がするとは思えない。
「ああ、正確にはアイツが魔物の大群から逃げていた所で、俺達がカチ合ったんだが……」
「魔物から逃げていた? あのトロンが? 昔なら兎も角、今のアイツがそんな無様を晒すか? そもそも逃げ切れてないって……」
言いたくないが、トロンの纏う覇気はザイン達とも遜色ないレベルだ。
それだけの実力があるなら、数に押されていたと言えども、普通に魔物を撒けるだろ。
それが出来ずに引き連れてたって……。
「そもそも魔物の大群を、他のパーティーに押し付けるなんて重大なルール違反だろ! 何やらかしてんだよ、あのバカは!」
魔物をワザとこちらに引き付けて一網打尽と言う手はあるが、あくまでそのパーティー内でやるから合法なだけで、他のパーティーを無理に巻き込むのはご法度だ。
下手すりゃ全滅などの大惨事になるからな。
そして今回はスタンピードに発展する可能性があった。
つーか、あそこで食い止めなければスタンピードを起こしていただろう。
「兎に角、今回の件の落とし前を付けないとならねーな」
「何でだ? どうしてなんだ?!」
トロンは宿の一室で震えていた。
あの後、命辛々逃げ延びたトロンは引き篭もった。
さっき迄あった身体中を迸る魔力がまるで感じられない。
昔の、弱かった頃でも感じられた魔力さえも。
「偶々だ。ちょっと力を使い過ぎたからそうなっただけなんだ!」
そう思い込んで現状から目を逸らそうとするトロン。
だが、目を逸らした所でこれまで当たり前の様にあった魔力を感じられない事実がトロンに重く圧し掛かる。
現実から逃げられないのだ。
どうしてこうなったのか、トロンはずっと考えていた。
辛い雌伏の時を過ごし、遂に本当の力に目覚めてから、トロンの人生は劇的に変わった。
金も女も名声も手に入った。
確かに少し調子に乗った所はあるが、これまで苦労したのだし、それ位は別に問題は無いだろう。
それに随分と功績を上げて来たのだ、ちょっとの失敗くらいは大目に見て欲しい。
そんな舐め腐った考えを持ったトロンではあるが、今後の先行きは非常に昏いだろう。
トロンには敵が多い。
その強さに憧れた者も一定数いるが、それ以上に敵を作り過ぎた。
日頃のイキリだけでなく、トロンが派手に暴れた結果割を喰らった金級冒険者はそれなりにいる。
抗議をしても、『君らが弱いのが悪いよね?』と意に介さないトロンはヘイトを溜めていた。
実力主義の冒険者にとって、トロンの言う事は正論ではあるが、狩場を滅茶苦茶に荒らされた方としては素直に受け入れられない。
また、トロン本人は常に広い心で寛容に接しているつもりでいるが、それは見目の良い女性冒険者が主であり、そうでない者や男性に対しては基本辛辣で見下した態度を取っている。
その所為で成した功績と実力の割に、トロンは自分が思っている程、冒険者達から尊敬されていないのだ。
トロンが目を掛けている見目の良い女性冒険者も、多くはトロンの状況を理解しているので、割と距離を取っている。
トロンの周りにいるのは利を得ようとする者か、上辺だけしか見えていない者達ばかりなのである。
「く……、力が戻るまでどうする? かなりの騒ぎを起こしたし、暫くは此処から離れるべきか?」
かなりどころかとんでもない事になっていたのだが、トロンは気付いていない。
自分の事ばかりが頭にあって、他の所に気を回す余裕が無いのだ。
「あんな所でらしくない醜態を晒してしまった……なんて運が悪いんだ……、偶然不幸が重なるなんて」
考えに考えたトロンの選択は現実逃避だった。
発端からして自業自得なのだが、そこは悪い事が重なるという不運に見舞われたという風にして片付ける。
虚栄心と承認欲求を満たす為に態々『輝く刃』が行こうとしたダンジョンに先に入り、調子に乗って魔物を蹂躙したらガス欠になり、魔物からの逃走に失敗した挙句、多くの魔物を引き連れて他のパーティーに押し付けて自分だけ逃げた。
結果的には食い止められたが、それはスタンピードを引き起こす切っ掛けになっていたなど、やった事は最悪である。
それを運が悪かったで済まそうとしている辺り、トロンは人としても終わっていた。
勿論、そんな事で済まされる訳はない。
トロンは自分の愚行のツケをタップリ支払わされる事になるのだ。
「此処がアイツのハウスか。初めて来たけど良い宿じゃないの」
本当に良い宿だ。
所謂高級宿だな。
金級でも日常的に利用出来るようになるのは中々骨だろう。
「さて、素直に話をしてくれるかな?」
正直、あのイキリのトロンが此方の言う事に素直に従うとは思えない。
「下手に抵抗しようというのなら、俺達が対処しよう」
「白金級が二人もいるからね。いざという時は任せなさい」
ザインとリリーが頼もしい事を言ってくれる。
ちょっと顔見せに来たのに、スタンピード阻止やトロンの件まで請け負ってくれるんだから頭が上がらんな。
「サンキュー、二人とも。頼りにしてるぜ?」
こうして俺達はトロンのいる部屋まで来た。
本来ならギルド本部への出頭を命じるところなんだが、あの野郎は拒否したからな。
白金級に匹敵するとされるトロン相手に力尽くも難しいので、本部も手をこまねいたのだが、そこにザインとリリーが居たのは僥倖だった。
で、二人と旧知の仲かつ、トロンともパーティーを組んでいた俺に白羽の矢が当たったのだ。
「トロン、ギルドからのお達しだ。本部へと連行させて貰うぜ? 抵抗はするなよ。こっちには白金級が二人いる」
と言ってみたが、返事は無い。
フロントによると一度も外に出ていないそうだが。
「妙だな……気配が感じられん」
「私の魔力探知にも引っ掛からないわ」
「隠形術まで使えたっけ? アイツ?」
隠形術とはその名の通り自分の姿や気配を消す術だ。
最高レベルの隠形術は目の前にいても認識される無いっつー、暗殺系の術として非常にヤバイ代物だが……。
「もしかしてもぬけの殻とかか?」
逃げたのか? あの野郎。
「いや……最初は弱すぎて気が付かな無かったが、微かに気配があるようだ」
ザインがそう言うので俺も集中して気配を探る。
確かに、僅かな息遣いを感じるな。
それにしても、これは。
「魔力探知はやっぱり駄目ね。彼、魔力を喪失してるんじゃない?」
「そうなると、やはりトロンと言う男は『覚醒者』だったか」
『覚醒者』とはある日ある時、何かが切っ掛けで強大な力に目覚めた、文字通り『覚醒』をした者達の事だとザインは言う。
それまで名の知られなかった人物が、突然英雄の如き力を発揮して世に出て来るのだとか。
白金級の冒険者、『閃光のグリム』などがそうだったらしい。
閃光の如き剣速で、瞬く間に白金級まで上り詰めた英雄だ。
そして僅かな期間で多くの功績を上げ、そしていつの間にか消えた。
『閃光のグリム』と言う二つ名は、その剣速とあっという間に居なくなった事から後年付けられたそうだ。
『覚醒者』の特徴は、それまで目立った成績の無い冒険者が、いきなり強くなってトップ層に現れる事だという。
ザインやリリーの様に、順当に強くなって行ったりとか、最初から異常に強かったというのではない。
確かにトロンはその特徴に当て嵌まっていた。
俺達が散々見ていても、伸びなかったからな。
それはそれとして、それまで弱かった人物が『覚醒』して、いきなり強くなった理由は、『覚醒』に代償を伴っていたからだと言う。
代償とは才能の前借りなんだと。
今後、冒険者として築き上げるはずだった力をまとめて先取りした事から、とんでもなく強くなれたんだそうだ。
数十年分の力を一気に手に入れられれば、そりゃあ強いわな。
どんなに弱くても、一時的には物凄く強くなれる。
ただし、使い切ったらそこで終わり。
そこから先は完全に無能力になってしまう。
『覚醒』とは自分の未来を担保に、今現在に途轍もないブーストを掛ける、特殊能力と思えば良い訳だ。
『閃光のグリム』があっという間に消えたのは、戦闘中に未来の才能を全て使い切ってしまい、結果魔物にやられたんじゃないかと言うのが、ギルドの見解だとか。
そしてトロンも恐らくそうなったのだろう。
ダンジョンで才能全てを使い切ったアイツは、万が一の為の強化ポーションを使って逃げた。
元が弱いから強化しても高が知れている為、魔物を上手く撒けず、それどころか多くの魔物を引き付ける事になった。
その後、異変に気付いた冒険者達に全部押し付けて自分だけ逃げたっつー事か。
最悪過ぎるだろ……。
「それにしても『覚醒者』ねぇ……今まで聞いた事が無かったな」
「そもそも出て来る事が稀だからな。……伝説となっている英雄譚も案外それなのかもしれん」
「いきなり現れて、直ぐに消えてるから良く分かっていないのが実情なのよね。憶測も多いからギルドも公表は控えているわ。『閃光のグリム』だって十分稼いだからさっさと引退しただけかもしれないし」
「ま、いいや。おいトロン。宿の主人から合鍵を預かってるんだ。そっちが出て来ないならこっちから入るぞ」
そう言って俺は部屋の鍵を開ける。
踏み込んだ部屋の中にトロンは居た。
「ヒィッ!」
何とも情けない悲鳴を上げるトロン。
先日の覇気に満ちた姿とは大違いだ。
「やっぱり居たか。トロン。ギルドからの命令だ。本部に連行させてもらう」
そう言ってトロンを拘束しようとしたのだが……。
こっから先はまぁ、酷い物だった。
喚き叫びながら自分は無実だとか悪くないとか、運が悪かったとか俺達が悪いとか。
「はぁ? 何で俺等の所為になんだよ」
「お前達が僕に戻らないか聞かないからだろッ! 頭を下げて言えば、僕だって考えてやったさ!」
「意味が分からん。なんでそうなるんだ? 強くなったところでお前の居場所なんかねーぞ」
アリーザは少し期待していたようだが。
「そもそもお前、俺達がお前に嫉妬してただの、才能を見抜けなかっただのと言って、その所為で追放されたんだと周りに吹聴してたじゃないか。当時は純粋に力不足を理由に解雇しただけだろ」
そんな奴と今更組めるかよ、と言ってやる。
色々と言い訳をして自分は悪くないとか言ってるから、一個一個論破してやる。
やれやれ……アリーザが居たらどう思うんだろうな。
0になった親愛の情がマイナスになったりしてな。
「でも……!」
それでも食い下がるトロンに、ザインが切れた。
「もういい! 聞くだけ無駄だ。貴様はもう黙れ!」
そう言ってトロンを一撃で昏倒させる。
その後縛り上げて肩に担いだ。
ザインを切れさせるとか、ある意味才能だよなコレ。
「アナタを侮辱するような事を言うんだもの。当たり前でしょ」
ダチの為にか……なんか嬉しいな!
こうして俺達はトロンを捕獲してギルドに引き渡した。
この後、取り調べを受けて、処分が決まるのだろう。
「出涸らしとは言え『覚醒者』だからな。研究の為に使い潰されるだろう」
「極刑を受けた方がマシなんじゃないの? もう人としての扱いはされないでしょうね」
聞いてるだけで怖気が走るような話がされた。
「唯の『覚醒者』であれば、研究対象としてもそれなりの安全は確保されただろうが……」
「でも、スタンピードを誘発しかねない事件を起こしちゃったから、もう無理ね。可哀相……とは思えないか」
「こればっかりはどうにも庇えんわな。他の冒険者達からも擁護の声が無いし、どーにもならん」
むしろ、ざまぁとばかりに祝杯を挙げる奴等の多い事。
「力に溺れ、やりたいようにやっただけでは無く、災厄すら生み出しかねん馬鹿をやったのだ。同情の余地も無い」
ザインは切って捨てた。
こうして、トロンの追放からの一連の流れは終わった。
事の詳細は冒険者達にも広まった。
『覚醒で手に入れた力に溺れるな』がこの街の冒険者の戒めになった。
上手く付き合っていけば、最終的には枯渇しても、収支はプラスに持っていく事も可能なだけに、この戒めを肝に銘じる者は多かった。
ま、一時は人生の絶頂期を迎えても、その後は二度と這い上がれないからな。
トロンがそれを証明した。
あれから少しの時間が経った。
「よーし、今日も元気に沢山稼ぐぜ~」
「最近、南東のダンジョンの魔物が増えて来たそうだよ。駆除依頼受ける?」
レッキィが事前に色々情報仕入れてくれるから助かる。
「それも良いな。丁度新しい剣が出来上がったし、試し切りも兼ねてそこに行こう」
アリーザがやる気に満ちた顔だ。
ここ最近更に腕を上げて来たからな。
師匠が良いのもあるんだろう。
「良いわね。最近私も連続で大魔法の発動が出来るようになったし、腕試しも兼ねて駆除依頼受けましょ!」
エリアもこれまたメキメキと実力を上げてきている。
アリーザ同様、白金級が見えて来たレベルだ。
「ふむ……ではアリーザに課題を出そう。今回の駆除依頼では……」
そう言うザインは剣の師匠としてアリーザに色々とあれこれと注文している。
何時の間にかリリーと一緒に、この街に滞在するようになった。
「じゃ、エリアには私から……」
そのリリーだが、最近お腹が膨らんできている。
ザインとの子だ。
トロンが覚醒して暴れ回っていた時、白金級に匹敵する俊英に対し、元パーティーメンバーが嫌がらせをしているなんて尾ひれの付いた噂が、ザイン達の方にまで聞こえていたそうだ。
で、その嫌がらせメンバーに俺の名前があったので、まさかと思いこの街にやって来た。
着いて早々、俺との再会とスタンピード阻止、トロンの捕縛など活躍をした二人は、少しの間この街に滞在する事になったのだが……。
リリーの妊娠が確認され、滞在期間が延びた。
その後ザインはアリーザの剣の師匠として、リリーはエリアの魔法の師匠としてそれぞれ指導した。
お陰で二人とも飛躍的に強くなりましたよ。
レッキィも斥候としての実力を上げていた。
何気なくザインの戦闘指導を受けていたりする。
パーティーメンバーに置いて行かれない様、俺も頑張ってるよ。
ザインが言うには、共に肩を並べて戦う日も近いなとの事だ。
まったく、そんな事を言われたら、そりゃあ気合入れるしかないよな!
あの頃とは違って、前向きな気持ちで俺は日々を駆け抜けて行く。
手が届かないと思っていた、あの星を掴むその日を夢見て。
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