Op.06 "Sixth Strike"
二十四時間体制の上空警戒待機が始まってから、三日目の夜。
丁度「私」達の番、関東地方東部上空を緩く8の字に旋回を続けること、幾度目か数えるのも嫌になってきた頃、その一報は齎された。
『航空総隊司令部よりシーグルズ、銚子沖東方四五〇キロを航行中の漁船から、低空を飛来した何物かと衝突した旨、衛星電話にて通報あり。
漁船はマストが折れたが航行に支障なしとのことだが、至近距離で爆発炎上が起きたとのこと。
警戒目標の可能性が高い。至急、現場に向かわれたし。
追加でスクランブルを上げる、二〇秒後にレフトターン、針路をゼロ・ナイナー・ツーへ』
カチカチ、と空電で返信。二〇秒後、編隊の先頭を飛ぶ隊長機の航法灯がバンクした後、スッと左旋回するのに合わせる。旋回完了、J/APG-2は空対空捜索モード。アフターバーナー・オン、瞬く間にイーグルは海岸線を越える。空になった増槽をドロップすれば、空気抵抗が減ったイーグルは更に加速。
「居た!
ツーより各機、ベアの梯団、十一時方向海面スレスレ!」
視力は良いが、戦闘機パイロットとしては壊滅的に操縦センスが無い後席の相棒が、真っ先に目標を見つける。Tu-95、些か時代遅れにも思えるプロペラ機としては、異例の高速を発揮する、数の上でのロシア軍の主力戦略爆撃機。
衰えたりとは言え、腕が良いのだろう。一糸乱れぬ梯団は超低空を飛行。荒れた海面の乱反射に紛れて、J/APG-2では捉えられない。高度差もあり過ぎて、イーグルは一旦彼らとすれ違う。
けれど、日本国なりのイーグル・オブ・イーグルを目指して建造された、この「特別な」F-15Jには、もう一つ「眼」がある。イーグルは反転、急降下。エアインテーク下のハードポイントに搭載されているLANTIRNは、二〇機余りのベアのクズネツォフNK-12MVターボプロップエンジンが吐き出す排気を、明瞭に捉えていた。
兵装選択は〇四式空対空誘導弾。フラットな長音。出し惜しみはしない。
「フォックス・ツー!」
リリース。翼下パイロンのランチャーから、〇四式空対空誘導弾が飛び出す。向こうもこっちが発見していることに気付いていたのか、チャフ・フレアを撒いて、コンバット・ボックスを崩さずに旋回しながら、機尾に備えるAM-23機関砲の射撃を始める。
けれどドッグ・ファイトに主眼を置いて開発された〇四式空対空誘導弾にとって、ベアは余りにも遅く、それでいて大き過ぎた。
「私」達の機が放った〇四式空対空誘導弾は、二機のベアに相次いで命中。一機は内側のエンジンに命中し、そこに二発目が命中して特徴的な後退翼を捥ぎ取られ墜落したけれど、もう一機は外側のエンジンに一発被弾しただけ。しかも慌てることなくエンジンを消火して、退避行動に入る。
撃墜出来なかったのは悔しいけれど、今は他に健在のベアを撃墜する方が大事。残るベアの後方についたイーグルのJ/APG-2は、海面からの雑像が取り除かれてベアをはっきり捕捉している。八機を同時にロックオン。長音、リリース。
「フォックス・スリー!」
残る全弾を吐き出し、ミサイルの排気炎を吸い込まない様にブレイク。結末は見届けない。何故なら、
「シーグルズ・ツーより航空総隊、ブラックジャックが居ない! 繰り返す、ブラックジャックが居ない!」
軍事的な常識的に鑑みて、同時侵攻してきていなければおかしいはずのTu-160が見当たらない。既にイーグルは銚子沖二〇〇キロ地点まで来ていた。残弾はガンが九四〇発のみ。ベアは攻撃を断念したのか、その数を大きく減らしながらも引き返していく。
でも、勘がこれで終わりではないと、告げている。
果たして、
『航空総隊より在空部隊全機、房総半島南方より飛来する機影四、速度九〇〇(ノット)!』
データリンクに敵フリップが追加。房総半島沖から浦賀水道に侵入しようとする超音速の機影。そんなのはTu-160以外にあり得ない。首都圏のパトリオットはまだ射程外。横須賀のイージス艦は不在だし、在日米軍が動いてくれるかどうかは未知数。でもそんなこちらの事情を斟酌してくれるほど、ロシア軍は甘くないし、「私」達だってそうは思っていない。
Tu-160が装備可能なKh-55空対地ミサイルは、射程五〇〇から六〇〇キロ。既に何時発射されても可笑しく無い。在空部隊で最も南に位置して居て、最も身軽で、最も進路が南を向いているのは、「私」達だけ。
「シーグルズ・ワンより各機、一発勝負、ヘッド・オンで殺るぞ!」
「でしょうねえ!」
「スリー!」
「フォー!」
隊長機に続いて針路を南南西に取る。ミリタリーパワー・マックス、アフターバーナー・オン。高度を飛来する機影と揃えたイーグルは、Tu-160と衝突コース。速度に反比例してみるみる内に燃料が減っていくけれど、残燃料の事も、高熱に晒されて猛烈な勢いで擦り減り溶融するであろうエンジンノズルの事も、もう考えない。一機百二十億円の「特別な」F-15Jと、首都圏四四〇〇万人余りの人命じゃ、どちらを取るかなんて考えるまでも無い。
マッハ二.二を超え、摩擦熱で機体が熱を帯びる。LANTIRNに雑像が載り始める。J/APG-2に感、Tu-160が四機。ヘッド・オン、残る最後の四〇キロを、私達は無我夢中で駆け抜け、
「フォックス・フォー!」
相対速度マッハ四での交錯は、一瞬だった。
咄嗟に機体を僅かに左に捻りながら、イーグルの右主翼付け根に装備された、JM61A1・二〇ミリガトリング機関砲が全力射撃。秒間七〇発で吐き出されたタングステン合金製曳光徹甲弾が、Tu-160を真正面から殴り付ける。その一発一発がTu-160のコックピットに吸い込まれていくのを、私は今際の際に走馬灯が巡るかの様に、スローモーションで目撃する。
刹那、衝撃。互いに音速を超えていたことによって生じていた衝撃波同士のぶつかり合いに巻き込まれ、イーグルは激しくシェイクされる。反射的にエンジンをアイドルに、フラップを下ろし、エアブレーキ・オン、フットバーを蹴っ飛ばす。超音速でフラット・スピンしたイーグルは、奇跡的に空中分解せずにカウンター操作を受け付け、姿勢を立て直す。瞬間的に速度計が、時速一〇〇〇キロ分も減っていた。
「ヘイ、シスター。アーユーオーケイ?」
ハッ、ハッ、ハッ、と詰めていた息を浅く吐いていると、隊長機から声が掛かる。周囲に集まった機影は三、「私」達を入れて四。シーグルズ小隊、全機健在。
「っ、ブラックジャックは!?」
『航空総隊より全部隊。
敵爆撃機は全て撃墜された。繰り返す、敵爆撃機は全て撃墜された』
視線を後方に巡らせるのと同時、無線が告げる。海上に爆炎が四つ分、浮かんでいるのが見えた。どうやら、一か八かの賭けに、「私」達は全員勝ったらしい。
「日の出だ……」
後席からの声。左手の水平線の向こうから、太陽が昇り出す。また一日、世界は終わる事なく始まる。
「シーグルズ・ワンより航空総隊。フュエル・ビンゴにつき、厚木への緊急着陸を要請する」
『航空総隊了解。海自に話は通しておく』
泣きたくなるぐらい綺麗な朝陽を目に焼き付けて、「私」達は翼を翻した。