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Op.05 "Fifth Strike"

 臨時拠点となっていた旭川飛行場から撤収したシーグルズ小隊は、本来のホームベース、百里基地へ舞い戻って来た。

 困難な敵地奥深くに侵入しての爆撃任務を達成した「私」達には、特別に数日の休暇が与えられた。

 とは言え、こなした任務が任務だけに、「私」達は歩く特定機密情報の塊である。そう易々と外出許可が降りる筈も無く、また外部との連絡を取る許可が降りる筈も無く。

 私達は基地内の自室か食堂でのんべんだらりと怠惰に過ごすと言う、休暇とは名ばかりの待機状態に置かれていた。

 NHKにチャンネルを固定された食堂のテレビは、開戦以来ずっと、ウクライナ情勢と極東情勢を解説する報道特番を垂れ流していて、丁度アナウンサーが、極東ロシア軍を潰滅に追い込んだ我々自衛隊統合任務部隊が、本気の本気でウクライナ「派兵」を決定した旨を告げているところだった。

 まあ、「日本国はウクライナにジョブチェンジするからロシアと戦います!」という屁理屈を捏ねて参戦した以上、未だロシア軍に国土を侵略されているウクライナ本土を救援しなければ、我が国の行為は単なる火事場泥棒だったと信用を喪失う訳で、極東ロシア軍の脅威性が低下した今、有力部隊を集成して第一次世界大戦以来の欧州派兵に挑むのは、当然の論理的帰結だったと言える。

 となれば、「特別な」F-15Jを装備する「私」達が派兵部隊に挙げられるのは、火を見るより明らかな事で。

 それを証明するかの様に、「私」達の「特別な」F-15Jはこの数日の休暇の間に、塗装を海洋迷彩からロービジリティなデジタルモザイク迷彩に。そして両翼に描かれていた日の丸の国籍標章(ラウンデル)は、左翼がウクライナ軍のそれに改められていた。

 ちなみにこの塗装に使われた塗料は、どうやら電波吸収性があるらしく、塗装を終えた機付整備長が、


「これさえあれば、イーグルもF-2相当の投影面積になるぜ……クックックッ……」


 と、少々マッドサイエンティスト的に笑っていた。

 それが本当に額面通りの性能なら有り難い限りだが、話半分ぐらいの心算で居た方が無難だろうな、と「私」は思った。ステルス性を付与する塗装に期待し過ぎて撃墜された、なんて事になれば、笑い話にもならないので。

 などとつらつらとここ数日をベッドに寝転んで振り返っていると、基地全体に警報が鳴り響く。


「ッ、スクランブル!?」


 反射的に飛び起きる。五分待機、十分待機の隊が直ぐに発進する筈だが、妙な胸騒ぎを感じて、「私」も状況を知るためブリーフィングルームに走り出す。

 ここは百里、極東ロシアや中華人民共和国から見ると奥座敷に位置する、帝都東京を守護する基地だ。

 極東ロシア軍を粗方片付けた今、スクランブルを掛ける様な相手が、早々に現れるとも思えない。なのにスクランブルが掛かった。嫌な予感を覚えない方が、無理がある。


「来たか」


 同じく休暇中だと言うのに、既にブリーフィングルームに腕組みをして待ち構えていた隊長。以下、百里基地に居るパイロットが殆ど詰めていた。そして然程時を置かずに、基地司令が入室する。


「傾注!

 米国からの情報によれば、ロシア最東端のアナディリに、Tu-160が複数、少なくとも四機、進出した可能性があると言う。

 現地は悪天候の為、情報収集衛星での確認は取れていない。が、同地に元から配備されているTu-95とスタンドオフ・ミサイルを組み合わせれば、我が国の枢要を打撃し、十分な被害を与えられることは十分に考えられる」


 基地司令直々に、百里基地を中心とする正距方位図法で描かれた地図の、アラスカとベーリング海峡を挟んで向かい合う位置が指示棒で指される。アナディリから百里は、最短距離にして四〇〇〇キロ。日本列島東岸のレーダーサイトを迂回するコースを取ったとしても精々四五〇〇キロ。十分に往復可能な爆撃圏内だ。

 

「現在、我が方は北海道を中心に日本海側を重点的に警戒しているが、アナディリの爆撃隊は手薄な太平洋側を侵攻してくる可能性が極めて高い。

 よって当基地の全飛行隊は至急、空対空装備を整え、二十四時間体制で上空警戒待機を実施する。シフトは小隊毎に別途指示する。

 以上、別れ!」


 号令一下、各パイロット達が駆け出す。「私」達も休暇返上、作業服から飛行服に着替える為走り出す。


「それにしてもブラックジャックがお出ましだなんて、奴さん、本気だね!」

「ホント、嬉しくて涙が出ちゃうわ!」


 後ろを付いてくる相棒の声に、そう返す。

 Tu-160。冷戦が生み出した、ソ連最強の可変翼超音速戦略爆撃機。最高速度マッハ二で各種ミサイル、爆弾を四〇トンも抱えて突入してくる、B-1に及ばない程度にはステルス性を備えた怪鳥。

 そして基地司令は、それが「核」かどうかは言明しなかった。

 しなかったが、既に海上自衛隊のイージス艦が、日本列島目掛けて撃ち込まれた、複数の弾道ミサイルを撃墜していて、その後の大気から「直ちに健康に影響は無い程度の放射性物質の増加」が確認されていることを思えば、搭載されている、と悪い方に考えた方が良いだろう。

 嗚呼、これで、搭載していないと無邪気に信じられる方が、どうかしている。

 実際に何処を狙ってくるつもりかは知らないけれど、絶対に墜としてやるわ……! と心に決めて、飛行服に着替えて格納庫に向かう。

 既に格納庫では、「私」達の「特別な」F-15Jに搭載作業が始まっていた。コンフォーマル・フュエル・タンクに加えて、増槽が二つ。〇四式空対空誘導弾四発に、九九式空対空誘導弾が八発。搭載と燃料の給油が終わるのを待って、相棒と機付き整備長と一緒になって各部をチェックし、異常が無いのを確認していく。

 この手の確認は、何度やっても過剰と言うことは無い。

 確認後、アラート待機所に入れば、詰めている人間は皆顔が硬かった。


「よォ、シスター。露助の連中の実際はどうだったんだ?」


 そんな中、百里に居残り組で、北の戦いに参加していなかった顔見知りのパイロットから、声を掛けられる。


「手強いわよ。少しでも油断してたらこっちが墜とされてたわ」

「そうか。お前がそう言うのなら、そうなんだろう」


 飛行教導団(アグレッサー)に、高い鼻をペチャンコに押し潰された経験を持つ彼は、その飛行教導団をして「変態飛行」と言わしめた「私」が真剣にそう言うと、得心した様に頷いた。


「今度も、気を抜いたらこっちが殺られるわよ」


 核でね、とは付け足さなかった。が、言わなくても伝わったのか、広島県出身の彼の表情が、ますます研ぎ澄まされる。

 日本国相手に核攻撃とは、本当に良い神経していると思う。

 それだけは、絶対に我が国は許さないと言うのに。

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― 新着の感想 ―
[一言] >その飛行教導団をして「変態飛行」と言わしめた ・・・もしかしてリボンのエンブレムとか・・・
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