Op.04 "Fourth Strike"
第七師団がユジノ・サハリンスクを攻略すると、ロシア軍は樺太島からの撤退を決定。間宮海峡を挟んで対岸のニコラエフスク・ナ・アムーレの守りを固める姿勢を見せた。
なお、ロシア軍は撤退時に丁寧に樺太北端に位置する、オハのガス採掘施設群や発電所を爆破炎上させ、樺太全土を停電させる暴挙に及んでおり、まだ寒さが残る樺太島の住民達は凍死の危機に晒された。
この為、統合任務部隊は本来の予定に無い樺太全土の占領を余儀なくされ、慌てて各種支援物資を携えて進駐した部隊は現地住民から諸手を挙げた歓迎を受けるという、よく分からない事態に発展している。
玲和四年三月二十一日に統合任務部隊は樺太島の占領を宣言したが、南北に長く伸びる同島の兵站線は、コルサコフとユジノ・サハリンスクから細く長く伸びる一本道に頼っており、当然乍ら、ハバロフスクやコムソモリスク・ナ・アムーレからの容赦無い空襲に晒されることになった。
従って当然の帰結として、三月二十五日に「治安出動」の名目で出動していた自衛隊に対し日本国国会から是認が出ると、統合任務部隊はハバロフスクやコムソモリスク・ナ・アムーレ周辺の各ロシア軍航空戦力、並びに基地の破壊作戦の実施を決定する。
なお、「樺太島全島占領に係る一切の障害排除を目的とするロシア沿海州の空爆を主軸とした作戦」と言う実に長ったらしい名前で作成された本作戦の計画書は、当然の如く作戦名ただ一点のみ不評を買い、統合任務部隊司令官直々に、「オペレーション・タメトモ」と改めて号された。
「鎮西八郎」源為朝に肖ったその作戦は、大きく分けて三段階に分けられる。
先ず、ユジノ・サハリンスク、旭川、千歳、松島、小松、百里から上がる、米国より供与を受けたAGM-88対レーダーミサイルを携えた戦闘機部隊による、同時飽和攻撃をロシア沿海州全域に敢行し、各レーダーサイトを破壊。
これに対し迎撃または空中退避を図る敵航空戦力に対しては、三沢から上がるF-35部隊がステルス性を活かして忍び寄り撃滅。
仕上げに、八戸、厚木から上がる「対地モードを実装した射程延伸型ASM-3」を携えたP-1、P-3Cと、旭川に進出した爆装仕様の「特別な」F-15J達が、ハバロフスク、コムソモリスク・ナ・アムーレ周辺の飛行場を徹底的に空爆する、と言う寸法である。
実際に任務に当たる当事者の「私」が言うのも難だが、実に頭が悪い作戦だと思う。
折角魔改造ASM-3の数が揃ったんだから、完全に目視外で戦わせて欲しい。
何故に直々にハバロフスクだか、コムソモリスク・ナ・アムーレだかの防空施設が整っているであろう敵陣奥深くに分け入らねばならんのか、と思う。
多分に、ロシア軍に「く、空襲は長射程ミサイルによるもので、敵機の侵入は許してないし。樺太は元々戦闘機配置してなかったからだし」と言う言い逃れをさせない為なんじゃないか、と「私」は疑っている。
だが悲しき宮仕え、特殊公務員であるが故に、拒否すると言う選択肢は許されない。
加えて残念な事に、
「今日も貴方はご機嫌ね……」
「私」が駆る「特別な」F-15Jの二基のF-110-IHI-129ターボファンエンジンは、いつも通りの甲高い駆動音を奏でていて、機体の自己診断機能も全て正常。
何か一つでも異常があれば引き返せるのだが、今の所、脱落理由は見当たらない。
作戦は既に第二段階を終えつつある。「オペレーション・タメトモ」参加機の内、機材不良で脱落を余儀なくされたのは僅かに三機。ミサイルの不発に至ってはゼロ。
嫌になるぐらい良好な整備体制だ、と言っても過言ではないだろう。
陸上攻撃機にジョブチェンジした哨戒機達が携えるASM-3に先行して、「特別な」F-15J達は小隊単位で、ロシア沿海州の空を、LANTIRNと慣性航法装置の表示だけを頼りに、文字通り這う様な低空飛行で侵攻している。ASM-3は「速過ぎ」て、イーグルが先行しないと飽和攻撃にならないのだ。
緻密に織られたタイムスケジュールの通りなら、もう間も無くハバロフスクが見えて来ても不思議では無いが、視線の先は不気味に闇に閉ざされたまま。ロシアだって、阿呆の集まりではない。一連の空襲の本命が、各飛行場の破壊だと言うことぐらいは想像出来ているだろう。灯火管制が敷かれている可能性が頭にチラつく。
「見えた!」
と、後席でLANTIRNを見つめていた相棒が叫ぶ。同時に前方で弾着の閃光。ASM-3がいつの間にか、「私」達を追い越していたのだ。
もう電波封止している意味は無い。J/APG-2レーダーをオン、対地モード。編隊の先頭を飛んでいた隊長機がバンクした後、三番機を引き連れアフターバーナーを焚いて増速。それを横目に、事前の打ち合わせ通り、四番機を引き連れて「私」達は右旋回。一旦東へ抜ける。
特製の「照明弾」を詰め込んだ特製のASM-3が起こした爆発は、篝火となって飛行場全域を明るく照らし出していた。更に次々と突入してくるASM-3が、先の空襲で空中退避し損ねたか、燃料切れで舞い戻っていたであろう駐機中の機体を、手当たり次第に撃破していく。
その仕上げに、
「ドロップ……ナウ!」
隊内無線に宣告。続いて、連続爆発が滑走路の半分ほどを覆う。投弾を終えて身軽になった隊長の分隊が、素早く上空へ離脱して行くのを、行き違いに東から滑走路へ侵入した私達は、正面から捉えていた。
滑走路の中心線に爆撃照準を合わせ、五〇〇ポンド通常爆弾を全てドロップ。ディスペンサーからチャフとフレアをばら撒き、左急旋回。四番機も遅れることなく付いてくる。遅れて、爆発多数。けれど、その数は投下した数と一致しない。
それもその筈。投下した五〇〇ポンド通常爆弾の内の何発かは、着弾後にカウントダウンが始まる時限式遅延信管が設定されている。しかもそのタイムリミットは、着弾時にランダムに設定されるから、投下した側も何時爆発する様になっているかは分からない。
処理に当たるロシア軍の兵士たちは、残された不発弾の悪辣極まるこの仕様に、きっと泣いて喜ぶことだろう。
尤も、彼らのその顔を「私」達が見ることは、ついぞ無かったのだが。
「オペレーション・タメトモ」の戦果は、翌日、情報収集衛星が撮影した偵察画像により明らかになった。
統合任務部隊は「特別な」F-15J四機、通常のF-15J三機、廃棄寸前で現役復帰したF-4EJ改六機の完全喪失と引き換えに、所定の目標撃破を完遂。
特に、滑走路撃破よりも、航空戦力の撃滅に成功したことは、殊の外大きく評価された。
そりゃあ、穴を埋め戻すだけで済む滑走路と、精密機器の塊である航空機の撃破じゃ、後者の方が効果が大きいのは確かだけど、と「私」は嘆息する。
余談ながら、「オペレーション・タメトモ」で「私」達が投下した時限爆弾は、意外にも余り効果が無かった。
ロシア軍は残存する不発弾に対し、対戦車ミサイルを撃ち込んで遠隔爆破することを選んだからだ。
この辺り、不発弾は原則その場で無害化する事になっている自衛隊の「常識」を、ロシア軍にも当て嵌めたのが敗因と言えるだろう。ある意味、策士策に溺れた事になる。
ともあれ、極東地域のロシア軍航空戦力の大半を撃破した事により、「私」達は漸く一息吐ける事になったのだった。