Op.02 "Second Strike"
宗谷海峡上空では、玲和四年三月六日から九日にかけて、激烈な航空戦が戦われていた。
と言うのも、三月五日未明の開戦直後、ウラジオストクとペトロパヴロフスク・カムチャツキーに奇襲飽和攻撃を加えた日本国自衛隊に対し、ロシア軍が復讐の刃、Tu-22M爆撃機を多数の護衛と共に発進させ、最寄の北海道は千歳にある航空自衛隊千歳基地に対し、攻撃を仕掛けてきたからである。
これに対し、航空自衛隊は邀撃機多数を発進させると共に、陸上自衛隊と協働して宗谷海峡を絶対防衛ラインとする対空ミサイル陣地を形成し、真正面から迎え撃った。
同時に、対中華人民共和国に掛かり切りな西部・南西の各航空方面隊(一部を除く)は別として、中部航空方面隊から「有力な」部隊を小隊単位で抽出し、宗谷海峡の敵軍を側面から横撃する、航空撃滅戦を展開することとした。
正直、穏やかとは表現できない日本海上を、超低空で渡洋してウラジオストク周辺の攻撃を成功させた身分としては、少しは疲れを癒す時間をくれても良かったんじゃないの、とは思わないでもない。
ないが、悲しいかな、それが戦争をする、ということだった。
『ヤタガラスよりシーグルズ、三十秒後、レフトターン、ツー・ナイナー・ゼロ』
カチカチ、という空電で無言の応答。ホームベースである百里基地から、千歳と東京を結ぶドル箱路線の旅客航路を北上。護衛付きで苫小牧付近を遊弋する空中警戒管制機の指示に従って、一旦右に逸れてオホーツク海上に出てから、真方位二九〇度に変針すれば、戦場はもうすぐそこにあった。
データリンクを信じるならば、現状、宗谷海峡の航空戦は樺太島、亜庭湾上空まで押し込んでいる様だった。
とは言え、余りに深入りすると、樺太島からの迎撃ミサイルの餌食になりかねない。北部航空方面隊の連中だって、それは理解しているだろう。戦場を俯瞰するJ/APG-2レーダーの監視は後席に任せて、自分は戦場に眼を凝らす。
ロシアだって、阿呆では無い。
前日、前々日と、Tu-22Mは空襲をかけるフリをして撤退した。Tu-22Mを餌に、こちらの航空戦力をより有利に戦える樺太島上空へと誘い込もうとしたのだ。
だが、今日もそうであるとは限らない。パイロットとしての勘が、そして統合任務部隊司令部に齎される各種の情報が、今日こそは本命が来る、と囁いている。
果たして、
「ツー・オクロック、バックファイア、ブレイク!」
意趣返しのつもりなのか、超低空から突進してくるTu-22Mが海面に曳く航跡を見つけた。そして向こうもこちらが気付いたのに気付いたのか、伴っていた護衛機が急上昇するのが見えた。
こちらも小隊を分隊単位に解いて散開、急降下。
間髪入れず、レーダー警戒装置が愉快なミュージックを奏で、全自動でECMが作動。電子の眼を眩ませるけれど、IRST、赤外線捜索装置を予め備えているSu-27は意に介した風でもなく即座にミサイルを放つ。――判断が速い!
大Gの中で内心舌打ちしながら、右前方から迫る四発、いや五発のR-73空対空赤外線誘導ミサイルに対し、J/APG-2レーダーが自動で照準。こちらがコンフォーマル・フュエル・タンクに携えていた四発の九九式空対空誘導弾を後席が選択し、「私」は迷わずリリースボタンを押し込む。
「フォックス・スリー!」
「私」と僚機から放たれた計八発の九九式空対空誘導弾の結果を待たず、一発辺り二二〇キロの錘を落として身軽になったイーグルは手近な雲の中に飛び込む。急降下による増速と、雲という水蒸気の塊によって、エンジン排気が急速に冷える。
「ブレイク!」
けれど、それでR-73から逃れられたとは思わない。だから訓練の通りに、雲中で左右に分隊を解いて、更に急旋回。降下で得た速度を高度に変換してズームアップ。雲を飛び出したイーグルの後ろを、追いかけ切れなかったR-73が虚しく逸れていくのがバックミラーに映る。
機体は背面飛行、戦場を俯瞰する視点を手に入れる。先に放った九九式空対空誘導弾の内、どうやら一発、敵護衛機を仕留めたらしい黒煙が見える。そして、発見した。
別方向から迫る、Tu-22Mがもう一隊。
「味なマネするじゃないのっ!」
「チェックシックス!」
後席の声に、反射的にバレルロール。追いかけて来た二機のSu-27が放つGsh-30-1・三〇ミリ航空機関砲の、9-A−4511徹甲曳光弾が機体を掠め、一発が翼端の航法灯を吹き飛ばす。同時にぐるぐると回る視界の中、新手の方のTu-22Mに機首が向き、照準コンテナが合わさる。フラットな長音、ロックオンの合図。
「私」は残る四発全ての九九式空対空誘導弾をTu-22Mに放つと同時に、エアブレーキを開いてフラップを下ろし、サイドスティックを引いてフットバーを蹴っ飛ばす。
バレルロール中に生じた突然の流体力学的変化によって、フォワードスリップを強いられたイーグルは高度と速度を瞬時に喪失う。その様は、Su-27から見れば突然、イーグルが空中に静止した様に見えただろう。
オーバーシュートしたSu-27達の背中に向けて、脊髄反射的に指がトリガーを引く。
右主翼付け根に装備された、JM61A1・二〇ミリガトリング機関砲が、秒間七〇発のスピードで猛然と超音速のタングステン合金製徹甲弾を吐き出す。螺旋状にばら撒かれた超音速の徹甲弾のドラムビートが、チタンとジュラルミン製のSu-27の胴体を易々と貫き、風穴を空ける。
大Gが掛かる機動中に生じた機体構造の致命的な破壊現象は、Su-27をその場で四分五裂させる。機体の設計限界を遥かに超えるGが生じて空中分解。パイロットの脱出は見えない。
それに感傷的な気持ちを抱く間もなく、レーダースクリーンに一瞬、眼を戻す。新手のTu-22Mは先のミサイルで四機仕留めたが、残存機は尚も北海道へ突進中。更に最初に発見したTu-22Mも八機健在だが、こちらの分隊の僚機が、上手い事敵機を撒いて射点に着こうとしている。隊長の分隊はそれを阻止しようとする敵機の足止め中。
なら、と迷わず、フラップとエアブレーキを元に戻し、スロットルを開く。ミリタリーパワー・マックス、アフターバーナー・オン。ドン、と言う衝撃と共に、高度も速度に変換しながら、最初に見つけたTu-22Mの編隊に、イーグルは上空から覆い被さる様に追い縋る。速度計はグングン上がり、反比例するように燃料計が下がっていく。
向こうも追い縋るイーグルに気付いているのか、二基のクズネツォフNK-25エンジンのアフターバーナーを焚いて、千歳基地を射程に収めようと懸命に加速するけれど、
「シーグルズ・ツー、フォックス・ツー!」
こちらが射程に捉える方が、僅かに早かった。
残る残弾、〇四式空対空誘導弾が八発。その全てを続け様にリリース。Tu-22Mの機尾の対空機関砲が弾幕と言うにはささやかな対空射撃を行うけれど。
奮闘虚しくと言うべきか、一機につき各一発が命中したTu-22Mは、エンジンを破壊され操縦不能になり、紋別市沖のオホーツク海上に、もんどり打つ様に叩き付けられた。
「フュエル・ビンゴ」
その様を見届けると同時に、後席から残燃料が帰投分しか残っていないことを告げられる。残弾も機銃が七九〇発だけ。これではとてもではないが戦えない。
『ヤタガラスよりシーグルズ。
敵爆撃機は全て撃墜された。繰り返す、敵爆撃機は全て撃墜された。
空中給油機が不足している為、貴隊は旭川に降りて現地臨時補給隊より補給を受け、帰投するように』
まるでそれを見越していたかの様に、ヤタガラスから指示が飛ぶ。見れば、先ほど追い越した新手の方のTu-22Mも、乱舞していたSu-27も居なくなっていて、一番突出していた「私」を目印に、小隊各機が集合してくるところだった。
「ヘイ、シスター! これでエース様だなぁ!」
「鈍重な爆撃機を数に入れてもねぇ……」
ちょっと微妙な気持ちに、ならない、と言えば嘘になる。そこへ、隊長の声が割って入る。
「犬と言われようと、畜生と言われようと、俺達ゃ、勝つ事が本分だ。
何であろうと、敵機を墜とせない戦闘機に意味は無い。
違うか?」
「……はい、いいえ。
違いません、隊長」
「なら素直に受け取っとけ。いいな」
戒められて、確かに今の科白は傲慢だったな、と反省する。
「基地に帰ったらバケツの刑、だね」
「連帯責任で貴方も一緒よ」
後席からの声に、「私」はそう返した。
ちなみに、百里基地に帰ってからのことだが。
小隊で唯一被弾(航法灯を壊された)した「私」は、罰として腕立て伏せ二〇〇回を課せられた。