Op.01 "First Strike"
「発=統合幕僚監部
宛=自衛隊全部隊
玲和四年三月四日一二:〇〇を以て、航空総隊司令官を長とする統合任務部隊を編成する。
本統合任務部隊は本年二月二十四日に始まるロシア連邦の侵略に晒されているウクライナ救援の為、ロシア軍の兵力分散を強い、またウクライナを侵略するロシア軍を撃滅することを目的とする。
自衛隊全部隊は三月四日一五:〇〇までに全隊員の呼集を完結すべし。
作戦計画については、追って統合任務部隊司令部より指示を行う。
追記:本作戦はウクライナから存立の危機が除かれるまで継続される。」
「玲和」四年、日本国はウクライナにジョブチェンジしました! 外伝
F-15Jはイーグル・オブ・イーグルの夢を見るか?
『グッモーニング、ヤタガラスよりタスクフォースィーズ。
現刻を以て無線封止を解除する。繰り返す、現刻を以て無線封止を解除する』
二基のF-110-IHI-129ターボファンエンジンと、自分達の呼吸音しか聞こえなかった世界。パッシヴセンサーだけを頼りに、航法灯も消して、漆黒の闇を駆け続けて数時間。
出撃時に合わせた時計の長針と短針が、頂点を僅かに右にズレると同時に、ご機嫌な声が無線を通じて響くと、隊内無線のスイッチをオンにした。
カチカチ、と言う空電だけで点呼。海洋迷彩のイーグルが四機。シーグルズ小隊、全機健在。
データリンクが復活し、慣性航法装置だけを頼りに移動していたマップが、正確な機位で更新される。自機を示すフリップの横を、後方から発射されたASM-3が駆け抜けていくのが見えた。
遅れて数秒後、水平線の彼方から電子的な網が放たれ始めるが、三〇〇キロを六分余りで駆け抜けるASM-3に対して、その対応は遅きに失した。
果たして、未明のウラジオストクに殺到したASM-3は、在泊艦艇を感知するや否や、手当たり次第に突入していった。
機関を始動したり、対空捜索レーダーをオンにしたり、チャフ・フレアをばら撒いた艦艇はまだマシな部類で、対空ミサイルを打ち上げたのは一隻、CIWSを作動させたのは三隻に過ぎなかったし、ASM-3の直撃を受けた大体の艦艇は、殆ど何も対応出来ないまま、その場で大破炎上した。
その頃になると、開戦の一報を受けた近在の空軍基地から、次々と緊急発進が上空へと上がり始めるのが、データリンクを通じて見える。
それこそが二撃目を担う自分たちの狙いだった。
翼下に吊り下げた増槽を落とし、二機ずつ二手に別れた「特別な」F-15J達は増速。コンフォーマル・フュエル・タンクに懸架したAGM-65の狙いを、LANTIRN越しに見る、二十五キロ先の空軍基地に屯するスホーイ達や滑走路に定め、
「悲しいけど、これって戦争なのよね!」
思わず叩いた無駄口の元ネタが分かる誰かが、フッと隊内無線に笑い声を混ぜる。各機、四発ずつリリース。合計一二〇〇キロ余りの重量から解放され、F-15Jが浮き上がる。
それはそのままにチャフ・フレアをばら撒きながら、J/APG-2レーダーをオン。電子的な雑像の無い夜空に浮かび上がる、空襲の中を惑うジュラーヴリク達に、容赦無く照準コンテナが定まる。長音、ロックオンの合図。
「フォックス・スリー!」
コンフォーマル・フュエル・タンクに四発ずつ携えて来た九九式空対空誘導弾を、出し惜しみすることなく放ち、そのまま回避機動に入る。
九九式空対空誘導弾はアクティヴ・レーダー・ホーミング、俗に言う打ちっ放しミサイル。一度狙いを定めたら、発射母機はさっさと逃げ出してしまえる悪辣な仕組みだ。鶴達もチャフ・フレアを派手にばら撒いて回避機動に入るが、もう遅い。
「一機外れた、こっちに来る!」
「チッ!」
けれど弘法にも筆の誤り。百発中九十八発当たるミサイルの、当たらない二発を引き当てたらしい。勇敢な空の戦士が、悠然と戦果確認のため緩旋回に入っていた此方の分隊に向かってくる。
「ブレイク!」
思考は一瞬、訓練通りに分隊を解いて、左右に散開。鋭い旋回で、Gメーターが瞬間的に8Gを超えるのを見なかったことにする。
「あっちに付いた!」
敵機の行方を目で追っていた後席の兵装システム士官(WSO)が叫ぶのと同時、スロットルを開いてアフターバーナーをオン。サイドスティックを手前に引く。突き飛ばされる様な衝撃と共に、イーグルは猛然と加速しながら急上昇。
僅かに捻りを入れながら、目を瞑ってでも出来る様に、体に嫌になるほど刻み込んだ訓練の通りに、インメルマンターンの頂から、「態と」背中を取らせ、しかし照準を定められない程度の「ヌルい」回避機動を取って逃げ惑う僚機と、それを追う敵機を見下ろす。
LANTIRNはイーグルとジュラーヴリクを明確に識別。後席の同僚が、搭載兵装から〇四式空対空誘導弾を選択。ジュラーヴリクに照準コンテナが合わさる。長音、ロックオン。
「フォックス・ツー!」
宣言と同時、サイドスティックのリリースボタンを押し込む。翼下に番られていた赤外線画像誘導の矢が、勢い良く放たれる。同時に追われていた僚機は、まるでビー玉が指で弾かれる様にその場で跳ねて、敵機をオーバーシュートさせる。
その時、きっと敵機のパイロットは、後ろに逃れたイーグルを追って空を見上げ、そして頭上から迫る「死」を目撃したに違いない。
重量一〇〇キロにも満たない〇四式空対空誘導弾に搭載された指向性弾頭は、アクティヴ・レーザー近接信管の指令に従い、敵機に対し最も効果的な距離に於いて炸裂。超音速の破片を飛ばし、Su-27の背面をズタズタに切り刻んだ。特に目標熱源だった二基のエンジンは念入りに破壊され、超高速回転するタービンの羽根が破断。機体を内側からも破壊し、燃料に引火。瞬く間に爆発炎上した。
「……スプラッシュ、ダウン」
同じ飛行機乗りとして、あんな真正面から死を目視したであろう死に方はしたくない、と思いながら、撃墜を宣言。同時に、巻き込み事故を回避した僚機が隣に戻ってくる。
「グッキル、マイシスター!」
陽気な相方は、逃げ惑っていたのが嘘の様に――真実、それは嘘だったのだが――一糸乱れぬ精緻な操縦で、ピタリと右、僅かに後ろに機位を固定してみせる。
「……作戦中よ、マイシスターはやめて頂戴」
「おやおや、お姫様はご機嫌斜めかい?」
茶化すような声と共に、後方上空から隊長機が僚機と共に降って来て、「私」は顔を引き攣らせた。
「そんな油断して。撃墜されそうになっても助けませんよ」
「ツンデレ乙」
「マーク! 撃ち落とすわよ!」
『ヤタガラスよりシーグルズ、私語は慎め』
「……シーグルズ・ツー、コピー」
ギャハハハ、と割と品の無い笑い声が隊内無線に弾けて、割と本気で敵味方識別装置を切ろうかと真剣に悩む。
「ま、冗談はさて置き。
シーグルズ・ワンよりヤタガラス。我奇襲ニ成功セリ。
敵影なし、敵飛行場への攻撃効果大と認む。残弾、燃料僅少につき、帰投する」
隊長のその声と共に、シーグルズ小隊は揃って翼を翻す。
リターン・トゥ・ベース。
我らの本拠、百里基地へ向かって。