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Last Op. "Last Strike"

 脱落したパイロンはそのままに、エンジンや消耗品だけ突貫工事で交換し、整備員達が主張した精密検査を全て省略し、翼に大きく白地で緑十字を描いて仕上がった、「私」達の「特別な」F-15Jが一機と、ストルィ基地に偶々居合わせたので巻き込まれた、同じく白地に緑十字を描いたUS-2、コールサイン「カタリナ」が一機の編隊が、モスクワまでの最短コースを、地面を舐める様に飛ぶ。

 作戦骨子は単純明快。

 意外にも本土低空の防空態勢が脆弱な、ルカチュンコ政権が倒れて混乱するベラルーシからモスクワまでのルートを飛び、クレムリンに程近い所を流れるモスクワ川にUS-2を強行着水。爾後、US-2搭載のボートで上陸して、クレムリンまで皇女殿下とプッティン氏の息子を、日本国特命全権大使の到着より前に送り届ける。

 ただそれだけだ。

「私」達は「万一」に備えたUS-2の護衛で、しかし既にオブニンスクを横目に通過した今となっては、案外不要だったんじゃないか、と思える。

 ちなみに、この作戦の実施に当たって、モスクワ市内を案内出来る人材が必要だったのだが、チェレンコフスキー大統領は、


「私に良い考えがある」


 と言って電話一本で、ハルキウ市内の病院で今も集中治療室に入っている「キーウの幽霊」ヴィオレッタちゃんに付き添っていた「ハルキウの鬼神」を、ヴィオレッタちゃんの命を盾に脅迫(お話)して専用機を仕立ててストルィ基地まで呼び出し、皇女殿下に同道させるという中々の鬼畜っぷりを見せている。

 ウクライナ国防省情報総局(GUR)の現地諜報員とモスクワ警察の間で話はついていて、クレムリン周辺を警備する警察は「日本国の特命全権大使に対する抗議で集まった群集の警備に忙しい」ので川の警備までは覚束ないし、空の警備は「ロシア航空宇宙軍の所管」なのだそうだ。

 要するに、「現地まで辿り着けたなら」黙認してくれる、という事である。

 多分、赤の広場に着陸したセスナ並みに頭のイカレた作戦だと思う。

 ちなみに、US-2が居なかった場合、C-2にロシア軍から鹵獲した「Z」が描かれたSUVを積んで、モスクワ郊外の適当な平地か道路に強行着陸する事になっていた。

 ストルィ基地を出て三時間。陽は昇り、足の遅いUS-2(※飛行艇としてはとても速い)とそれに合わせて飛ぶイーグルは、既にロシアのSNS上に目撃情報が多数上がっている、と基地からの面白がる様な報告を受けている。とっくにモスクワを守備する例の「大統領親衛飛行隊」が出て来ても可笑しく無い筈なんだけど、と思いながらも周囲に目を凝らしていると、


「スリー・フォー・ファイブ、機影四!」


 噂をすれば何とやら。Su-57がバンクを振りながら近付いてくる。Su-57は一旦「私」達の上空をフライパスした後、「私」達を射線に入れない様にしながら、後ろから「私」達に並ぶ。隊長機らしい機体が「私」達の真横に来て、手にしたメモを振っている。


「周波数だね、こっちと話したがってる」

「回線開いて」

「はーい」

『こちら「大統領親衛飛行隊」副隊長、貴隊を護衛する』


 周波数を合わせると、相手から流暢な英語が届いた。女性の声だ。


「護衛? 撃墜じゃなくて?」

『大統領からの命令だ。命令とあらば従わざるを得ない。命令ならな』


 その言い方に、彼女なりの今次大戦に対する葛藤が見えた。


『ま、個人的にはお前と話してみたかったんだ、シーグルズ・ツー。

 何しろお前は隊長の分隊エレメントを墜としたんだからな』

「え、アイツ隊長だったの!?」

『何だ、隊長は身分を明かさなかったのか』

「氏名と階級と所属部隊だけ。高級佐官だけどそれは「大統領親衛飛行隊」だからって思ってたわ」

『心外だな、「親衛」が付くからと言って、階級の高い者ばかりの集団と言う訳じゃ無いぞ?

 純粋に技量だけを追求した連中六機の集団だ。今は四機だがな』

「それは失礼したわ。御免なさい」

『何、よくあることだ。気にしてない。

 それよりもお前、護衛なのにミサイルの一つも持たず、正気か?』

「正気も正気よ。故事に倣って曰く、「和平の使者は槍を持たない」って言うじゃない。

 だからミサイルは無し。正真正銘、ただの弾除けよ、念の為のね」


 正確に言えば、固定武装である機銃に弾は入っているけれども、それだけだ。

 敵地深くに侵入するにしては、心許なさ過ぎる武装と言えるだろう。


『シーグルズ・ツーよ、それはジャパニメーションの台詞ではないか?』

「ありゃ、そうなの?」

「そうだよ、シスター」

『ハッハッハ、そうだぞ、シーグルズ・ツー。娘がファンなんだ、何度も繰り返して観ているヤツだ』


 副隊長さんはそうツッコんで、快活に笑った。


「娘さんがいらっしゃる」

『ああ、二人な。大学で上はウクライナ語、下は日本語を学んでいる。和平が成って、どちらの国にも行ける様になれば良いんだが……』

「そうね……」


 副隊長の憂いを取り除けるような言葉を思い付かなくて、私は言葉を濁す。


『大丈夫。

 私達が、絶対に和平を成してみせます』


 と、通信に割り込む声。皇女殿下だ。聞いていたのか。


『和平の使者が乗っていると聞いたが、随分と声が若いな』

「そりゃそうよ、この前二十歳になったばかりの、日本国ウチのお姫様だもの」

『何!? プリンセス・チカコか!?』

「そうそう。よく知ってるわね、ってそうか、娘さんが日本語学んでらっしゃったものね」

『そうか……なら、よろしくお願い申し上げる』

『はい。必ずや』


 と、前方にクレムリンと市内を蛇行するモスクワ川が見えて来た。


『このまま真っ直ぐ飛べ。

 モスクワ川のカーブの、最初の橋を飛び越えたら直ぐに着水だ。

 次の橋まで一キロしかないが、行けるな』

「大丈夫よ。スペック上はね」

『お姉様、不安になる様な事、言わないで下さい……!』

『お姉様?』

「はいはい、お喋りはここまでよ。

 アンタもいい加減、お姉様呼びは卒業して頂戴。

「カタリナ」、後は宜しく!」

『カタリナ、コピー。

 エスコート感謝する』


 US-2はバンクを振った後、フラップを下ろし急速に減速。こちらから見ると、まるで空中に静止しているかの様な印象を受ける。


『……あれで飛んでいるというのが信じられん』

「私ゃアンタらの隊長の飛ばし方の方が大概だと思うわよ。

 何よ、機動しながらレーザー測距装置無しで目視射撃って。あんなヤバい奴二度と御免だわ」

『それを撃墜したお前が言うか?』


 そう言われると、案外お互い様なのかも知れない、と思った。

 イーグルとSu-57の異機種編隊は一旦左旋回。その間にモスクワ川の川面に進入していったUS-2は、危なげなく無事に着水を決める。

 モスクワ市民が何事かと集まってくる間に、エンジンを止めたUS-2のドアが開いて、ゴムボートが展開される。皇女殿下の一行が乗り込み、ゴムボートはピョートル大帝像と救世主ハリストス大聖堂の方へ走り出す。Su-57に合わせて高度を上げながら、それがやがて河岸に上陸点を見つけて着岸するのを見届ける。


『ところでシーグルズ・ツー、お前はどうするんだ?』

「それなんだけどさあ……ごめん、ちょっと限界」

『は?』

「悪いんだけど、シェレメーチエヴォまでエスコートしてくれない?

 ちょっと飛んでる内に、気分が悪くなって来ててさぁ……」

「は!? シスター何それ、聞いてないんだけど!?」

「言ってないからね。……おえっ、……ユー・ハヴ・コントロール」

「えっ、ちょっ、アイ・ハヴ・コントロール!」

『おい、気絶するなよ!

「大統領親衛飛行隊」よりモスクワ・コントロール! 今からシェレメーチエヴォに緊急着陸する! 繰り返す、……』






 ああ、夢を見ているな、と思う。

 だってもう、「あの人」は儚くなってしまったから。

 なのに、目の前に居るなんて、そんなの夢の世界での出来事以外にあり得ない。

 それとも、機上で意識を喪失って、そのままポックリ逝ってしまったのだろうか?

 などと思っていると、「あの人」が腕を上げ、「私」の後ろを指す。


――後ろ?


 首を傾げていると、「あの人」が口を開く。


「もう少しばかり、彼と生きなさい」


 そう言って彼は微笑むと、スッと揺らめいて、消えていった。


――彼?


 不思議に思って、後ろを「私」は振り向こうとする。

 瞬間、意識が浮上する――、




「起きろシスター! この駄々っ子ォッ!」


 バッチン、と激しく頬を張られて、私は意識を取り戻す。瞬間、激しく咳き込む。一体、何事!?

 って言うか、


「ゲロ、臭っ……!」

「テメェの吐瀉物だよ、馬鹿野郎!」


 相棒に怒鳴られる。まだ胃の辺りがグルグルする。胸も痛い、咳は止まらない、呼吸は苦しい。超絶最悪な目覚めだ。


「意識を取り戻したか、シーグルズ・ツー」


 暫く咳き込んでいたのが何とか落ち着いた頃、聞き覚えのある声が掛けられる。


「副隊長、さん……?」


「大統領親衛飛行隊」の副隊長と思しき女性が、屈み込んで、硬い地面で悶えていた私の顔を覗き込んでいる。


「お前、自分のゲロを喉に詰まらせて、呼吸と心臓が止まったんだぞ。

 お前の相棒がゲロを吸い出して、心肺蘇生して、ビンタしてくれなければそのまま死んでいたんだからな。

 感謝することだ」

「ゔぇッ……!?」


 想像して、絵面の酷さにまたしても吐きそうになる。

 って言うか、


「ファースト、キス、が、ゲロの味……」


 がくり。と心が折れる。


「なんだお前、随分若いパイロットだと思っていたが、まだバージンだったのか」


 呆れた様に言われて、色んな意味で涙が出てくる。何で私、こんな羞恥プレイを敵地で受けてるんだろう……。

 ばたり。と脱力した私に、相棒が怒鳴る。


「ファーストキスがゲロ味だったら幾ら何でも百年の恋も覚めるわ馬鹿野郎! 何でコイツ肝心なことを覚えてねえんだよ畜生!」

「はぁ……?」

「何だお前、もしかして酔わして襲ったクチか?」


 処す? 処す? と副隊長さんがすかさず相棒を捕まえ、ヘッドロックする。


「酔ったのはコイツ! 襲われたのは僕! コイツ六日の戦闘の後、弔い酒で悪酔いしやがったの!」


 相棒がそう叫んでガチギレしているが、すみません、記憶にないです……。


「じゃあ問題ないな」

「僕の同意は!?」

「男だろ、責任取れよ」


 不条理だあああああああああああぁぁぁぁぁぁ! という相棒の叫びは、やってきた救急車のサイレンに掻き消された。


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