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Op.13 "Thirteenth Strike"

 皇女殿下の依頼に、私は瞠目した。


「……私はもう、貴女の姉ではないわ!

 それに、モスクワまで貴女を連れて行けですって!?

 それがどんなに困難なことか分かって言っているの!?」


 紡ぎ出した声は、悲鳴の様だった。けれど、皇女殿下は頑として深く頭を下げ続ける。


「無理、無茶を申し上げているのは理解っています!

 けれど、他に世界を救う、手立てが無いのです!

 一生のお願いです!

 これが済めば、如何様にも償いはいたしますから!

 どうか、どうか私達を、モスクワまで、クレムリンまで連れて行ってほしいのです!」

「お願いします!」


 そう言って、皇女殿下の隣に立って頭を下げたのは、彼女が同道していた唯一のヨーロッパ人顔の、何処か既視感のある彫りの深い青年だった。


「……後先考えなければ、モスクワまで貴女達を送り届けるのは、不可能ではないわ」

「お姉様!」

「シスター!」

「でも!」


 根負けしてそう言った私を制止する相棒の声を遮って、私は言葉を続ける。


「貴女達の事情を聞かなければ、話にならないわ。全部の事情を吐きなさい。包み隠さず、今、ここで」


 既視感の正体に気付いた私は、ひたり、と戦場で培われた殺気を露わにして、皇女殿下を、彫りの深い青年を見つめる。沈黙が重苦しく部屋を支配する。やがてどちらからともなく皇女殿下と彫りの深い青年は手を取り合い、皇女殿下が口を開く。


「この方は、プッティン氏の隠し子なのです。

 そして、私がお付き合いしている方でもあります」

「父は、世界に向けて無差別核攻撃を実施するつもりでいます。

 息子として、父の暴挙を見過ごす訳には参りません。

 その為には、日本国特命全権大使がモスクワに到着するより前に、彼女をクレムリンに送り届けて、日本国今上皇帝陛下の和平案を直接、父に伝えなければならないのです!」


 漏れた声が、苦渋の呻き声だったのか、落胆の嘆き声だったのか、「私」には判別がつかなかった。

 既視感の正体――プッティン氏の面影を僅かに残す、彫りの深い青年を睨み付ける。


「「息子として、父の暴挙を見過ごす訳にはいかない」ですって!?

 この戦争で今まで一体何人の人が死に、どれだけの人が耐え難い苦痛を与えられてきたと思っているの!?

 貴方はその間、今まで一体何処で何をしてきたと言うの!?

 どの口でモノを言っているのッ、恥を知りなさい!」

「お怒りはご尤もです!

 日本国で、銃後で、皇女殿下というパートナーと安全に、安穏と暮らしていた自覚はあります!」

「なら今すぐ帰りなさいッ!

 道理で核をブラックジャックが撃たなかった訳だわ。彼らは貴方が東京に居るのを知っていた。

 ロシアにしてみたら、核を実際に行使するんだという脅しが出来れば良かった。

 弾道ミサイルにしてもあれはきっと不発弾。迎撃されれば善し、迎撃されなくとも脅しになる。それで十分じゃないの!?

 東京急行にしても、完全な捨て駒だった訳ね。

 巫山戯るんじゃないわよ、戦火に斃れた人々の命を、何だと思っているの!?」

「父は病気なのです!」

「そうね、軍事的冒険主義に冒された、どうしようもない病人よ!」

「違いますお姉様!

 真実、プッティン閣下は病気なのです! 末期癌なのです!」

「……はぁ!?」

「末期癌です。脳にも転移している筈です。

 父は正気ではありません。私から戦争を諌めるメッセージを送っても、支離滅裂な返事が返って来ます。

 でも正気に戻った時、助けを求めてくるのです。「私を止めてほしい」と」


 バサリ、と机にメールをプリントアウトしたものが広げられる。それが真実、彼らの言う通りのものなのか、それとも話を合わせる為に作られたものなのかは理解らない。この場にCIAのエージェントでも居れば、エシュロン・システムを使ってそれが真実かどうか知る事が出来ただろうけど、此処はストルィ空軍基地で、この場に居合わせているのはインテリジェンスの専門家ではない。


「……それが真実だったとして」


 怒りを押し殺した声で、けれど努めて冷静な声で、基地司令官が言う。


「どうして君達をモスクワへ、クレムリンへ送り届ける事が、無差別核攻撃を防ぐ事に繋がるのかね?」

「プッティン閣下が正気の時に、私の父の和平案をお伝えしました。

 そうしましたら、プッティン閣下から「君達となら話に応じても良い」と。

「但し、日本国特命全権大使より先に君達が来ることが条件だ」と」


 プリントアウトの内の一枚を指し示して、皇女殿下が言う。


「その正気かどうかも理解らないプッティン相手に、和平交渉をしようと言うのかね、君達は?」

「はい。其処に、一縷でも望みがあるのなら」

「その権限も無いのに?」


 基地司令官に続いて私が問えば、皇女殿下は胸元を抑え、


「此処に、父の信任状があります。

 但し、日付は日本を出発する特命全権大使が携えるものより前のもので、しかも内閣の承認を経ていませんから、法的には、何ら効力を有しませんが」


 法的には普通、後から発出される信任状の方が、前に発出された信任状の権限を上書きする。

 しかし皇女殿下が携える信任状は、その権限すら持たない。

 あるのは日本国天帝が発したという、権威だけ。


「だから、正式な特命全権大使より前に貴女達がクレムリンに到着していなければならない。そういうことね?」

「はい」

「巫山戯た話だわ。ウクライナが其処には何も関与して無いじゃない。子供の戯言に付き合ってられ――」


「良いじゃないか、私は許可する。

 和平交渉は日本国に一任していたが、新しい信任状も此処で書こう」


「チェ、チェレンコフスキー大統領閣下!?」


 ガチャリ、と扉が開き、ウクライナ大統領、ウォロディミール・チェレンコフスキー閣下が入ってきたので、「私」は飛び上がって敬礼した。


「な、何故、大統領閣下が此処に……」

「日本国の宮内庁から連絡があったのさ。皇女殿下が国境封鎖を何とか突破して、唯一クレムリンまで送り届けてくれそうな知り合いを訪ねて、このストルィ基地に来ているとね。

 話はこの基地司令官殿に持たせたスマートフォンを通じて、聞かせてもらったよ。我々が得ているインテリジェンス情報とも合致する。

 シーグルズ・ツー。彼女達が持ってきたこのプリントアウトも、彼女達が言っていることも、全部本当の事だ。間違いは無い」


 開戦以来のトレードマーク、ダークグリーンのシャツ姿のチェレンコフスキー大統領は、ウィンクをキメてそう言った。


「一つ不満を言わせてもらうとすれば――、」


 ギロリ、と皇女殿下と青年の前に立った閣下は、彼女達を睨め付けて言った。


「プッティンが正気である内に、彼を引退させるべきだった。

 例えそれでロシアという国が乱れるとしても、それが君の、血族としての義務だった。責任だった。

 普段遠く離れた地で暮らしていても、君はプッティンの事に気付かねばならなかった。

 違うかね?」

「はい、いいえ。違いません」

「理解っているなら歯を食いしばれ。腹に力を入れろ」

「はいッ!」


 ドスッ、と周りが止める間も無く、重い一撃が青年の腹に入る。


「っ、グ、ご指導……ありがとう、ございます……ッ!」


 軍人の我々が感心するぐらいの大統領の容赦ない腹パンに、青年はよろめいて空いている方の手で打撃された場所を押さえながらも耐え切った。


「うん、よろしい。君は一廉の漢になるだろう。

 ただな、君がプッティンの息子だという事は今後、生涯隠し通すことだ。碌な事にならない。

――さあ、もう時間は無いぞ。早速作戦を立てようじゃないか」


 一発殴って気が済んだのか、あっさりと怒りを消してそう言ったチェレンコフスキー大統領は、「私」達を振り返って実に楽しそうにそう言った。


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