Op.12 "Twelfth Strike"
玲和四年八月九日、日本国=ウクライナ連合軍統合任務部隊臨時第一機甲軍は、ロシア野戦軍主力との決戦に及んだ。
互いにエア・カバーが殆ど無い状況でのぶつかり合いは、辛うじて臨時第一機甲軍の側に軍配が上がったものの、純軍事的に言えば全滅に等しい損害を受け、ロシア軍の包囲が解かれたハルキウへの入城に、臨時第一機甲軍は殆ど関与しなかった。
以後、雪崩を打って撤退していったロシア軍の後を追った日本国=ウクライナ連合軍残存部隊は、八月十五日には殆ど全ての被占領地域の奪還を宣言し、戦争の焦点は「クレムリンを破壊するまでやる」と宣言していた日本国が、言を翻して戦争を終わらせるか否かに移っていた。
互いに外征能力を喪失した状態であり、またその再建には途方もない労力と時間とカネを要することから、世界は日本国が現ラインを以て戦争を終結させるだろう、と比較的に楽観視する姿勢を見せていた。
一応、平和の為の戦いという御題目を掲げて戦った日本国の姿勢を、信用していた、と言っても良いかも知れない。
実際には、八月十六日、日本国=ウクライナはウクライナであるロシアに対し、九月二日正午(モスクワ時間)を回答期限とする最後通牒を実施した。
日本国内閣総理大臣、吉田・武雄曰く、
「本日、我が国はウクライナであるロシアによるウクライナでの騒乱、所謂戦争状態の最終解決に向けて、ロシア大統領府に対し最後通牒を実施いたしました。
一、回答期限はモスクワ時間で九月二日正午とし、全権大使をシェレメーチエヴォ国際空港に向かわせるので、回答はその者に直接されたい。
二、ロシアは二〇二二年二月二十二日時点のウクライナ国境線を最終的かつ永久的な国境線として承認せよ。
三、ロシアと我が国は直ちに全保有核兵器の武装解除を行い、国際原子力機関に引き渡すべし。
四、各々の国内法規に照らして、本戦争の妥当性について、公開にて裁判を行うべし。
五、さもなくば貴様の首を取るまで我々は戦う。
以上、であります」
と言う核兵器による恫喝であり、ここで世界は日本国が、拿捕したロシア軍の弾道ミサイル潜水艦を使って「本気の本気で」クレムリンを破壊する用意を整えていることを知る事になった。
斯様な最後通牒をウクライナである日本国から突き付けられたプッティン氏であったが、その直後から動静が途絶え、世界中がすわ、核戦争か!? と右往左往することになった。
アメリカとロシアの間に敷かれたホットラインも相手の応えが無くなり、世界中の核保有国が臨戦態勢となり、世界終末時計は一〇秒前まで分針が進められた。
平然としていたのは当のウクライナ人と日本人「兵士」ぐらいのもので、コメディアン出身の人気俳優からウクライナ大統領に転身したと言う異例の経歴を持つチェレンコフスキー氏は、
「マリウポリ市民が虐殺され、キーウやハルキウ前面にロシア軍が迫るよりは絶望的じゃないじゃないか。何を大袈裟な」
などと戯けて見せ、ウクライナ政府閣僚を感心させた。
「私」達日本人などは、共に轡を並べて戦った外国人義勇兵達から、
「気持ちはとてもよく分かる。よく言った! 感動した!」
と肩を叩いて激賞されたので、愛想良く引き攣り笑いをするしか無かった。
実の所、核攻撃未遂を犯された件について、何らかの報復はやるだろうなー、と思っていたが、真正面から核で喧嘩を売るとは思っていなかった。
日本国本土で、在日米軍が本気の本気で吉田政権の転覆を図って返り討ちに遭ったとのBBCのニュースが飛び込んでくると、基地の食堂では拍手喝采が起きた。
内心、兵器を供与するばかりで戦争に参戦してくれなかったアメリカ合衆国に、面白く無いものはあったのだと思う。
世界唯一の超大国の座にあるアメリカ合衆国にしてみたら、世界第二位の核戦力を持つロシアに対し、深謀遠慮から兵器供与(それにしたって莫大な量を無償供与している)に留めていたのに、裏切られた気分だった事だろう。
最後通牒の数時間後から、ウクライナ周辺空域はNATO軍に封鎖され、一切の出入りが禁じられたが、「私」達は一切意に介さなかった。
何しろ「私」達の乗機は重整備で使用不能だから出来ることは無いし、そもそもNATO軍と敵対する意志は「私達には」無い。
それに日本国のそれは飽く迄も恫喝であって、実際に核兵器を使用に供したロシア軍ほど、悪辣な行いだとは考えていなかった。
だから、「私」達は何も動く必要は無いし、そもそもその権限も無いし、その内時間が経てば「政治」が解決することだと考えていた。
ところがぎっちょん、「私」達が嫌でも当事者として解決に向かわねばならない事態が発生したのは、九月一日夕方のことだった。
基地の警備兵曰く、一人の日本人女性を連れた日本人達の集団が、「私」の「本名」を出して押し掛けて来た。ついては軍事機密の漏洩が疑われるため基地の一室に拘禁したが、もしかしたら「私」に纏わる関係者かも知れないから、一度面通しをして欲しい、とのことで、「私」は相棒を連れて、その一団が押し込められた一室に、足を運んだ。
「お姉様!」
「……何をやっているの、貴女は……」
そして、思いっきり頭を抱えた。何となれば、そこにおわしたのは、日本国今上天帝の実の娘、第一皇女殿下とその供回り(見慣れないヨーロッパ人の顔つきの青年も居たが)だったからである。
警備兵達に、「大変残念な事に知り合いなので、兎に角事情を聞き出すから立ち会って欲しい」と告げると、警備兵は一人が基地司令を呼びに立ち去った。
「お姉様、あの……」
「何の為にここまで来たのか知らないけど、基地司令が来るまで待って頂戴。話はそれからよ!」
敢えて厳しい口調で嗜めると、チカコ皇女殿下は口を噤んだ。
やがて基地司令官のウクライナ空軍大佐と、足を負傷してベッドの住人になっていた筈の小隊長まで松葉杖を突いてやって来た。
「隊長まで……」
「基地司令官殿に呼ばれたんだ。俺はお前の上司だぞ、話を聞かん訳にはいかんだろう」
それはそうだ。そこまで頭が回っていなかったから、意外と「私」自身、動転しているらしい。
「それで、」
と私は話の水を向ける。
「日本国天帝陛下の第一皇女殿下が、一介のパイロットに過ぎない「私」に、一体何の用なの!?」
隊長の通訳を受けた基地司令官が驚きで目を見開く。キツい詰問の声に皇女殿下はたじろぎ、けれどすぐに皇女としてあるべき毅然とした態度を取り戻し、私に頭を下げた。
「お願いします、お姉様!
私達をモスクワまで連れて行って下さい!」




