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Op.09 "Ninth Strike"

 三波延べ六〇機余りの戦爆連合によるキーウ強襲と空中哨戒により、キーウから凡そ半径六〇〇キロ圏内、特にキーウから三時半から九時半にかけての半円状の領域は、我々統合任務部隊の制空権が及ぶ所となり、キーウ前面やハルキウ、ザポリージャ、ムィコラーイウ、オデーサなどに対する同時空爆により、ロシア軍は大混乱に陥った。

 湾岸戦争も斯くや、と言わんばかりの波状攻撃により、攻勢正面を絞り切れなかったロシア軍航空部隊は各個撃破されたのである。


 そして正午にもなると、Cー130とEFー2000の群れがキーウに飛来し、陸上自衛隊第一空挺団と義勇兵からなる国際空挺旅団が、敵前強襲空挺降下を敢行した。

 特に激しい戦いが繰り広げられていたホストーメリ空港では、ロシア軍背後に降下した部隊がウクライナ軍と協働して挟撃し、破壊された滑走路上で握手を交わすという、歴史的な光景が見られた。

 統合任務部隊の攻撃は陸上のみならず、黒海に展開しウクライナの海路を封鎖するロシア軍艦艇に対しても加えられた。

 ポーランドを拠点に展開したPー1哨戒機による、飽和対艦ミサイル攻撃が実施され、特にロシア海軍黒海艦隊旗艦「モスクワ」は執拗に狙われ、六発のミサイルを被弾して最終的には搭載弾薬が誘爆し轟沈するのを、トドメを刺しに出撃した「私」達シーグルズ隊は目撃することになった。


 黒海西部は私達日本国(ウクライナ)自衛隊(国家親衛隊)の支配する所となり、それを待っていた欧州諸国義勇兵からなる日本国自衛隊遣欧統合任務部隊「JTFーウクライナ」地上部隊は、ポーランドやルーマニアからウクライナ本土へ雪崩れ込んだ。

 同時にキーウに日本国自衛隊遣欧統合任務部隊司令部が到着し、ウクライナ軍指揮下に編入され、新生「JTFーウクライナ」が誕生した。

 欧州諸国から大量の主力戦車の供与を受け、一気にウクライナ中央に進軍した同地上部隊は、オデーサ支隊、マリウポリ支隊、ハルキウ支隊に別れる。


 先陣を切ったのは同マリウポリ支隊で、同支隊はドニプロに於いてドニプロー川を渡河し、残存部隊がなおも立て籠もって抵抗を続けているウクライナ東南部、マリウポリに脇目も振らず突進した。

 これに対し、ロシア軍は家芸である重砲射撃での撃退を試みたが、JTFーウクライナの反応は、激烈を極めた。

 対砲兵レーダーをありったけ戦場に持ち込んでいた同支隊は、検知したロシア軍の砲撃に対し、陣地転換の暇を与えること無く、激しい空爆を加えた。

 キーウから西に五〇キロ離れたジトーミル州オゼルネにある、ウクライナ空軍オゼルネ空軍基地に進出した「私」達シーグルズ隊他、遣欧統合任務部隊の航空隊は、最低でも一日一回のペースで出撃を繰り返し、マリウポリ周辺のロシア軍陣地を耕した。

 最終的に、マリウポリは欧州戦車博覧会と化したJTFーウクライナ地上部隊マリウポリ支隊が突入して、血で血を洗う様な激しい市街戦が繰り広げられたが、一ヶ月にも及ぶ攻防の末、ロシア軍は東西に分かれて撤退していった。


 そしてオデーサからクリミア半島に至る細く長く伸びたロシア軍占領地域に対し、JTFーウクライナ・オデーサ支隊は要衝ムィコラーイウを攻撃し、ヘルソン周辺のドニプロー川に架かる橋を「私」達は片っ端から破壊していき、オデーサを囲んでいたロシア軍を孤立せしめた。

 最終的に同地のロシア軍は徹底抗戦では無く名誉ある降伏――様々な戦争犯罪を犯していたロシア軍に、果たして名誉が存在していたのかは甚だ疑問だが――を選んだ。


 ここまでは、「私」達は制空権の維持に気を遣いながらも、殆ど対地攻撃任務に従事していたが、次の戦場は様相が異なった。

 ドネツク・ルハンシク州は、ロシア軍並びに分離独立主義者と元々対峙していたウクライナ軍に任せ、JTFーウクライナは南部に残存するロシア軍をクリミア半島に向かって押し込み始めると同時に、包囲下に置かれているウクライナ第二の都市、ハルキウの解囲の為、同ハルキウ支隊を差し向けた。

 後に第六次ハルキウの戦いと呼ばれることになるその戦いに於いて、同ハルキウ支隊は一旦は解囲に成功したものの、ロシア軍の激しい反撃により突破口を維持することが出来ず、一時撤退を余儀なくされた。

 反撃を捌ききれなかった要因は色々とあるのだが、究極的には詰まるところ、ハルキウ上空は限定的にロシア軍の制空権が優勢であった、と言う所に理由を求めることが出来る。

 俗に言う「ハルキウの鬼神」と呼ばれるロシア軍パイロットに率いられる戦闘機部隊の一団により、JTFーウクライナの空爆は度々頓挫。更に数えるのが嫌になる程の損失機を出す事になり、とうとう戦力再編の為、一時的な後退を余儀なくされる事態に至った。

「私」達も一回遭遇したが、アレはヤバかった。奴は戦場の死角を突くのが上手過ぎる。

 偶々、複座型で「眼」が二つある「私」達だからこそ、何時の間にか背後に忍び寄っていた奴に気付いて、命からがら逃げ出す事が出来たが、そうでなかったら今頃死んでいた。


 戦力再編の為にリヴィウ州ストルィのストルィ空軍基地まで後退した「私」達は、そこで同じく戦力再編中だったウクライナ空軍のパイロット達と交流を深める事になった。

 中でも「キーウの幽霊」の異名を取るパイロットが、ハイティーンの女の子だと言うのは度肝を抜かれた。

 しかも互いに拙い英語とウクライナ語で話をしてみると、元は民間人で、開戦初日に動力付きグライダーでロシア軍機に追いかけ回されていたのを、上手く地上に誘い込んで墜落に追い込んだのが初戦果だと言うから恐ろしい。

 その後、促成教育で戦力化され、今やエースパイロットなのだと言うから、生粋の()()()()である「私」達は顔を引き攣らせるしか無かった。


 そんな一幕もありつつ迎えた七月七日、「私」達は休養を終え、トルコ海峡を強行突破して黒海に雪崩れ込んだJTFーウクライナ・海上支隊の直掩の為、久々に出撃する事になった。

 装備は九九式空対空誘導弾が八発、〇四式空対空誘導弾が四発、それと増槽が二つ。滞空時間を伸ばした、空対空戦闘仕様だ。


『「みかさ」よりシーグルズ、ゼロ・ナイナー・ゼロより飛来する機影あり。おそらくバックファイアと思われる、数は四、そちらで対処可能か?』

「シーグルズ・ワン、ラジャ。

 ツーとフォーで殺れ、残りは別動隊に備える」

「コピー!」

「スリー!」

「フォー!」


 号令一下、イーグルは翼を翻す。増槽をドロップし、スロットルを開き、アフターバーナーを焚く。J/APG-2は空対空捜索モード。直ぐに機影を捉える。Tu-22M、多分最寄りの戦略爆撃機基地であるエンゲリス基地からだろう。

 こちらがTu-22Mを射程に捉える前に、相手から対艦ミサイルが放たれる。LANTIRNでミサイルをロック、フラットな長音、即座にリリース。


「フォックス・ツー!」


 更にイーグルは突進、漸く対艦ミサイルの発射を終え旋回を始めたTu-22Mを無視して、対艦ミサイルを間合いに入れる。ヘッド・オン、レーダーロック、武装選択は九九式空対空誘導弾。出し惜しみはしない。即座にリリース。


「フォックス・スリー!」

「ブレイク!」


 発射と同時、後席からの警告を受け、反射的にチャフ・フレアをばら撒き四番機と二手に別れる。フォワード・スリップしつつ急降下。目前を未来予測位置を外された曳光弾が駆け抜ける。重力に逆らって血が上る。レッドアウト寸前、


「チェックシックス!」


 後席から警告、RWR(レーダー警戒受信機)もMAWS(ミサイル警報装置)も鳴らない。咄嗟にイーグルを横転、コンマ数秒前まで主翼があった空間を、曳光弾が貫く。――目視だけで撃たれている!?


『「みかさ」よりシーグルズ、何が起きている!?』

「敵に追い掛け回されてるのよッ、そっちのレーダーには映ってないの!?」

「ワンよりツー、スホーイのステルスだ! 二機、そっちを狙ってる!」


 バックミラーに映ったのはSu-57。

 最近量産が始まったばかりの、そしてコムソモリスク・ナ・アムーレにあるその生産工場をついこの間破壊したばかりの、ロシアの最新鋭ステルス戦闘機。特徴的なデジタル迷彩をしたそれが、後方を占位している。RWRもMAWSも鳴らなかったと言うことは、レーダーもレーザー測距装置も切っていて、それでいて躊躇いなく、過たず射撃が出来る、とんでもない腕前のパイロットが乗っている――ッ!


「フォーよりツー、こっちもケツにつかれた!」

「アンタはしばらく逃げてなさい!」


 逃げるのだけは兎に角上手い四番機相手に怒鳴り返してバレルロール、更にラダーを蹴って飛行距離を稼ぐ。Su-57は慌てず追随、嫌味な程にピタリと背後を尾けてくる。切り返して、ヴァーティカル・ローリング・シザース。ミリタリーパワー・マックス、アフターバーナー・オン。Su-57を引き剥がしに掛かる。Gメーターが9Gを超え、機体がビリビリと振動する。更に、震える手でリミッターの解除ボタンを押し込んだ。

 各種読み替え装置によって、フライト・コンピュータを換装せずに各種機器を動かしている「特別な」F-15Jは、本来搭載されるエンジンを大幅に超える出力を発揮する、二基のF-110-IHI-129ターボファンエンジンと、微妙な揚力の変化を齎すコンフォーマル・フュエル・タンクにより、フライト・コンピュータが演算可能な領域の埒外に突入する。

 さながら妖精が舞い踊る様に、イーグルはフライト・コンピュータの演算結果を超える揚力を受け、設計上の最小旋回半径よりも内側を、抉り込む様になぞりながら、なおも強引に加速。Su-57がバックミラーの視界から消える、けれどまだ辛うじて「私」達の後ろの軌道をなぞっている。RWRとMAWSが警告、相手のレーダー、レーザー測距装置がオンになった。それはそうだ、既に姿を視認された以上、自分の姿を隠す必要は無い。


「だからッ!」


 夏の昼間、手近な雲に機体が飛び込む。水蒸気の塊の中では、レーザー測距装置は正確な数値を弾き出せない。スロットルをアイドルに、ハーフ・ロール。スティックを目一杯引いてダイブ・アンド・ズーム、雲を抜ける。視界を雲に遮られ、反応が一瞬遅れたSu-57の軌道が、「私」達の後ろから横へと逸れている。ハイ・ヨー・ヨー、スロットルを絞られ、普通以上に急速に速度を高度に変換して喪失い乍ら、イーグルはSu-57の後ろを取る。

 Su-57はシャンデルからダイブ、イーグルはそれには付き合わず、


「フォー、ブレイク!」


 旋回した先、正面から突っ込んできた四番機に向けてトリガーを引く。JM61A1が放つ弾幕を、四番機は紙一重で躱わし、その後ろに尾けていたSu-57は避けきれなかった。二〇ミリタングステン合金製曳光徹甲弾が、キャノピーを直撃して破砕し、エアインテーク内のレーダー・ブロッカーを貫通し、タービンの羽根を折る。

 間一髪でSu-57との正面衝突を避け、機体を捻って背面飛行。遥か下方に抜けた、「私」達を追っていたSu-57がこちらを向いている。MAWSが警報、Su-57のウェポンベイからミサイル、R-73が放たれる。イーグルは四分の一ロール、更にラダーを蹴っ飛ばして強引に機首が下を向く。

 時刻は正午。巨大なイーグルの機影に隠されていた、頂点まで昇った夏の太陽の光がR-73のシーカーを灼く。イーグルの速度計がグンッと下がり、コンフォーマル・フュエル・タンクを装備した状態で横から空力を受けることによって生じた揚力が、イーグルを持ち上げた。

 未来予想位置を外されシーカーを灼かれたR-73は、大きく逸れる。


「フォックス・フォー!」


 宣告が早かったか、トリガーを引くのが早かったか。

 空中ドリフトを決めながらイーグルのJM61A1が撃ち下ろした弾丸はSu-57の双垂直尾翼を捥ぎ取り、逆に撃ち上げたSu-57のGsh-30-1・三〇ミリ航空機関砲は、重力に引かれて僅かにイーグルから狙いが逸れ、虚しく何も無い空間を貫いた。垂直尾翼を喪失ったSu-57は回復不能なフラット・スピンに陥り、パイロットが脱出する。


「……スプラッシュ、ダウン」


 撃墜した。――本当に? アグレッサー相手でもお目に掛かれない様な、あんなとんでもない腕前の機体を?


「ワンよりツー、周囲に機影なし。……大丈夫か?」

「シスター! まだ戦場だよ!」


 戦場のど真ん中だと言うのに数秒、茫然自失になっていた。我に返って辺りを見回す。シーグルズ小隊が「私」達の機体を中心に集合している。


「シーグルズ・ツーより『みかさ』、そちらに被害は!?」

『「みかさ」よりシーグルズ・ツー、こちらに被害無し。

 隊司令より追伸。「只今の空戦、見事也」。以上!』


 海上支隊の無事を確かめて、詰めていた息を吐く。


「寿命が三万年縮んだわ……」

「僕はシスターと飛ぶ度に五万年ぐらい寿命が縮んでるけど!?」

「あと十億年ぐらい生きるから大丈夫よ、きっと」


 適当にそう言うと、隊長機から「それだけ冗談を飛ばせるなら大丈夫だな」とお墨付きが出る。

 フュエル・ビンゴ、リターン・トゥ・ベース。

 それにしても、と「私」は思う。

 あのSu-57、ハッキリと「私」を狙っていなかったか……? と。


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