天使が自立する方法
「ありさ、デタラメ言わないでよ!」
私の天使は怒った。こうやってカフェでくつろぎながら幻聴と会話しなければならないなんて、疲れるったらありゃしない。
(デタラメじゃないわ。実際、私はそれを数理的に示すことができるのよ。「今」までのパスは無数に存在するの。)
声を出すと変人だと思われるので、テレパシーで天使に伝える。
「話にならないわね。そんなことをしたら、歴史が書き換わることも可能ってこと?」
この天使につきまとわれて10年経つが、孤独を解消するぐらいの効果はあるものの、くつろぎたい時は話が別だ。
(もう!うるさい!今度、私のノートを見せてあげるから)
バリーン!ガチャーン!
何かの音がしたと思ったのは束の間、私の意識は無くなっていた。
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「うーん、ここは...?」
そこは暗闇の中だった。文字通り何もない。黒しか存在しないので、ここが空間なのかということすらわからない。
ツカツカツカ。
何かの音がする...足音?その音はどんどんこちらへ近づいてくる。
ツカツカツカ。
なんだろう、逃げたほうがいいのだろうか...。不思議と恐怖感はない。
ツカツカツカ...
ビリビリビリ!という奇妙な音が鳴り響いたかと思うと、周囲が一気に明るくなった。
目の前には羽のようなコスプレをつけた白い服の少女が立っていた。
「だ、誰?」
「ありさ、私だよ。」
その声に聞き覚えがあった。幻聴の天使だ。
「天使!いったい何が起こってるの?ここはどこなの?」
「落ち着いてよ、順番に説明するから」
天使は羽をプリプリ揺らしながら言った。気になったので聞いてみる。
「その羽のコスプレ何?」
天使は照れながら言う。
「これはね、天使っぽくていいでしょ?ってそんなことはどうでもいいでしょ!ありさはね、死んだの」
どういうことだろう。私はたしか...
「死んだ...?でもカフェにいたんじゃ...」
天使は手に持っているリモコンをピッと押した。すると、魔法のように私がいたカフェの映像が空間に出現した。
「これは...私があそこにいるわね」
カフェの中の私を第三者視点で見ている映像らしい。
「そうよ。早送りするね」
天使はリモコンを操作した。
「あっガラスを突き破ってトラックが突っ込んできてる!」
そしてそのトラックは一瞬にして私を殺した。頭が踏み潰されている。
「あーあ、私がぐちゃぐちゃになってるじゃん...そういうことだったのね」
天使はディスプレイを切った。
「でもここはどこなの?なんで天使も一緒にいるの?」
天使は偉そうな笑顔を浮かべて話し始めた。
「えっへん、あたしはね、ありさを守護する存在だったのよ。あなたが死んだから、こうやって死後の空間につれてきてあげたの。なんでこんな空間につれてきたのか疑問でしょう?それはね、ありさが本当に真実を突き止めたのか確認するためよ」
なにを天使は言ってるのだろう。よくわからないなぁ。
「真実ってなに?その確認っていうのをどうやるの?」
天使は語り始める。
「最初はありさの妄想だと思ってた。でもね、ありさが数式を書くたびにわたしは徐々に確信していったの。ありさは間違ってないって。ありさが情報理論に基づいて無矛盾歴史を定式化した段階で、わたしはありさがその数理解釈を正確に認識し始めていると思ったの。その認識が重要なのよ。あなたの脳内では整合した認識の解釈に収束しやすくなるの。しかもそれは基準軸によって異なるから相対的。要するに、わたしを具現化したのはありさよ。天使の世界を作ったのもね」
たぶん、私の研究ノートのことを言ってるのね。
「それが真実のパートってことね...じゃあ確認ってどうやるの?」
天使は両腕を上げて叫んだ。
「ビーちゃんカモン!」
ぶーんという音がなり始めた。何かが来る...ハチの群れだ!ただのハチではない。正確に言うと、ハチの模様の服を来て飛んでいる小人って感じ。
「マー様!」「マー様!」「マー様!」とハチたちはいい出した。
「聞いたことなかったけど、天使ってマーって名前なの?」
「そうよ。このハチちゃんたちはね、記憶を蜜として吸い出すの。ありさの記憶をね」
わけがわからない。記憶を吸う?なんのために?
「記憶を吸うとどうなるの?」と私は尋ねる。
「もちろん、その情報についての認識がありさから取り出せる。」
「なぜそんなことをするの?」
マーはニヤニヤしながら言う。
「ありさの現在の記憶を100%記憶と呼ぶとするでしょ。100%記憶は情報をたくさんもっているから、地球が誕生していろいろな歴史があってありさが誕生する、という一連の流れからは逃れられない。もちろん細かい部分は記憶にないからいろんなパスを作れるけど。」
ちょっと何言ってるかわかんない。
「それが何なの?」
マーは空間の地べたに座り込んで話を続けた。
「ここからが重要なのよ。まず、ありさから記憶を吸い出せば、少なくともその記憶を利用してありさのいた世界を再現できる。これはあのお方に頼まれていた仕事だからしょうがなくやるの。次に...これがわたしにとっては重要なんだけど...まっさらな1%記憶のありさに新しい記憶を注入すれば、都合の良い世界を構成できる。ま、なんというか天使マー様が何にも縛られずにイケメンに囲まれて生きられるパラダイスが作れるってわけ。」と興奮して鼻息を鳴らしながらマーは話す。
「まって、整理しよう。まず1%記憶って何?100%っていうのはなんとなくわかるけど、なぜ0%ではなく1%なの?」と私はよくわからないまま質問する。
「もちろん、ありさが編み出した無矛盾歴史の数理解釈とその認識を再利用するためよ。ああ、もちろん認識と意識が世界を作り出すっていう、ありさが昔持っていた妄想をアンサンブルするけど。」
つまり...私の記憶や認識を利用して何かをするらしい。
「わかった、あなたは天使のクセに創造主になりたいわけね...でも、私はどうなるの?私の記憶を1%にするんじゃなくて、その1%を抽出して、私の外側で使って世界を再構成するとかそういうこともできるんじゃないの?」
「馬鹿ね、ありさの外側で情報を再構成する技術を利用できるのはあのお方だけよ。わたしはただの天使。でもありさという資源を利用することができる。」
「わたしはつまり、情報を再構成する技術としてあなたに利用されるの?」
「そういうことね。安心してよ。イケメンパラダイスの中であなたのアイデンティティを保つだけの記憶を戻してあげるから。ま、ありさのことは友達と思ってるし。さて、話はここまでよ。」
そういうとマーが呼び出したハチたちが私の周りに群がってストローのようなものを私のあちこちに刺し、チューチューと吸い出した。(不思議と痛みはない)
私の意識は薄れていった...
===
「ハッここはどこ!?」
私はベッドにいた。何やら美味しそうな匂いがする。向こうの部屋だろうか?料理をするようなジュージューという音が聞こえる。
一体...私はカフェにいたはずなのに。いやまって、私は...そう、ここの住人よ。そして、旦那のアンディと二人で暮らしているの。あれ、そうだっけ?
「ありさー。ごはんできたよー。調子悪そうだからそっちに持ってくねー。」
アンディが裸にエプロンという姿で美味しそうな料理を持ってきてくれた。
「ありがとう。ところでアンディ。聞きたいことがあるんだけど...」
「なんだいありさ、なんでも話して」
「私はこのメンイケワールドで生まれて、色々と育って、そしてあなたと出会って、こうやって二人で暮らしてるのよね?」
「何言ってるんだ。そうに決まってるじゃないか。」
「でも...私はこの世界についてそれしか知識がないのよ。色々と抜け落ちてるの。ああ、男には性格と見た目が両方イケメンの人しか存在しないとか、永遠に平和とか、マーっていう友達がいるとか、そういうことは知ってるんだけどね。」
「そんな難しいことは考えなくていいんだよ、僕と幸せに生きれば。マー様に君の面倒を見てって頼まれてるし。それより熱いうちにチャーハン食べて。」
うーん、なんか引っかかるけど、とりあえずイケメンの裸体を間近で見れる天国のようだし、許してあげよう。私はチャーハンを食べながら、アンディの尻を見ていた。