2 初対面です
姫?
何そのこそばゆい呼び方は。
この時の私の心境は、まさに狐につままれるという言葉がピッタリだった。
何が起こったのだろう。
これは何かのドッキリか?
お嬢様と婚約秒読みであるはずのその若き侯爵は、そばに立っているお嬢様には見向きもせず真っ直ぐ私を見つめている。
「はあ???」
思わず声が出てしまった私を責めないで欲しいわ。
私は慌てて口を押さえる。
素っ頓狂なその声に、ソフィアお嬢様と二人の子爵もびっくりして振り返った。
声は聞こえないが、ざわっと広間の空気が動いた。
彼を見ていた令嬢達が一斉に殺気だったような気がする。
そりゃそうだ、こんな美形が地味ーな侍女にかしずいているってどうよ。
身の危険をひしひしと感じる。
私はかすれる声をなんとか振り絞って答えた。
「フェザード侯爵様……お人違いでございます。ソフィアお嬢様をお探しなのでは?」
冗談でしょ?
私とお嬢様は似ても似つかない。
金髪のお嬢様に対して、私の髪は地味な黒色だ。
目の色も顔立ちも、ついでに背格好もまるで違う。
間違うはずがないのだ。
それなのに侯爵は私に向かってにっこりと微笑んだ。
(うわっ、イケメンオーラが眩しすぎて目が痛い!)
「私が探していたのは貴女だ」
「……私はただの侍女でございます」
慌てて振り払おうとするが、彼は私の手をガッチリ掴んで離してくれなかった。
仮にソフィアお嬢様ではなく他の令嬢と間違っているにしてもおかしい。
私の着ているものはドレスとはいえ流行の過ぎた地味なもので、ちゃんと侍女とわかる服装をしている。
明らかに身分が低い事は見てわかるはずなのだ。
衆人観衆の中で侍女がイケメン貴族男性を跪かせているなんて、後でどんな噂になることやら。
ぶるるる、恐ろしくて震えてしまう。
侯爵が間違ったと言わない限り、ただですむとは思えない。
どこからか、なんであんな女にという声が漏れ聞こえてくる。
(そうだよね、そう思うよね、私だってそう思うもん)
私はフェザード侯爵の視線を避けるように顔をそむけた。
「どなたかとお間違えのようです」
「いや、間違いはない」
「私は侯爵様とはお会いしたことがありませんが……」
いったい誰と勘違いしているのだろうか?
どうにか逃げようと手を引っ張ったが、彼は更に強く私の手を握った。
(これ以上目立つとヤバい!)
「お嬢様……助けてください」
最後の手段で私は、ポカンと口を開けているお嬢様に助けを求めた。
(お願いお嬢様、この人をどうにかして)
私は必死でぱくぱくと口パクで伝えるが、わかってくれてるかしら?
ソフィアお嬢様はパチパチと目を瞬かせて、それから大きく息を吐いた。
「レオン様、その者はわたくしの侍女のノアでございます。どうか彼女の手をお放しください。怖がっていますわ」
そこでようやく彼は立ち上がって私の前に立った。
だいぶん見上げないといけない。
侯爵はすらりと背が高くすごくスタイルがいい。
見てるだけなら眼福だけど、今の私にはそれどころじゃなかった。
「すまない。驚かせてしまった」
彼はそう言って謝ったが、まだ私の手を握ったままだ。
「ソフィア嬢、申し訳ないが彼女をしばらくお借りしたい」
「理由をうかがってもよろしいですか?」
「訳は後ほどご説明致します」
お嬢様が困ったように私を見る。
私はブンブンと首を横に振った。
(お嬢様ダメって言って!この人なんか怖いです!)
会ったこともないのに、いきなり連れて行くって怪しすぎる。
(絶対行かないから!)
私はぷるぷると震えながら、必死でお嬢様に目で訴える。
ソフィアお嬢様は可愛らしく首を傾げて少し考えると、フェザード侯爵に向かってにっこり微笑んだ。
「何か事情があるようですが、今日はせっかくの陛下の生誕祭です。後日我が屋敷へいらしていただくのではいけませんか?」
「……そうですね、突然で大変失礼しました。ランファール伯爵家には日を改めてお伺い致します」
そう言ってようやく彼は私の手を離してくれた。
(助かった!)
そう思ったのだけれど、なんと彼はそのまま私を横抱きに抱え上げたのだ。
(嘘っ!)
彼は私を抱えたまま身をひるがえすと、スタスタと会場を出て行く。
「ちょっと待って!なんで??」
ひ、人攫いー!
あっけに取られた顔のお嬢様達が私を見送るのが見えた。
(私、どうなっちゃうの?)
こうして私はわけもわからず美形の侯爵様に連れ去られてしまったのだった。