1 お嬢様の婚約者
十八年生きてきた中で、いや、これから先の人生の中でも今が一番のピンチだろう。
目の前に凄まじく美形の青年が膝をついて、私の手をとっている。
濡れた黒曜石の様に深い漆黒の瞳がじっと私を見つめ、魅入られた私は目を逸らすこともできず冷や汗をたらす。
明らかに高貴な貴族であろう服装の彼に対して、私はと言うと主人の付き添いのただの侍女だ。
(いったいどうしてこんな事に!)
大陸の東の端に位置するブルセナ王国の国王陛下の生誕祭、その祝宴に招かれた伯爵令嬢の侍女として付き添っていた私の目の前に、明らかに高貴な身分とわかる青年が現れたのはつい先程。
彼は貴族の紳士淑女が溢れるホールに一人静かに入って来た。
陽の光に輝く深い色の金髪に素晴らしく整った顔立ちと、王国軍人らしいよく鍛えられた長身で均整の取れた体躯、会場に現れた途端に場が静まるような圧倒的存在感。
宴の会場の出席者達が皆彼に目を奪われていた。
私は普段、主家であるランファール伯爵家の内向きの仕事ばかりしている為、社交界の集まりには全く縁がない。
今回、年に一度の生誕祭にせっかくだから一緒に行こうと、主人であるソフィアお嬢様に誘ってもらったのだ。
初めての華やかな祝宴会場でウキウキしているところへ、そんなイケメンが現れたものだから、私の野次馬根性がむくむくと持ち上がる。
私は壁際で主人を見守るふりをしながら、しっかり彼を観察することにした。
(一体誰だろう?こりゃフツーの人じゃないな)
彼を一目見た時の私の感想がそれだった。
鮮やかな色の服を着た人々のあふれる広間の中で、彼は飾り気のない黒いフロックコートを着ていた。
それなのに誰よりも華やかな空気を纏い、まるでキラキラと光っているかのように輝いて見える。
うん、こういうとんでもない美形の男とは住む世界が違う。
見るからに高位の貴族だ。
彼は近付いて来た給仕が飲み物をすすめるのを、軽く手をあげて断る。
その仕草もとても優雅で、会話に興じていた人々が皆彼の方を見ていた。
彼等の他愛のない世間話の内容が彼についての話に変わったであろうことが、人々の視線からわかる。
私はソフィアお嬢様の陰からこっそり覗きながら、周囲のざわめきに聞き耳を立てていた。
〈侯爵〉
〈フェザード〉
そんな単語が聞こえて、私はようやくその青年が、自分の主人と婚約の話があがっていると聞いたフェザード侯爵である事を知った。
先代の突然の訃報により後を継いだ二十二歳の若き貴公子。
武芸に優れ自ら騎士位も持ち、国境騎士団をまとめる勇ましき獅子王。
伯爵家の侍女仲間からは、そう伝え聞いている。
もうちょっと無骨な男性を想像していた私は、ほう、と感嘆の溜息をついた。
旦那様、お嬢様にめちゃイケメンの相手を探してきたものね。
うちのソフィアお嬢様も金髪碧眼の美人さんなのでこれはお似合いだわ。
確か、少し前の夜会で顔を合わせたって言っていたなあ。
その時はお嬢様も特にどうこう言っていなかったから、いまいちな人だったのかと思ってたけど、すんげえ美形じゃん。
奥に座る王と王妃に軽く挨拶をして、彼はすぐに貴族達のひしめく広間を振り返った。
キョロキョロと周囲を見ている。
話しかけて来た紳士に二言三言にこやかに声を交わすと、また人波をかわしながらこちらへ近づいて来る。
彼は誰かを探しているように見えた。
(お嬢様を探しているのかしら?)
彼女は兄のアルバート様と、そのご友人の子爵と歓談中だ。
彼等の話が弾んでいるようなので、まだしばらく侯爵には待ってもらわないといけない。
そう考えながらフェザード侯爵を見ていると、不意にこちらを振り向いた彼とバチリと目があった。
漆黒の瞳が私をじっと見つめる。
(あ、ヤバイ。じろじろ見ていたのがバレた?)
するとフェザード侯爵は視線を合わせたままツカツカと近づいてきて、なんと私の目の前で片膝を付いた。
そしてびっくりして固まる私の手をとり、彼はこう言ったのだ。
「ようやく見つけた。私の姫」




