表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

呪いのはじまり

 町があったので宿を取る事にした。

 幸い路銀は利休からたんまり貰っているので、食事付きと言う割とまともな宿に泊まる事が出来た。

 決して多くは無い量の夕飯を食べて、ベッドに仰向けになると空一面の星が見える。

 昔、焔と七海とで星を見に行って七海がはぐれて大泣きして発見されたのを思い出して、少し涙腺が緩んだ。

 そうして思い出にふけっている時だ。扉のノック音が聞こえて中からホテルマンが入って来た。どうやら、客らしい。


「どんな客だ?」

「ハイ。青っぽい黒髪で片眼を隠した14程の女性で、七海さんと仰ってます」

「……通せ」

「畏まりました」


 焔は予想内だが、七海が来るのは予想外だった。

 焔と七海は一卵性双生児で、遠目の一見ではヒヨコの雌雄宜しく見分けはつかない。

 それでも呼べば、慌てて来るのが七海で理由を声を上げて聞きながらやって来るのが焔と、対称的とも言える程の大した差がある。

 七海は自分から行動を起こす事が滅多に無い。大抵は指示があるまでジッとしている、それ故にいざ行動となると心に余計な力が入って空回りしたりする。

 ドアノブが回り、そう頑丈そうでない木の扉の向こうから、ビクビクと不安の眼を浮かべて見慣れた青い神官服が入って来た。


 予想外だが、今の黄桜に取って、タダソレだけの事に過ぎない。仰向けから一転してベッドに胡座をかくと前のめりで七海に笑いかける。


「おぉ、七海じゃん。七海だってのは聞かされていたけどさ。

まあ座れ、丁度明日飲もうとしていた酒があるんだ」

「いや、この歳でお酒はちょっと……」

「まあ言ってくれるなよ。水よりも酒の方が長持ちするんだ、元々腐ってるからな」


 液体の入った瓢箪を片手に持ち、自虐と言うよりは、キザな苦笑いを、椅子に座った七海に向ける。


「んで、何しに来たんだ?俺にお別れを言いに来たのか」


 途端に背筋をシャンと伸ばした七海の顔が険しくなる。その瞳には深淵さが、しかしダイヤモンドの様な輝きがある。

 強い意志の表れだ。


「いいえ、私は貴方を連れ戻しに来たのです。貴方は次期里長で無ければ十分過ぎる戦力になる」

「嬉しいね。しかし無理だな。お前は俺の今の立場をよく解っていない」


 黄桜は片膝を立てる、肘をそこに乗せて腕を真っ直ぐ前に伸ばした。

 すると正面から見ると遠近法で七海に取って黄桜の身体が妙に遠く感じた。


「こないだジジイの書斎に潜り込んだ時に知ったんだがよ。

俺みたいなヤベェ能力はな、本来は里の掟で殺される事になってるんだ。外に害が漏れない様にな。

でも、クソジジイは敢えて逃がしたんだ。自分の身も危なくなるのを承知でな」


 前に向けていない、下ろしている腕が震えて黄桜は影を落とす。

 それでも下を向く事は無かった。


「俺はそんな里を誇りに思っている。次期里長だった者として、そして何より一人の人間として。

だからこそ、戻らないんだ」


 だから七海は開口一番、意見を反した。しかし本音は、いっそう深く。


 七海は椅子から脳天を糸に突然引かれた様にピンと立ち上がると、相変わらず意志の強い瞳で言う。


「じゃあ、私も貴方の旅に付いて行きます」

「へ……?」


 こんなにも唖然としたのは太くて短い、今日に至るまでの黄桜の生涯で初めてではないかと、黄桜本人が思った。

 あんぐり口を開いているのが容易に想像出来るし、事実その通りだ。


「いやいやいや、何でそーなる。新手の冗談か?」

「私は本気ですよ、本気と書いてパネェと読むくらいマジです」


 何時もの七海と違うものを感じる。

 しかし、七海とはそう言う人間なのだ。


 普段は何もしなくても状況は流れると知っているから何もしないが、反面、自分の意見を持った時は絶対に譲らない。感情を溜めて放つタイプなのだ。

 黄桜は根気強く説得してみるが、決して首を縦に振ろうとせずに筋が通って無くとも勢いで踏み倒されそうだ。


「何でお前、そんな俺に固執すんの。恋愛感情か?」

「いいえ、そんな物ではありません。

情熱思想気高さ幸福感……

貴方は私の全てだ、貴方が居ない人生なんて、私は死んだも同様なんです。

連れていって下さい、何でもやります。何でも差し上げますから!」


 それは遠回しに連れて行かなければ死んでやるとの無茶振りだ、黄桜は困った顔で立ち上がると、掌を七海のうなじに回した。

 頬を赤らめ顔を明らめ、感激に瞳を潤ませる七海に黄桜はキスの体勢でこう言った。


「……ごめん」


 ◆


 カーテン越しに降り注ぐ日光の光を肌に感じて、七海は目が覚めた。

 長い睫毛の目立つ目を緩やかに開き、まだガサガサする目を手の甲で擦って目を覚まそうとする。

 が、未だにアクビすら出ないので酸素が頭に回らず中々すっきりしない。


「ええと、何でこんな所に居るんでしたっけ……」


 取り敢えず掌を開いたり閉じたりを繰り返して強制的に血を全身に巡らせて、アクビ一つ身体を起こせば昨日やって来たホテルのベッドの上だと解る。


 ああ段々思い出してきた。

 昨日私は彼が来うるこの町を調べて、先回りする為に早馬を借りてやって来たんだ。


「でも、誰を?」


 部屋を見渡せば誰もおらず、しかし所々についさっきまで誰かが居た痕跡はある。が、それが誰かはどんなに考えても休むに似て思い出せないのだ。

 少し怖くなって、ホテルマンに聞いてみるとやはり七海は誰かと一緒に泊まったらしい。しかし肝心の彼は既に部屋を発ったと言う。


 それを知ろうとしてもどうしようも無い事は、思い出そうとした時に解った。しかし、どうしてもそれが、自分自身の様に大切な何かだった気がする。

 チェックアウトまで時間がある。その間、誰かが居た空間がポカリ空いた、この部屋の様に何かがポカリと空いた心で沢山泣いた。


 ウナジに桜の形をした火傷跡を一つ残して。


 ◆


 町を出てから数日経ったある場所。

 もしかしたら道の中かも知れない、もしかしたら町の中かも知れない、もしかしたら戦場の中かも知れない。兎にも角にも黄桜が存在している場所。


 黄桜はふと七海の事を思い出す。本当にアレで良かったのか。もう少し良い手段は無かったのか。

 人への思いやりを建前とした、今後の自分への不安を考えていた。


 固まりきっていないゼラチンの様な、何となくの想い。

 何となくだが、あのままでは自分は何時か取り返しのつかない何かをしてしまうのでは無いかと感じる。


 それが何故か、未だ若さ故に己を理解していない彼には悩むだけ無駄であり、しかし悩まざるを得ない事でもあった。

 故にもっと良い手段を探そうとすればする程思想の泥沼に沈み込む。

 結局自分は、誰かを護りながら自分を守り切る位強く無い。

 それでも一緒に居たいと言うのはエゴだ。


 黄桜は、そんな何時も通りの回答を出して、尚歩を進める。

 それは道を歩くだけかも知れないし、沈黙から動き出すからかも知れないし、戦いを続けるからかも知れない。

 只、黄桜はソコで納得してしまっている。本当にその解答で正しいなら、何度も悩む事では無いと言うのに。

 だからまた悩むのだろう。答えが出るその日まで。

読んで頂きありがとう御座います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ