覚醒
「俺は黄桜。ギルル族だ」
それを聞いた豪の口に少し力が入った。一部の力の乱れは全体の力の乱れ。
黄桜はそれを逃さず、床板を一気に蹴った。
拳銃の引き金を見て発射のタイミングを計り上手くかわす。
そこから更に間合いを詰めると、弾丸の様に鋭い抜き手を右手で放った。
「隙ありだ!」
しかし豪は、実は銃弾の発射と同時に拳銃から手を離していた。
その手で黄桜の抜き手を稲妻宜しく叩き落とし、反作用を利用して宙の拳銃を掴み、黄桜の眉間に銃口を突きつけた。
人間の反射速度の関係から、銃弾の回避を見てから離した訳では無い。
はじめから狙っていた事である。
そうで無くとも落下した拳銃を掴んで次の体勢に移れるという保険があるから出来る事だ。
豪は凝縮した一瞬を一服した息をフゥと吐く。
「浅いな、考えが。まるで、昔の俺みたいだ」
彼は黄桜という若者の目を見る。
それを見てるとに、豪には昔の事が脳裏を駆けた。
この世は敗者に甘くない。
歌舞伎座ノ一族が無くなったところで、一族に心を縛られた者達はどうすれば良い。
人は何かに繋ぎ止められなくては生きていけない、もしも今を自由と感じている人間が居るなら、それは自由という言葉に縛られた人間だ。
「なあ、お前は何でこんなに強いのに、その力を奪う事に使うんだ?」
生々しい火薬の臭いが新しい銃口に怯む事無く、黄桜は呑気に雑談をはじめた。
豪も口を開く。
昔の自分も今の自分にこの様にされたら同じ質問をしてるだろうから。
「奪いたい訳じゃ無い、俺は生きたいかったからだ」
今の黄桜にとってチンプンカンプンな答えに、黄桜は取り敢えず解ったフリをしておいた。
それでも愚直に質問を続けるのは何故だろうと、自分でも思いながら。
「何でこんな遠い国で海賊なんかしているんだ」
「俺より強い奴なんて見えないだけで沢山居たさ。それは賊の世界でも然りだ」
「一族に誇りは無いのか」
「あったさ、だから誰よりも縛られる事に安心する、今のお前みたくな。
俺は、他の奴等みたく器用に生きる事が出来なかったんだ」
そうかと黄桜は目を細める。鼻息を一つ落として、肩の力を抜けば話は終わったのだなと豪は引き金を引こうとしたその時だ。
「そうか……ふざけるな!」
黄桜の中で感情値が一気に跳ね上がった。
目を爛々と光らせ、顔を真っ赤にする。
いっそ角と牙でも生やしてやろうと言った勢いだ。
勿論そんな事は無い。
ただし、左手が燃え上がる。今までのようにモヤでは無くて、ハッキリと。
────精霊の祝福として
豪は目の前の出来事に一旦驚き、しかし冷静に引き金へ力を込めようとした。
ギルル族の事は知っていた。
歌舞伎座ノ一族と似た様な物だと思い、高をくくっていた。
精霊の祝福と呼ばれる超能力も噂が独り歩きした物か、何かの技術の隠語に過ぎないと思っていたので、こうして本物を見るとかなり驚く。
しかし、所詮は火炎放射。
眉間に当てた拳銃とでは拳銃の方が早いと判断出来る。だから引き金を引く。
ところが、だ。
(あれ?)
何故か拳銃は引けなかった。
と、言うより拳銃の存在が意識から離れていた。
その隙に黄桜は顎に上段蹴りを入れる。身体強化の蹴りは巨体を浮かせた。
何故だ、そう感じる。
豪が感じているのは身体強化でも炎でも無く、何故、生死の境目の筈なのに命綱から意識が離れていたか。
まるで痴呆症にかかったかのようである。
ふと、相手を見れば左手の炎は更に炎としてのクオリティを上げ、遂に炎では無い何かに成っていた。
確かに炎の様に燃えているが、その色は闇の様に深い漆黒。
火の粉として黒い桜の花弁を放ち続けていた。
そしてまたボゥと思う。
手に持っている『黒い塊』は何だっただろう、確か武器だった『気がする』が『何に使う』のだったか。
「ふざけるな、ふざけるな!俺はテメェとは違う、違うんだ!」
駄々を捏ねるような黄桜の叫び。
炎を纏った左手で床に叩き付けられた。
黒炎を根元から浴びて、その能力に囚われる。何時もの豪ならここで黒炎の特性を完全に理解できるが、もはやそれをする知能は残っていなかった。
我慢出来ない顔で、誰だったか三人一組になっていた奴の一人が豪に駆け寄ろうとして、後ろから槍で貫かれた。
豪は思う、あいつら誰だっけ。
何で思い出すと悲しくなるのだろう。
彼らが歌舞伎座一族として豪に付いて来た、昔からの仲間だったという事は、とうとう思い出される事は無かった。
黄桜の激情のまま、豪はマウントポジションで何度も殴られる。
その度に黒炎を浴びて、その度に『自己』を燃やされていく。
何故、こんな所に居るのだろう。
何故、周りの人間はあんなにハラハラしているのだろう。
何故、目の前の男は怒っているのだろう。
様々な何故を繰り返す内に、段々自分が自分じゃなくなり、灰になっていくのを考えてゾッとした。
それでも殴られる度に色々大切な事を燃やされていく。
「イヤだ……シにたく……ナい……」
それが豪の最後の言葉で、それ以後何かを口に出す事は無かった。
言葉を燃やされたか、全てを燃やされたを知る者は居ない。勿論、本人もそれを知る事は一生無かった。
「俺はよぅ……くそ、なんか言えよコラ」
殴るのを止めた黄桜は豪の襟を掴む。そこには火傷まみれになった廃人が居るだけだ。
もはやそれは、黄桜の求めている歌舞伎座 豪では無いのである。
ボロ雑巾を捨てる様に手を離せば、肉塊が墜ちる音がする。
人は否定したい自分を見る事が一番不快だ。
そして目の前の空っぽの肉達磨は紛れもなく黄桜の否定したい己だった。
だから憤怒を沸き上がらせたのだが、今の完全に血が昇った黄桜は、目の前の肉達磨と同じでそんな事は考えられない。
それを見ていた利休は、苦い顔である決断をする。
「これも、掟か……。もったいないのう」
読んで頂きありがとう御座います。